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呪いと言う名の光明

「……はあっ!」

 

 刃を振るい、ファリスは迸る炎の津波を断ち割った。

 

 「……ネージュ!

 何か、手は……」

 

 肩で息をしながら、オレンジの髪の青年は、何らかの手を見付けてみるよと言った少女に振り返らずに問い掛ける。

 しかし……

 

 「……弟くん。ボク、何か掴めたと思ったんだけど……

 これは使えない手だったよ」

 

 エルフの少女は、残念そうにそう告げた。

 

 「そう、か」

 

 ぽつりと呟き、ファリスは喉元の逆鱗を……龍にとって急所とされる場をこれみよがしにさらけ出して挑発する紅の巨龍を見上げた。

 

 「完全に遊ばれている今のうち……

 の、はずなんだけど」

 

 やはり、撃つしかないか。ファリスは静かにそう心の中で思う。

 御霊剣術最終奥義を。型毎に存在するあの技を。

 

 あの日放った轟く魂の雷鳴のように。

 

 少しだけ、ファリスにだって恐怖はある。

 

 許してくれるよな、ディラン。そう心の中で呟いて、ファリスが剣を握り直したその瞬間、龍はひときわ大きく翼を広げた。

 

 吹き荒れる風に、崩れた街の瓦礫が舞い上がる。

 真紅の鱗が太陽光を反射して輝きを増し、ファリス達に影を落とす。

 

 「……そろそろ、遊びは終わらせられるのかな?」

 「そうかもしれないけど、厳しいね……」

 

 龍から眼を逸らさず、姉弟弟子は言葉を交わした。

 

 「ネージュ。駄目だって言ってた方法は?」

 「……あのドラゴンなんだけど、不思議な呪いが掛かってるんだ」

 「なら、その呪いを解くためにこの地に来た……って話なのか?」

 

 その言葉に、エルフ少女は小さく首を振って否定した。

 

 「だったらボクが何とか出来たんだけど、残念ながらそういう事じゃないんだよね。

 呪いは持ってるけど、効いてない。効果が発揮されてないんだ」

 

 その言葉に、剣聖の青年はどういう事かなと首を傾げた。

 

 「弟くんにも分かるように言うとね。

 弟くん、オーラを纏ってるボク達って毒の霧の中でも普通に動けるよね?

 それと同じこと。呪われてるけど、特に気にしなくて良いくらいの影響に抑え込んでる」

 「……でも、抑えるのが限界ってことは」

 「……無いんじゃないかな。ボクの産まれるよりずっと前からある呪いみたいだから

 変に活性化してるけど、ね」

 

 飛翔した巨龍が、話は終わらせろとばかりに口から炎を吹き出し、地表を炙る。

 

 「……つまり、呪いを更に活性化させればって話かな、ネージュ!」

 

 それを切り払い、ファリスは叫ぶ。

 

 「うん、その通り!

 でも、ボクには上手い刺激とか分からないし、刺激するってことは、未知の呪いを自分も浴びるって話になりかねないからね!」

 

 涼しい顔で同じく炎を切り払い、天才と呼ばれたエルフは、けれども攻め手を見出せずに返した。

 

 「……呪いの影響、か」

 

 それを受けて、ファリスも小さく呟き返す。

 

 訳の分からない呪いに後先考えずに賭けるほど、ファリスとて馬鹿ではない。周囲に、自身に、そして龍に。どのような影響が出るかなど、呪いをかけた当人の居ないこの場で分かるはずもない。

 

 例えばそれが、無差別な死の呪いであればどうだろう。龍に効けば良いが、活性化して周囲に伝播させつつ龍の命を奪うには届かなかった場合、被害を増やすだけだ。

 或いは、狂乱の呪いであればどうなるか。理性を奪い荒れ狂う呪いを活性化させてしまえば……アルフェリカ王国は今日この日をもって地図から消える。

 

 「……苦しいな」

 「……他に手があるかというと、だけどね」

 

 地面が抉り取られる。振るわれる長い尻尾によるサマーソルトを二人して飛び退いて避けつつ、言葉を交わす。

 

 剣聖に神姫。人間の中では最強と、人類の頂点の一角。それでも、代価無しには攻めあぐねる。

 

 遊びは終わりか?と地上の人を睨む巨龍相手に、ファリスは覚悟を決める。

 

 「ネージュ。それしかない。

 あまり、時間はかけられないからね」

 

 そう呟くファリスの前で、紅の皇龍はふと目線を二人から外し……

 

 炸裂する轟砲。

 その口から魔法陣の如く円状に拡がる光を透過して、放たれた超熱閃と呼ばれる光のブレスが、太陽のごとき龍に惹かれて飛んでくる魔物の群れを一瞬で蒸発させた。

 

 「……完全に遊ばれてたね、私達」

 

 あの超熱閃を使ってきていたら死んでいたろう、とファリスは肩を竦める。

 溜めらしい溜めは無かった。その気になれば、造作もなく焼き尽くせた。その証左を、龍は示していた。

 

 「……なら、それで私達と戯れ、戦うなら。

 呪いにでも何でも、賭けるしかないね」

 「ボク良くしらないけど、他のAランクの皆は?」

 

 その言葉にファリスは駄目だと目線を落とす。

 

 Aランク冒険者が束になっても勝てるかというと微妙。それに……

 彼等は生き残った四天王や、他のあれこれの対処で忙しい。

 

 「……ティルナノーグよ。

 楽園に至る道を!」

 

 群青の翼を広げた、ファリスは叫ぶ。

 

 「群青剣・断空牙!」

 

 それは、エルフには使えないファリスだけの剣。勇者の……聖剣の加護と組み合わせた、第一、第三魔法の融合剣技。

 空間を裂く、総てを断ち切る剣。

 

 龍の首が、ゆっくりと周囲の空間ごとズレ……

 そして、元に戻る。

 

 空間を断ち、周囲の位相ごとズラして問答無用で斬る必殺剣すらも、星のごとき龍の無限とも思える力の前には、圧倒的な地力の差の前に無効化される。

 

 だが、龍の眼は、しっかりとファリスを捉える。

 

 「ネージュ。

 私の因縁は、私が何とかするよ」

 

 ファリスは、全速力で街から離れるように駆け出した。

 呪いが飛散しても、周囲に影響がないように。

 

 駆け抜けた果て。数十キロ離れた草原。

 龍が追いかけてくるか振り返ろうとしたファリスの眼が、悠然と紅の翼を羽ばたかせ、長い尾をくゆらせ……待ちくたびれたとばかりに欠伸をする巨龍の姿を捉えた。

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