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ネズミと初代勇者

「じゃあ、座学の時間だよニア」

 

 昼を食べ終わり、最後にエルフ達から貰ったエルフ達の分のチーズを、紫色をした果実酒……ではなく果実ジュースと共にご機嫌にちょっぴりずつ囓る弟子に向けて、ファリスは少し頬を緩めて言った。

 

 エルフ達は平穏生活に戻っている。

 聖地の菜園に水をやり、趣味に没頭して日がな一日過ごすのだ。

 

 ファリスやネージュのように、一日中剣を振るったりするのは本来はエルフの修業方式ではない。それは、数年という年月が貴重な人種のやること。

 自然と神々の息吹に触れながら生き、ある日ふと悟るのが本来のエルフ達にとっての己の中のカミとの対話。だからこそ、修業は割と緩い。

 ネージュが天才と呼ばれるのも、そんなエルフ達の一員でありながら、短期間で極めるほどに熱中できたという点が大きい。

 

 故に、修業は一日数時間。昼からはエルフ達も思い思いに過ごしていて、師範等数人のエルフは、優しくチーズをその前歯で小さく削っては顔を毎回綻ばせる幼い勇者を見守っていた。

 

 そんな中、ファリスのかけた言葉に、勇者フェロニアは顔を半分ちょっと残ったチーズの小山から上げた。

 

 「ざがく?ししょー、今日は何をおしえてくれるんです?」

 「この土地でこそ、学ぶのが一番ふさわしいことだよ、ニア」

 

 そして、ファリスはのんびりと祝詞の一節を口ずさみながら、片付いた机で天使の絵を書いている金髪の少女エルフに声をかけた。

 

 「私は割とにわかなもので、間違っている解釈などがあったら訂正頼みます」

 「んー、聞いてたらねー」

 「はい、大丈夫です」

 

 そうして、一瞬目を瞑り、ファリスは己の群青色の片翼を呼び出した。

 

 「ニア。君が学ぶべきは……エルフ等の使う御霊剣術、第三魔法じゃない。

 この聖地で戦った彼等の力……神々の加護、第一魔法。それは昨日から言ってたよね」

 「はいです、ししょー」

 

 もう一口チーズを囓り、勇者はうんうんとうなずく。

 

 「そして、神々については昨日話したよね。じゃあ、今日は……」

 「ゆーしゃさま?」

 「天使様の話でも良いけど、どっちにする?」

 

 少女勇者の尻尾が左右に揺れる。

 

 「天使様もいいですけど……うーん」

 「そのうち、どっちの話もするよ

 どっちが先に聞きたいかな?」

 

 「じゃあ、ゆーしゃさま?」

 

 少しして、ピン!と尻尾を立てて、少女はそう返した。

 

 「良し、じゃあ……今日は、この聖地にあやかって、初代群青の勇者の話にしようか」

 「はい!」

 

 分かりやすくするために生やした翼を消して、ファリスは言葉を紡ぎ始めた。

 

 「まず、ニアは伝説の初代勇者って知ってるかな?

 ディランに並ぶくらい結構有名な人だから……多分知ってるよね?」

 

 こくこくと頷いて、フェロニアは自分の頭の中の話を絞り出す。

 昔、馬鹿にしながら幼馴染が話していたことを。

 

 「えーっと、群青の勇者マグ=メルさん、でしたっけ?」

 

 「そう、マグ=メル。何処から来たのか、何処へ行ったのか、全てが語られず、ただ……偉業のみが語られる初代勇者

 群青の聖剣を産み出したとも言われる、謎に包まれた神秘的な存在だね。一部では、天使ティルナノーグという存在は居なくて、マグ=メルこそが天使の正体だとも言われている。

 だから……」

 

 と、ファリスは少女エルフの方に目配せをした。

 それを受け、今か今かと待っていた絵描きエルフは、二つの天使の絵を少女に向ける。

 

 一枚は、幻想的な儚い少女天使の絵。

 もう一枚は、活力的で勇猛な少年天使の絵。

 その双方の手には、今やフェロニアの手にある聖剣が握られていて、その背には6枚……ではなく2枚の群青色の翼が描かれている。

 

 「ししょーとエルフさん、これは?」

 「どちらも、むかーしの資料を元に描かれた伝説の初代勇者の絵だよ、ニア」

 「え!?でも、明らかにちがうひとですよ?」

 

 困惑する少女勇者の頭を間違ってないよと優しく撫でながら、ファリスは言う。

 

 「うん。そうだよ。初代勇者って、資料によって男だったとか女だったとか、色々だから。

 でも、一つだけ有名でたしかな事があるよ。終末の魔神達を、他の天使と共に封印したってこと」

 

 そういって、ファリスは遠くを見る。

 

 「じゃあ、聖地にはあの怖い人たちが何とかしたい魔神さんが封印されてるですか?」 

 

 身を震わせ、勇者は問い掛ける。

 

 「いや、封印されてないよ。あくまでも、何もない異世界に封印しただけ。それをやったのがこの地ってのは確かだけど、この地の何処かに……家に閉じ込められててーって感じじゃないよ」

 「へぇー、そうなんですか?」

 「そうだよ、だから怖がらなくて良いよ、ニア。

 別に、寝てたら突然怖い怖い魔神が化けて出てきたりしないからさ」

 

 「なら、安心です……」

 

 耳を丸めていた少女は、その言葉に丸めた耳と尻尾を安堵したように広げた。

 

 「……初代って良く分からないゆーしゃさまですね」

 「まあ、神話の……最終決戦にだけ名前が出てくる上に、魔神の中で最強とされた『《意義》の終末』……エスカトロジーが居なくなってから登場したからね。

 神話の中でも、割と目立たないよ、彼……か彼女」

 「どういう人だったんですかね?」

 「一説によれば、此処とは違う世界……マギティリスと呼ばれる場所とか、或いはニホンなる世界から来たんじゃないかとか、そんな事も言われてるね。

 

 私としては、多分群青の天使様との間に何らかの縁があった誰かであって、異世界の存在とかじゃないとは思うんだけど……。その先の話が無さすぎて、元の世界に帰ったとか、そっちの方が受けが良いのかもね」

 

 あ、そうだとファリスは部屋を見回し、一冊の本に手を伸ばした。

 

 「これは、異世界から来た説を採用した本だね」

 

 そして、気が付く。

 

 「って、私も君も文字が読めないから意味ないか」

 「……ですね」

 「じゃ、ボクが読もうか?」

 

 ひょいと顔を出した銀髪の姉弟子が、そんなことを言った。

 

 「って、そんな事言ってる場合じゃ無さげだけどね」

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