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帰還と鼠勇者

「ししょーししょー!お帰りなさいです!」

 

 と、ファリス等が聖地に辿り着くや否やぴょんぴょんと小刻みに跳ねるように大きな丸耳の幼い少女が門の先に居る青年の懐に飛び込んできた。

 それを軽く両の腕で受け止めて、くるっと半回転して降ろすと、青年ファリスは置いてきた弟子に笑いかけた。

 

 「ただいま、ニア。

 思ったより、アレは私個人についての問題だったよ」

 「無事で良かったですししょー!ニアも頑張ってエルフさん達から聖剣の力?を引き出す為のおはなし聞いてたんですけど……」

 

 と、鼠少女は尻尾を地面に着けて呟く。

 

 「やっぱりのんびりなエルフさんじゃニアお婆ちゃんになっちゃうので……」

 

 キョロキョロと辺りを見回して、共に旅立った姉弟子の姿を探す勇者。

 そのくりっとした瞳が、少し離れて待機している二人組の姿を見つけて真ん丸に見開かれた。

 

 「ししょー!赤い人が増えてるです!?」

 「増えたね」

 「一緒にこわーいドラゴンさんと戦ってくれた人でしょうか?」

 

 と、当たり障りの無い考えを口にするフェロニア。

 そんな弟子を門の中に……護られた聖地の敷地内に戻るように肩を叩いて促し、門を潜り直した瞬間。

 

 「いや、私に会いに来てくれた終焉の紅龍……という異名は流石に相応しくないね。

 紅星の皇龍ヴリエーミア当龍さんだよ」

 「はえ?」

 

 ビシッ!と背中に張り付くほどに立った尻尾。そのまま少女は時を止められたかのように凍り付く。

 

 「とう、りゅう?

 ふぇぇぇええぇぇぇっ!?」

 「……(なれ)よ。吾が身にも解する言の葉を紡いではくれぬか?

 吾とて万能には(あら)ず。それは、何よりも(なれ)との快き戯れが顕しているが故な」

 

 何時しかとんでもない速度で門の中に……は入れず、六色の鐘によって開かれた門の寸前で憮然とする紅の龍少女が、触れられない距離はそのままに呟いた。

 

 「なれ?たわむれ?」

 

 一見難解な言葉に、13歳の田舎鼠勇者は小首を傾げて着いていけていない。

 が、特に難しいことは言っていない。言い回しが遠回しで堅苦しいだけで、中身は割と好奇心のある女の子だということは、ファリスは帰りの数日で理解していた。

 

 「つまり、私とニアの間柄を知らないから教えてって事だよ。師匠って言葉から推測は出来るけれど、合ってる保証はないからね」

 「あ、そうなんです?」

 

 と小さな勇者はこくこく頷いて……

 

 「って、ニアの方が説明して欲しいです!ドラゴンさんって!?」

 「夫婦(めおと)故な」

 「ふ、夫婦!?」

 

 情報処理に限界が来たのだろう、頭から湯気を出して少女の体から力が抜ける。

 くたっとした弟子を受け止めて支えながら、ファリスはその額に歩く最中に使っていた濡れた布を当ててやった。

 

 「うう……汗くさいです……」

 

 そしてそれもそうだと即座に取り除いた。

 

 「しかして、汝よ」

 

 と、背の翼を大きく拡げ、柔らかな白肌と白魚の指先に残る龍の意匠……透明度の無い銀爪を猫の爪のように伸ばして、伝説は呟く。

 

 「かの閉ざされた門を如何せん」

 「まあ、一回襲撃したしねー」

 

 からからと周囲を見張っていた姉弟子エルフのネージュが笑う。

 

 「目星は付いた?」

 「んー、ボクに分かるのは43人かな。って言っても、届かせられる武器を持ってるのは3人」

 

 あっけらかんと言う少女。

 

 「3人……私には2人しか分からないけれど」

 「あー、それ?かなり遠くから投石機で狙ってるのが一人居るけど、それの数え忘れじゃない?」

 「それか。ギリギリ私の索敵範囲外だったかもしれない」

 「いやー、ネズミちゃん大人気だね」

 

 本人は聖地のエルフ故に軽く門を潜り、銀に限りなく近い銀髪を揺らす神姫と呼ばれる人類最強は無邪気にぐったりした勇者の顔を覗き込んだ。

 

 「して、裂いて善きか?」

 「いや、聖地の守護が消えたら……」

 

 と、ファリスは外を見る。

 

 「汚い奴等が来るよ。勇者フェロニアを拐いに、ね」

 「鐘が鳴れば戻るであろう?」

 「それまでの時間が、ね」

 

 鐘は乱打して良いものではない。一定の時間を空けて定期的に鳴らすものだ。故に鳴らす鐘守が必要なのだから。

 

 「ならば致し方無し。

 超熱閃で貫こうとも、全ては焼けぬ」

 「……いや待とうか」

 

 思わぬ言葉に、ファリスは驚愕と共に突っ込む。

 

 「そう簡単に人を殺すのか、エーミャ」

 「吾は汝そのものに貫かれ、その激情を吐かれた龍」

 

 愛おしげに喉の傷を撫でる少女。

 

 「汝の心は、何よりも解しておる。その汝が……吾相手に護るために純なる威火鎚(いかづち)を紡いだ者が、かくも汚く憎悪を向ける相手なれば。

 其は妻たる吾が敵でもあろう?」

 

 と、自称嫁である龍はふわりとファリスへと微笑みを浮かべたのであった。

 

 「たしかにそうだけれども、流石に相手がまだなにもしてこない状況で殺すのは困るよ。

 幾ら、相手が世界を終わらせたいと終末を望み、多くの人々を死に追いやった……一緒にしたら塵芥に失礼な有害物質教団の一員だとしても、ね」

 

 そういって、ファリスは腕の中の弟子の頬を優しくつつく。

 

 「ニア、起きて。

 鐘の防壁の対象を変えてあげるために、ニアの持つ群青の聖剣(ティル・ナ・ノーグ)の力が必要なんだ」

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