幕間 赤き終焉の星
遥かなる空の上。
霊神に見守られた星を見下ろす、霊気の届かぬ遥かソラ。
星と呼ばれるうちの一つ。月とされている冷たい星の表面で、赤い色が蠢いた。
紅の小山が動く。
暫しの眠りから醒めた巨龍が、その翼を軽く広げたのだ。
終焉と呼ばれる伝説。通常生物であれば生きてはいけないはずの何もない星の上で、されども一個体が生ける星とも言われる龍は、事も無げに首をもたげて緑の星を見上げた。
『禍津気が、去ったか……』
その声は、音にならぬ音。空気の無い月にも響き渡る、自身が無限に近い力を発する超小型の星である龍の咆哮。
それが、空気の無い世界を震わせる。
そして、かの赤龍は……数ヶ月ぶりに見上げた星に、一つの光を見出だして、牙を剥き出した。
『……かの光は……
佳哉、佳哉。汝の光は、未だ其所に煌めくか』
牙を剥き出しに、大いなる赤龍は含み笑う。
そして、巨大なその翼を広げ、首をもたげる。
『汝が吾に与えたこの神鳴めが疼く……
ならぬ、ならぬぞ……未だ、時期尚早。再び汝と見えるには、この身を焦がす呪詛は弱きに過ぎる……
足りぬわ……。旧き魔の王よ、吾を縛らんとせし禍津気の主よ。これしきでは意味を持たぬ……』
口惜しそうに、赤龍は月面で今にも羽ばたかんとした翼を収め、緑の星を見上げる体勢に戻った。
『なれど、今一時……。吾が過ごしたかの時間に比すれば、真に、最早刹那の先よ……
汝と吾を繋ぐ血の縁が、二人を再び邂逅へと導くまで、刻は最早幾ばくも無し……』
巨龍は、一年と少し前に付けられ、今も残る喉元の傷を、その巨大な右腕でつぅ、となぞる。
そして、何が可笑しいのか、再び笑った。
『吾等を信ずる祈り……
灯火ながら、尊とき言の葉よな。
そう急くでない。吾にも相応のめかしごとは有ろうと、意を汲む事を努々忘れるでない』
巨龍は、己の喉元の逆鱗に己の手で触れ、狂暴な笑みを浮かべる。
『なれども、とみに赦そう。
吾とて、同じ思いを胸に抱く故に。
この胸を焦がす激情を、汝へと与えよう。名も知らぬ君よ、此度の邂逅は魂を懸けて』
その胸元に光が灯る。不滅ともされる心臓から送られる血は、それそのものがマグマのように光と熱を放ち、龍の全身を巡り……傷口を輝かせた。
その意気を発散するかのように、紅の龍皇は口から焔を迸らせる。空気すらない月面を星の火が撫で、赤熱させた。
だがしかし、未だ山は動くことはなく。皇龍と呼ばれる伝説の赤龍は、再び翼を閉じ、何もない月面で眠りの体勢に入る。
『温き……
されど、この寒き地を寝床とせんとする刻はあと僅か……』




