龍と友達
「汝は冷たき哉……」
そんな事を呟きながら、紅の髪の龍はファリスの上から退くことはなく、その胸元にエルフ程特徴的な長さではないが先は尖った耳を押し付けて、その心音を聞く。
そんな腕の中の皇龍を見て、ファリスは漸く聞きたかった事を口に出した。
「エーミャ。君は……どうして私の元に現れたんだ?」
「む?汝よ。腹がくちくなれば遊戯の再開も良かろうが……」
その黄金の縦に裂けた瞳がファリスを見上げる。
「言の葉を紡ぐ方が尚宜しきか?」
「私は、エーミャが襲ってきた、という認識で立ち向かっていたんだけれど、ね?」
「真か?
吾は龍の戯れに付き合うてくれておると喜色満面であったのだが……何とも、龍の流儀を解したのではなく、人の流儀に則っておったか」
ふむぅ、と龍少女は黙り込む。
そんな少女を見て、ファリスは少しだけひきつりながらも笑顔を張り付けた。
「エーミャ。出会いかたは確かに不幸なすれ違いから変な形になったけど、今こうして言葉でわかり合える。今はそれで十分だと思わないか?」
「汝が吾との縁を斯様に定義するのであれば、吾とて否応は無し」
「それで、エーミャ。改めて教えてくれないか。どうして、君は私に会いに来たんだい?」
少しして、その皇の名を持つ龍はぽつりと告げた。
「吾はヴリエーミア。遥かなるソラの龍。
小さき者の語る龍神を父とし、ソラの星に住まう者」
その言葉に合わせ、ファリスは姉弟子のネージュと共に夜空を見上げた。
満天の星空。ここ百年は見えなかった……ファリスにとっては生まれてこのかた見たことの無かった、この星の遥か先に広がる世界。
そこに一際大きく見えるのが、月だ。
常に薄煙に覆われていたような魔王が世界に君臨していた時代ですら、上手くすれば観測できたという大きな星。
龍の神は、そうした星々の世界の神だとされている。だからこそ、ファリスにも言うことは理解できた。
「吾は長き時を、かの星で過ごした。
父は既に星の海へと飛び立ち、未だ還らず」
全体重をファリスに預け、その体温が50度近い龍は空ではなく剣聖を見た。
「青き星は、龍に祈らず」
その言葉に、ファリスは顔を見合わせてネージュと二人で確かにと頷いた。
霊神、海神、冥神の三柱の神々については、明確に信仰者が居る。死後を語る者は冥神に祈り、海に生きるもの……海洋に暮らす種や或いは海に出る漁師等は海神への捧げ物を欠かさず、地上に生きる者は霊神に護られて生きている。
鐘だって、霊神及びその使徒たる楽園の天使によって与えられたものなのだから、その信心が揺らぐはずもない。
だが……龍神神殿を聖地にファリスが建てたように、龍神の信仰は薄い。
星の世界の神であるから、それも仕方のないこと。寧ろ直接の利が無くとも忘れられないだけまだ良い方なのだ。
「そんな折、吾に一つの祈りが届いた。
嬉しかったのだ。この身に届く程の願いを、祈りを抱く小さな光が。一つの光が、独りの吾にとっての癒しであった。
故、降り立った」
「つまり、本気で単に私に会いに来ていた、ということなのかな?」
「然り。小さき光に出逢うて如何せんと思い悩む事は幾度もあれど、人の身にてかの域の者を見ては全て失せてしもうた」
「つまり、弟くんが強そうだから遊びたくなったと」
「真よな」
はぁ、とファリスは溜め息を吐く。
だが、そんな理由で襲撃したのかという言葉は呑み込んだ。
ファリス自身、多くのものを喪ってきた。両親、故郷、……そして親友。独りぼっちの辛さは、良く分かっているつもりだ。
もしも、ディランが居なければ。両親を喪った時、或いは故郷の皆を終末論者に殺された時、立ち上がれたとはファリスには思えなかった。実際、全てを喪ったあの時、約束を思い出し、弟子と出逢うまで完全に腐っていたファリスだ。十分ありえると自己認識している。
自分だって、どうにかなってしまいそう。だというのにこの龍は、幼い身で何百年そんな生活をしてきたのだろう。
だから、親友を喪う事に繋がったかもしれない相手を責めたい気持ちは確かにあって、けれども、独りぼっちの幼い姿の龍を責める気にはなれなかった。
「赦せ、汝よ。
吾とて、ぷろぽぉずの意が真実で無き事は解している。されども……吾は星の皇龍なれど物言わぬ星に非ず。
小さな縁に、意味を見出ださぬ常識を、抱く術は無かった」
「……良いよ、エーミャ。
あれはプロポーズじゃなかったけど、これから友達として……は、可笑しいか」
「夫婦とは……生を共にする盟友。外れた言葉でもあるまいよ」
「じゃあ、友達として。私と色々と……淋しくないように生きれば良い」




