ネズミ勇者とランニング
「おー、がんばってねー!」
そんな風に、逆回りにランニングするエルフの兄弟子達を、ファリスとほぼ同期故に弟子としては後から入ってきたものの既に高みに居る少女エルフがのんびり眺めているのを確認しながら、ファリスは己のたった一人の弟子が後についてきていることを確認した。
「はっ、はっ!
ちょっと、つらいですねししょー……」
結構な速度のランニングに早くも息が上がり始めているネズミの女の子に向けて、ファリスは優しく、けれども厳しくまだ1周目だよ、と事実を告げた。
途端、愕然として耳を萎れさせる少女。
「ニア、呼吸を忘れないで。ちゃんとした呼吸さえ出来れば、今のニアでも十分4周は走れる距離だと私は思うよ。
ニアがそんなに疲れを感じるのは、呼吸が乱れすぎてるから。ちょっと立ち止まって良いから、呼吸を整えよう」
「は、はいです!
ししょーがニアのことを見込んでなら、3周は頑張ります!」
4周じゃないんだ、とファリスは少しだけ思うも、それを顔には出さず。
「……そっか。ちょっとネージュに起こされちゃって、休みきれなかったかな?
じゃ、今日は3周にしようか。明日は頑張ってみようね」
「が、がんばるです……
ししょーがとつぜんきびししょーになっちゃったです……」
しゅん、とする勇者。その耳も尻尾も、何時ものようにご機嫌に揺れずに少し垂れぎみで、ファリスは少しだけ申し訳なくも思うが、心を鬼にする。
「あんまり長々とお世話になる訳にもいかないからね。少し厳しめに行くよ。
大丈夫、ニアはちゃんと磨けば光る」
「で、でもいきなりキツくなったですよししょー」
「ニア、自分の限界を知ってるってことは役に立つ事だから。まずは今のニアの限界を知って欲しいんだ。
今日の訓練はこれだけ、だから頑張れるね?」
そんなファリス達師弟を、銀に近い淡い金髪のエルフは眺め……
「だだ甘だね弟くん」
ぽつり、と言う。
「こ、これで……甘いんですか……?」
「うん。ボク達の時の初日って、朝一に6周して、ご飯の後に弟くんが住むあの神殿の建設手伝って、礼拝の後には精神修業ってことで瞑想して、晩御飯の後に2周走って終わりだからね」
あっけらかんと言うエルフの少女。それにファリスはそうだったねと頷き、勇者は元々くりくりとした目を更に丸くした。
「そ、そんなに……」
そして、きゅっと目を閉じて、勇者たる少女は小さく自分の子供らしさの残る愛らしい頬を叩き、目を開く。
その耳はピン!と立ち、尻尾はやる気に揺れる。
「なら、ニアがくじけちゃだめです!ししょーに追い付くです!」
「その息だよ、ニア」
「うんまあ、ボク応援してるから頑張ってねネズミちゃん
あんまり弟くんに迷惑かけちゃダメだよ?」
ビシュン、と音を置き去りにして、一瞬にしてエルフ少女の姿は掻き消えた。
「は、はやっ!?」
「……因にだけどね、ニア。あれは、師範や私も出来る。ニアも……うん、出来るんじゃないかな?
ディランも独力で最後は出来るようになってたしね」
「……ニア、あそこまで凄くなくて良いです」
既知外の力を目の当たりにして、フェロニアはぽつりと呟いた。
「そうだね。魔王はもう居ないし、あの龍も……傷付いた以上そうそう人を襲うとも思えない。力は確かに、そんなに必要ないものね。
でも、体力は要るから」
そう言って、ファリスはランニングを再開させた。
そして……
「ししししょー!?亀裂入ってますよ!?」
「うん。だから飛び越えるんだよ?」
ひょい、と力を込めて大きく裂けた地割れを飛び越え、ファリスは弟子へと言う。
「むむ無理ですって!?ニア落ちちゃいますよ」
「飛べるようになって初めて半人前。
大丈夫、私が見てるから落ちても引き上げられるし、下には実は防護の魔法掛かってるし、何なら初日は私も落ちたよ。
意を決して飛んでごらん?」
「……は、はいです!」
きつく手を握って、少女は眼前の亀裂を見て……
「あ、ニア」
「えいっ!」
助走をつけた方が最初は飛び越えやすいよという間もなく、少女勇者は事も無げにバックステップでファリスが飛び越えた距離を飛ぼうとして……
「あきゃあっ!?」
「……最初は後で息を整えて良いから、全力疾走からのジャンプで行こうか」
地割れに呑み込まれかけた少女の手を掴み、崖に剣を突き刺して支えにしながらファリスはそう言った。
「スミンテウス種はそこそこすばしっこいから、私より飛べるようになるのはきっと早いよ。
さあ、今日はあと2周、あと2回飛んでみよう」
そして……
「きゃっ!?」
「……はへ?」
一度目は飛距離が届かず、二度目はギリギリを狙い過ぎて崖っぷちで足を踏み外して落下した勇者を、ファリスは二度引き上げることになった。
「あう……ドボンネズミです……」
「まあ、私も安定して飛び越えるのには半年掛かったし大丈夫だよ」




