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ぷろぽぉず

「……う、くぅ……」

 

 目を、心を焼く呪いと光に呻き声を上げながら、片膝をついていたファリスは頭を振って立ち上がる。

 草原であった場所はちらちらと火の粉が舞い、そよ風にも焼けた香りが混じる。明るい荒野に時折残る場違いな白い花だけが、ついさっきまで長閑(のどか)な草原であった名残を残していた。

 

 呪いの根源であり光の爆心地は抉れ、其所には……龍の巨影はない。

 皇龍は魔物ではない。例え死したとして、ドロップアイテムになって他の部分は霧散したりしない。

 

 ならば、飛び去ったのか?

 憔悴と共にファリスは巨躯を探そうと空を見ようとして、不意にその爆心地に動くものを見つけた。 

 

 それは、紅だった。

 最初に目についたのは、燃えるような真紅の髪。全体的にボリュームがある後ろ髪を二つに分けて編み、翼のように左右に流した髪型。前髪は緩くカールし、エクステ……ではないだろうが、左右額付近にそれぞれ細い一房だけ青い髪が混じる。

 くりっとした丸い眼は竜人種等に見えるように瞳孔が縦に裂けているが、その大きさと合わせ威圧感よりは幼さや可愛らしさを見せていた。

 そして、服装は……伝説を描いた本の挿し絵等でしか最早見ないだろう幾重にも布の重ねられた豪勢なもの。魔王出現以後、服装に拘るという文化を衰退させた今の人類は王族だろうが何だろうが着ないだろう。

 赤を基本に白と金線の入った腕を振れば袖がはためいて翼にも思えるだろう上着に、それに比べればかなり布が少なく簡単にふわりと揺れるだろう膝までのスカート。そこから見えるのは、フェロニアと変わらない外見年齢にしては肉付きの良い素足。

 

 靴も靴下もなく、焼けた荒野を気にも止めないシミ一つ無い白い足で、そんな少女が爆心地にぽつんと立っていた。

 

 「……皇龍」

 

 ぽつりと、ファリスは呟く。

 外見年齢は11~12ほど。顔立ちは文句無く可愛い部類で、保護欲を掻き立てられる愛らしさ。

 ともすればゴテゴテして醜くも思える程の重ねられた服も、その少女が着れば長い髪と合わせて気品すら漂わせる。全的的に赤い姿に、青い一房と金の瞳、そして白磁の肌が良く映えていた。

 

 だが、ファリスにはその美少女が、とてつもなく恐ろしいものに思えた。

 青い二角に、銀の爪。縦に裂けた金の瞳。そして、美しい白と、全身を覆う燃える紅の鱗。姿形は多少変わっても、その少女には伝説の巨龍の面影がしっかりと残っていて。感じる威圧感、纏う絶対的強者……神とも思える空気といったソレは、皇龍そのもの。

 

 そして何より……なだらかな曲線の端をちらりと見せるくらいにわざと空けられたろう胸元。そこから喉にかけて完成された幼い美にたった一点のケチをつけるかのように刻まれた、雷轟の傷痕。

 

 皇龍は飛び去ったのではない。人類に合わせた姿を見せたのだ。

 どれだけ可愛かろうと、幼く保護欲を掻き立てられようと。その本質は一年前に襲撃してきた龍と何ら変わり無し。

 

 ならば、始まるのは第二ラウンド。

 

 人の姿を取って何をする気か、そもそも……ファリス自身に特に影響を及ぼさなかった呪いは一体どんな呪いであったのか。

 そんなことを思いつつ、ファリスは度重なる紅龍との剣撃でひび割れたオリハルコンの剣を構え直し、龍を睨む。

 

 それを受けて、龍少女は……嬉しそうに小さな八重歯を晒し、微笑を浮かべた。

 

 「(なれ)よ。ようよう暮れゆく陽の最中、(われ)と遊戯を続けてくれようというのか?」

 「……遊戯」

 

 「(なれ)との遊戯は、吾としても(こころよ)きこと。

 されど、そう()くでない」

 

 柔らかに、敵意無く、幼い姿の龍はからからと笑う。

 

 「(なれ)との遊戯に興ずるのは吾とて本意なれど、この先永き時があろう?

 幾度なりと、問題なく果たせる事よ。今直ぐにせねばならぬ程ではあるまい?」

 

 不意にほんの一瞬の隙に距離を詰めきった少女は、オレンジの髪の青年の手をその小さく柔らかい手で包み込もうとする。

 

 熱めのお湯といった温度が、ファリスの手に触れた。

 

 「(なれ)の手を煩わせる運びとはなったが、ようやっとこうして呪いが意味を持ったのだ。

 ()ずは、人の持つ鋼の爪牙ではなく、言の葉を(まじ)えるも一興とは思わぬか?」

 

 敵意はない。害意も感じない。

 いままでの……ファリスが命を懸けることすら覚悟しての戦いが、本当に気軽な戯れであったと言わんばかりの柔らかな態度で、龍は鈴を鳴らすような澄んだ甘い声で告げる。

 

 「……皇龍よ、貴女は」

 「ああ、(なれ)は吾に与えられた父からの贈り物を知らぬか。吾も(なれ)の名を知らぬが故、道理よな。

 無礼を赦せ。それではさぞ言の葉を紡ぎにくかったであろう」

 

 八重歯を晒した……龍の姿では牙を剥き出したのだろう笑みを浮かべ、少女は語る。

 

 「(われ)はヴリエーミア。ミアと呼び表すが良い」

 「……ニアと語感が相当被るからエーミャで」

 

 毒気を抜かれ、ファリスは思わず少し乱雑な言葉を紡ぐ。

 そんな少し礼儀に欠けた言葉にも、ファリスの手を握ったままの龍少女エーミャは眉をひそめたりはせず、寧ろ嬉しそうにその髪を揺らした。

 

 「夫たる(なれ)が己の言葉を()るのであれば、それもまた佳哉(よきかな)

 

 その言葉の中の違和感に、ファリスは目をしばたかせる。

 

 「おっ、と?」

 「……然りとも。(なれ)から紡いだ縁であろう?」

 

 当然だと言わんばかりに見上げるエーミャの瞳に見据えられ、ファリスはいや何でだと固まった。

  

 「相手は人の子なれば、此処(ここ)暫く吾とて思い悩んだがの。佳き佳き。他の者ならばいざ知らず、(なれ)なれば不足なし。

 吾は(なれ)夫婦(めおと)の誓い……そう、人の言の葉ではぷろぽぉずと言い表す祈りよな?己の生の半分を相手へと差し出し共に生きる契約を果たす言の葉。(なれ)がその刃に託した神鳴のぷろぽぉず。それを受け、呼応しようと願った。

 なれば、吾等は夫婦(めおと)であろう?」

 

 愛おしそうに喉の傷を撫で、龍少女は答えた。

 

 「プロポーズ?夫婦(ふうふ)

 は?」

 

 一瞬、ファリスの思考はフリーズする。

 そして、漸く理解した。

 

 王我剣・轟威火鎚。残りの人生の半分を燃やし、龍を倒すべく放った最終奥義を……眼前の伝説たる幼き龍は、人生の半分をやるから結婚してくれというプロポーズだと解釈したのだ、と。

 攻撃として、認識すらせず。

 かの時、血を流して飛び去ったのも……傷に驚いたのではなく、その力を警戒したのでも無く、単純に……告白されたと思って受け入れるか考えるために故郷たる宙に帰っただけ。

 そうして……嫁入りのために、ファリスに会うために、最後に本気でオーラを使ったこのタウンダンジョン跡地に宙から降りてきた。

 

 それが、今回の真相。

 放っておいても、実は何ら被害は起こらなかった傍迷惑な空騒ぎ。

 

 「はぁぁぁあぁぁぁあああぁっ!?」

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