ネズミ勇者と修業開始
「ししょー!今日からはなにをするんですか?」
勇者たる少女は、6つ上の青年を見上げて、そう問いかけた。
「まずは、この服に着替えてくれるかな。動きやすいと思うし、汗も吸ってくれるから」
と、剣聖の青年は、微笑んで少女へと用意しておいた服を手渡した。
それは、薄青い色をした胴着。女の子が着るにはすこしばかり可愛さが足りてない無骨なデザインで、袖は手首近くまである長さ。
「ししょー、これってなんですか?」
「これかい?家の……というか、ニアが寝ている間に師範から貰ってきた、エルフ達が使ってる胴着だね。ちょっと大きいかもしれないけれど、ネージュの為に縫ってあったけど、私の後に彼女も旅に出たから使われずに残ってた子供用
ちょっとサイズ合わないかもしれないけど、それが一番ニアに合うから我慢してね」
「はいです!」
元気良く頷いて、フェロニアは師からその胴着を受け取り、目の前に広げてみる。
背中に刻まれているのは、不思議な紋章であった。
「これ、6枚翼……門にあったあれです?」
「うん。その通り。天使達をこの地にもたらしたという霊神を信じているからね、エルフ達は。
だから、この胴着の紋も、流派の紋も、六枚の翼になるんだよ。でも……」
剣聖は、トントンとその背に縫い込まれた紋の周囲を叩いた。
そこに刻まれているのは、意匠化された首と尻尾の長い翼を持つ生物。己の尾の先と、アギトによって円を描くように外周に描かれ、その両の翼はエンブレムの出っ張りのように外に広がる。
「……ネージュ、これを注文してたって……」
「ししょー?これはなんですか?」
「ああ、これ?
私は龍神の信徒ってのは知ってるよね、ニア?昨日話したしね
なら、霊神だけでなく、龍神の紋章も取り入れてあげようってことで、皆が私のために用意してくれた紋が、これ。
ほら」
と、フェロニアにとっては師であり、この地のエルフ達にとっては末弟子であるファリスは、己が羽織ったロングコートのようなエルフ羽織の裾をひらりと翻して背後を見せる。
そこにも、同様の紋が刻まれていて、勇者は目を丸くした。
「つまり、ししょーの紋です?」
「そう。ネージュも姉弟子として、私の紋にしてくれてたのかな。見ただけで同門って分かるから。……いや、そもそも、そんなことしなくても有名だけどね」
少しだけ愉快そうに笑って、剣聖は朝焼けの空を見上げた。
「さあ、着替えてきてニア。大丈夫、覗いてくるような不埒ものは居ないから」
「ほんとーですか?」
「本当だよ。エルフって、寿命の差のせいか他種族にあんまり欲情しないから、覗こうって思う事そのものがほぼ無いよ。
その分、頓着せずに入ってくるし、見ても悪びれもしないから……他のエルフが来そうな時は気をつけてね」
私も経験があるよ、とファリスは苦笑しながら言った。
「ししょーも、着替えとか見られたんですか?」
「それもあるし、ネージュ達もそういうの無頓着だからね。
短命の人類には裸を見られても気にしないし、だから鍵もかけない。部屋に入る時は注意するんだよ、向こうが気にも止めないだけに、此方がいたたまれなくなること必至だから」
「き、きを付けます」
びしり、と固まってネズミ少女はそう告げ、とてとてと小走りで泊めて貰っている神殿へと駆けていった
「えっへへー!ししょーとおそろいですね!」
そして、数分してとてとてと戻ってきた。
「うん。良く似合ってるね、ニア」
「はい!やる気いっぱいです!」
「よし、それじゃあ、朝御飯の前に……軽く修業しようか」
その言葉に、弟子勇者は大きな耳を揺らして頷いた。
「はい!なにするんですかししょー?」
「まずは……ランニングかな。聖地の外周を……とりあえず4周」
自分の時の6周と、今の少女の体力等から推し量り、ファリスはそう告げた。
「4周ですか?歩き……じゃ、ないですよね?」
「うん。私がこのペースって前を走るから、遅れないようについてくるように」
「ぺ、ペース次第じゃつらそうです……」
「大丈夫だよニア。ニアがついていけると私が思うくらいのペースでやるから。
あとは……ちょっと疲れるくらいの修業をしてからの方が、御飯は美味しいよ」
「……はい、がんばるです!」




