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発現する呪い

「……くっ!」

 

 更に加速。ファリスは、龍を引き剥がすように駆け抜けて……

 けれども、やはり龍は待っていたぞとばかりに、優雅に尾をしならせて滞空している。

 

 「時間稼ぎは、無理、か」

 

 着いてくるようならば、時間を稼ぎつつ被害が出にくい場所……どころか、いっそ魔物の溢れる場所へと誘導するという策は消えた。

 

 超熱閃という恐ろしい一撃を持つとはいえ、魔物とぶつければ隙くらいはと思ったファリスだが、悠然と空を支配する巨龍の前には、そもそも誘導自体が通じない。

 

 その気になれば、一瞬でファリス等を置き去りに出来るということすらも、見せ付けられたのだから。

 

 遊んでくれているうちに、何らかの対処をしなければならない。

 

 そろそろ鬼ごっこは終わりか?とばかり、龍が小さな地響きと共に大地へと降り立ち、翼を畳む。

 その翼膜を覆う紅の鱗が陽の光に煌めき、妙に可愛らしく小首を傾げるようにして、龍はファリスを見下ろした。

 四肢を地面に着け、首をもたげた基本姿勢。それでも、ファリスの愛弟子の10倍はあろうという巨体。頭から尾の先までを測れば……50mは軽く越えているだろう。

 

 最早生物というより、生きた機動砦とでも呼ぶべき巨身からは想像も出来ない速度で、龍の右腕が閃く。

 

 「うぐっ!」

 その爪を剣の腹で受け止め、オーラごとファリスは押しきられて大地を転がった。

 

 「……これが、皇龍……

 止めなければ、いけない」

 

 荒い息を吐き、剣聖は剣を構え、荒れる闘気を抑え込む。

 御霊剣術、その根幹たる第三魔法の理念は明鏡止水。波のない曇りなき鏡面のような透き通った心をもって扱う魔法。

 それは無我でも無私でもなく、されど雑念の混じらぬ力。

 

 かつてのファリスは、その魔法を幼馴染勇者と共に戦う為の一心で振るってきた。それだけを考えることが……自分が何をしたいのかの意志決定を皆を助けたいという勇者に任せ信じる事がファリスにとっての一番強く抱ける心だった。

 

 しかし、今、その想いを託した勇者は居ない。居るのは未だ幼い弟子。

 

 決意と共に、オレンジ髪の青年は剣を構え、龍の喉元の逆鱗へ向けて突きつける。

 

 呪いは、逆鱗に掛かっているのだとファリスの姉弟子はそう言っていた。

 

 尚も折れず向かうファリスに向けて、愉快そうに龍は牙を剥き出す。

 

 「王我剣・震雷」

 

 龍は避けようとすらしない。ただ、受け止める。

 正に、遊び。人たるものがどれくらいの力を出せるのか、その身に浴びてやっているだけ。

 

 前回も似たような節はあった。

 一年前に聖地に現れた龍は、ファリスの震う剣を全てその鱗で受け止めていた。

 効きもしないとでもいうかのように。

 

 その結末として、最終奥義を受けて飛びさっていったのだが……反省の色は龍にはない。

 今回も、一歩間違えれば死ぬような攻撃で小さな人類をいたぶりつつ、その攻撃を避けることなく浴びて遊んでいる。

 

 だが、何時気が変わるとも知れない。

 龍の思考は龍自身しか知りえない。前回何故現れたのかすら、人々は知らない。

 

 だからこそ……

 

 「轟け、我が身の威火鎚(いかづち)よ」

 

 ファリスは、自身の命の光を手繰り寄せる。

 

 流石に、最終奥義を撃つ訳ではないが……それに近い事をしなければ、そもそもオリハルコンの剣を振るえど刃が通らない。

 

 だからこそ、限界を越えない範囲の全身全霊を解き放つ。

 

 不意に、龍が天を見上げた。

 

 晴れた空に、雷鳴が轟く。

 

 「っ!はぁっ!」

 

 そのままファリスは、空を走り、目線を逸らした龍の喉に剣を突き立てる。

 そして、無理矢理に纏ったオーラを流し込んだ。

 

 そう。これがファリスの考えた呪いの活用法。どうやれば活性化するか分からないなら、エネルギーを過剰に与えて暴走させれば良い。

 

 これは賭けだ。撃てば死ぬ最終奥義ほど分かりきった結末ではなくて、されども……決して分が良いとは言えない。

 

 流れ込む呪いが、龍から放たれる爆発的な光の奔流が、剣聖の意識を呑み込んだ。

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