ネズミと神話
「ししょーししょー!」
ネズミ勇者が、その毛のない尻尾を揺らして駆けてきたのは、ファリスが作り直すかなーと悩んでいた像を翼だけ新しく作り直して接合する事に決め、埃と木屑を払いきった時であった。
「ん?どうしたんだいニア。ベッドに使えそうな藁とかは貰ってきた?」
「そこはだいじょぶです!」
そんな勇者は、特に何も持っていない。
「ん?持ってないけど、後で運んで貰えるのかな?」
「そうみたいです」
やさしいですねーと勇者は耳を揺らした。
確かに、小動物感のある少女に持たせるよりは運んでくれるエルフも居るだろう。そうファリスも納得して。
「それでニアは、何が気になったんだい?」
「ししょー、ニア、神さまのことよく知らないです。
これから神殿で暫く暮らすんですよね?なのに知らないってだめだめネズミになりたくないなーって」
その言葉に少し笑って、剣聖は頷く。
「といっても、私も詳しくはないよ?」
「ニアより詳しいならだいじょぶですよししょー」
「じゃあ、神と勇者と天使の話をしようか」
今も燻る闘気の炎は、掃除された神殿の中、明かりとして燃える。
その横にもう一個闘気の炎で明かりを灯し、剣聖は床に座ると話し始めた。
「この世界には、4柱の神様が居ると言われている。これは知ってるかな?」
「さっき聞いたですよししょー」
「白の『霊神』、赤の『龍神』、青の『海神』、そして、黒の『冥神』
それら4柱が、この世界の神様だと言われているね」
「えっと、『あーちゃん』って呼ばれてるのが、れーしんさま?」
「そうだよ。『霊神』、この世界に霊気を満たす世界神。それが、あーちゃんって今は呼ばれている神様」
そして、剣聖たる青年は龍像を指差す。
「龍神はソラの神様。人々が生きる大地があーちゃん神の地なら、その先……星々の世界の神様が、龍神様と呼ばれているね」
ファリスは、更に闘気を青くして広げ、周囲を青に染めて続ける。
「そして、人々は住まないけれど、多くの命が生きる海を統べるとされているのが海神様。っていっても、人魚種とか極一部以外に信仰されてないらしいから、あんまり知られてないけれどもね」
そして、闘気が揺れ、ネズミ勇者を闇が包む。
優しい気配に囲まれ、少女は暗い中でも怯えずに言葉を待った。
「そして、人々が死んだ後の世界を統べているって言われているのが、冥神様。
存在しているとは言われてるんだけど、死んだことがある人って基本的に全然居ないから、大体全部謎だね」
「海神さまと、冥神さまは、全然です?」
「そう。私も全然知らないよ。存在すら、旅の最中で水棲の種と会わなければ知らなかったまである」
「じゃ、龍神さまは、空飛ぶみんなに信仰されてるですか?」
「ニアはどう思う?カラスの黒翼種とか、信仰してると思う?」
悪戯っぽく、青年は聞く。
少女は、小さくその身を震わせた。
「鳥さんこわいです」
「ああ、そうだったねごめんごめん。
答えとしては、否、だよ。龍の神様の管轄地は、ソラ。ソラといっても、お星さまがあるくらいのとっても高い場所。
ニア?ニアは、例えばグランフェリカのお城の鐘楼からぴょーんと飛んだら、暫くは龍神様の領域だと思うかい?」
「思わないですししょー」
「うん。それと同じで、鳥の翼を持っていても、龍の神様の領域は遠すぎるんだ。だから、彼等も大体はあーちゃん神を信じてるか、神様信仰が薄いかのどっちかだね」
へぇー、と勇者は頷く。
「ニアの剣は、天使さまは……どういう存在なんですかね?」
と、ネズミの少女は尻尾を左右に揺らしながら小首を傾げた。
「天使達かい?
ニアは門の羽を見たよね?」
「色が6つありましたね?」
「うん。神話に出てくる天使は6人。楽園の天使と呼ばれる、あーちゃん神によってもたらされた世界の護り手
『《群青》の楽園』 ティル・ナ・ノーグ
『《紅蓮》の楽園』 ヴァルハラ
『《黄金》の楽園』 エデン
『《萌葱》の楽園』 アルカディア
『《純白》の楽園』 アヴァロン
『《紫紺》の楽園』 エリュシオン
この6体だね」
その言葉に、ぴくりと勇者は耳を動かす。
「てぃるなのーぐっていうのは、ニアの聖剣とおんなじ名前です?」
「うん。そうだね。ニアの群青の聖剣は、神話の最中、世界を滅ぼそうとした魔神、『《意義》の終末』エスカトロジーによって致命傷を負った天使ティル・ナ・ノーグが人々を護るために残したものって言われているよ」
そうなんですか?と興味深げに、少女は手に召喚した群青色の剣を眺めた。
「良し、終わり」
壊れた神殿の一部から、無くなった翼をオーラで削り出して、上手くくっ付けてファリスはひとりごちる
「……分かったかな、ニア?」
「なんとなくです」
少女は、そう尻尾を揺らした。




