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伝説の皇龍

「なにかあったのか、ネージュ」

 

 珍しくそんな場合じゃないと、何時も大体のんびりなエルフ種にしては焦った物言いな姉弟子に、ファリスは立ち上がりながらそう問い掛けた。

 

 「うん、結構大変なこと」

 

 と、銀に近い淡い髪色のエルフは、青っぽい髪のネズミ少女を眺めた。

 

 「そこの子は知らないと思うけど、弟くん達は覚えてるよね?

 瘴気の空を貫いて輝いた紅の星を」

 

 その言葉に、ファリスや師範エルフは静かにうなずきを返した。

 

 知っている。

 ファリスが星空を見上げたとき最初に魔物かと思ったのは……まさにそれが原因だ。

 遥かなる(ソラ)より降り注ぐ伝説龍。紅の流星。

 その襲来の予兆として、黒煙でずっとくぐもっていた空に輝いた紅の光。それこそが、かつてのファリスが見たたったひとつの星だったから。

 

 「……まさか」

 「そう、そのまさかっぽいよ、弟くん。

 紅の星が、月に見えたんだ。ボク結構目が良いけど、アレはちょっと前に来たのと同じにしか見えないね」

 

 その言葉に、苦々しげにファリスは頷いた。

 

 「つまり、来るということか。

 一年の時を経て、再びあの龍が。紅の皇龍が」

 

 珍しく真剣な表情で呟くファリス。

 その顔を見て、フェロニアは小さく身震いした。

 

 「ししょー、ゴブリンさんの時よりこわいかおですよ?」

 「あの時より危険だからね」

 「そ、そうなんですか?」

 

 一体のドラゴンとゴブリン達のダンジョン。ドラゴンを見たことがないフェロニアには、死ぬかもしれないと思ったあの恐怖よりも……あの時ですら鬼気迫る表情ではなく余裕を見せていた師が、真面目な顔で思い悩むそれがとても想像などつかなくて。

 どういうものなんですかと首をかしげた。

 

 「ネズミちゃん、この地に降り立った龍はね、ボクたちが頑張れば撃退できたって存在だよ」

 

 と、ネージュ。

 

 「つまり、そんな強くないですか?

 あれ、でもししょーは」

 「違うよネズミちゃん。ボクたちエルフが本気になって立ち向かえば勝てたって言ってるんだよ?

 霊神あーちゃんの似姿で、だから金髪美形しか居ないって言われてる、ボクたちが、一人じゃなく皆で、しかも本気を出したら、って」

 

 珍しくニコニコせず、腰の剣を抜き放ってその少女エルフは続けた。

 

 「ボクは見たこと無いし多分だけどね、魔王を倒せる戦力なら勝てるよって言ってるのと同じだよ、こんなの」

 「ま、まおーを、ですか!?」

 

 「そうだよ、ニア。

 魔王城というダンジョン……魔王の一部とも言えるそれを入れたら間違いなく魔王の方が強いけどね。魔王単体と比べたら、どちらが上かは……微妙なところだね」

 

 魔王への偵察をもって、大体の魔王の力量を知る剣聖は、そう評した。

 

 「魔王にはとてつもない無敵の結界があったけど、あの龍は轟威火鎚を受けてピンピンしていた

 結界は恐らく切り札で砕けたし砕けば勝ち目はあった魔王と、甲殻を砕いて手傷は負わせられたけど……なあの龍と。

 どちらとも本格的に戦ったことがない私には比較しきれないけれど、魔王に比べれば雑魚、なんてとても言えないね。

 

 少なくとも、どちらも最終奥義無しでは戦いの土俵にも立てないって点だけは同じ」

 

 「こ、怖いですねししょー……」

 

 そんな弟子に向けて、師は優しく笑う。

 

 「大丈夫だよニア。君にとってどれだけ怖くても、私にとっては一度撃退した相手。

 何とかしてみせるから、心配しなくて良い」

 「それに、今回はまあ、弟くんだけにどうこうって事はしないでしょ?」

 

 と、覚悟を最初から決めきっているエルフと人間の弟子達は、末弟子に近い勇者にそう言う。

 

 その言葉に、師範たるエルフも同調して。

 

 「ネージュ、どの辺りに落ちてくるか分かる?」

 「少なくとも、ここじゃなさげだよ?

 前のとちょっと軌道が違うし……そういや、弟くんがちょっと前に行ってたのってどの方向だっけ?」

 「東かな」

 「うん、そっち方向。

 

 弟くんが解決したーっていう、ダンジョンになっちゃった街。日数と……あとはネズミちゃんの足を考えて距離を推測すると、廃墟になったその街を目指してるって感じかな?」

 

 その言葉に、剣聖師弟は首を捻った。

 

 「あの街、何にもないと思うけど?」

 「生きてたみんな、別の街に受け入れられちゃったですし、もうコアだって無いんですよね、ししょー?」

 「その場で破壊してきたからね」

 

 と、ネズミ勇者はその耳をピン!と立てる。

 

 「ししょー、ドラゴンさんって瘴気の残りとか食べるですか?」

 「いや、食生とか全く不明。

 肉食か雑食って言われてるけど、良く分からないね」

 「分からないです……」

 

 「ひょっとして、弟くんの力を感じて追ってきたのかな?」

 

 そのネージュの一言に、場は凍りついた。

 

 「だとしたら、私が決着をつけるしかないのか」

 

 少しだけ遠い目をして、ファリスはそう結論付けた。

 

 「大丈夫、ボクは君の人生の半分だからね。

 今回はボクも一緒さ。頑張ろう、弟くん」

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