龍対策
「ネージュ、あの紅の龍星が落ちてくるのは?」
真面目な顔で、ファリスはかなり気を引き締めた姉弟子にそう問い掛けた。
「今の軌道と速度だと、大体うーん、よくわかんない!」
「前回は、大体見えてから1週間で降りてきたけど、今回はそれと比べたらどう?速い?遅い?」
投げたエルフ少女に、ファリスはそう食い下がる。
手慣れたものだ。エルフの時間感覚は割とガバガバで、約束の日にちとかあまり気にしないことも多いから、自身の時間感覚に合わせさせるなんて、7年の修業で幾度もやってきた。
「……あ、そうなんだ。
なら、ちょっと遅い?かな。加速する可能性もあるし、良く分かんないけどね」
「前回と同じくらい……一週間と見た方が良いか」
その言葉に、エルフ少女とエルフの師範は頷いた。
「弟くん、何日で着ける?」
「3日。急げばもっと速いけど、疲れが溜まったまま挑んで、対処できるような相手とはとても思えない」
「うーん、だとすると、対策に考えられて一瞬かな」
「そう、2日だね」
その言葉に、弟子勇者は師に向けて不思議そうな顔をした。
「2日なんですか?一週間ですよ?」
「ニア、考えてみて」
そんな弟子に、ファリスは優しく笑いかけた。
「敵は伝説のドラゴン。来る場所は恐らく、かつて街だった場所。アルフェリカ王国の一角。
そんな時、そんな恐ろしいものが来ると分かっていて、何にも動かず、自分達だけで迎撃する……なんて、出来る?」
えーっと、と、フェロニアは少し考えて……
「ドラゴンさんが結構近くに降りてくるとか怖くて仕方ないです……」
と、尻尾を丸めて結論付けた。
「だろう?だから、最初の2日で再び紅の皇龍が襲来するという話を、アルフェリカ王国に通さなきゃいけない。
近くの冒険者ギルドに行って、終末論者の生ゴミ達を避けて事態と此方の対応を告げて、あとは……
もしも私達が撃退出来なかった時の為に、色々と準備をしておいて貰わないといけないんだ」
「撃退できなかった、とき……」
ぽつりと、ネズミ勇者は呟く。
「そう。相手は紅の龍。
終焉の皇龍。龍神の化身ともされるバケモノ。魔王にも比肩するかもしれない脅威だよ。
私とネージュが組んでも、勝てるかどうか……分からない。勝てるって、大丈夫って、何時もみたいにニアに言えるような相手じゃないんだ。
だから、その可能性を忘れてちゃいけない」
「で、ですよ……ね?」
「うん。勝てる気でなにもしてないと、近くの街が突然現れた伝説に焼き尽くされて、多くの人が死ぬとか有り得るからね。
あの龍、何しに来たのかすら分かっていないから」
そんな言葉に、ふとフェロニアは疑問を抱く。
「でもししょー。街には鐘があるですよ?
鐘の音が寄せ付けないんじゃないですか?」
「ネズミちゃん。
皇龍はね、ボク達みたいに神の化身と言われてる種族だよ?ボク等エルフが鐘に弾かれないように、あの龍も鐘の影響を受けないよ。
魔物じゃないから、ね」
「……そ、そうでした……」
希望を打ち砕かれ、がっくりと勇者は肩を落とした。
「ししょー、どうすれば良いんでしょう」
そんな言葉に、ファリスは……真剣な表情で、フェロニアが見たことがない顔で答えた。
「大丈夫だよニア。私達が何とかする
帰ってこれるかは分からないけれど、ニアの……皆の未来は護るよ」
「ししょー、それは」
「気にしないで良いよ、ニア。
これは、私の因縁。私が決着をつけるべき話」
「ニアも……」
その勇者の言葉は、唇は、駄目だよという青年の指によって止められる。
「今回ばかりは、君を護れるとはとても言えない。連れていく訳にはいかないよ、ニア。
君は生きるべき未来がある。私はね、弟子を消し炭にされたくないんだ」
「……ごめんなさいです」
「分かってくれたなら良いよ。
大丈夫、何だかんだエルフの皆も、君を気に入ってるみたいだからね。
私が帰ってこなくても、立派になれるまで此処で暮らさせて貰えるよ。
じゃあね、ニア。決着をつけてくるよ。一年前からの因縁に」
そう言うや、剣聖たる青年は立ち上がる。
その横に、当然だよねと言わんばかりに、自然にエルフの少女が立った。
「ししょー!帰ってきてくださいね!
ニア、まだまだししょーから習わなきゃな事が沢山で!」
その言葉に、曖昧だけれども優しく、振り返ることなく、剣聖は答えた。
「可能だったら、ね」




