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師範と物忘れ

「師範」


 着ていた服の帯を締め直し、師にして弟子である剣聖は、近付いてくる淡い金髪の優男に向けて姿勢を正した。

 

 「あー、そこのが言っていた勇者か

 思っていたよりちみっこい」


 背は人間にしてはそこそこのファリスと並べば身長はほぼ同等。気配も音もなく動く静水のような男は、ゆらりとフェロニアが気が付かないうちに、少女の目の前に立っていた。

 

 その行動に、師匠も似たことしてるな、って思いつつ面食らった勇者は、気が付くと頭を撫でられていて。


 「……師範。うちの弟子の頭をあんまり撫でないで下さい」

 「君みたいに調子に乗るのかな?」

 「いえ、女の子なんで見ず知らずのうちから触れるのはどうかと。

 いや、私はこれくらいしか知らなくて良く触れるのですが……」


 と、頬を掻きながら青年は呟いた。

 

 「ししょー、ちょーし乗るんですか?」

 「まあ、私のときは、頭を撫でられると親を思い出してやる気を出してた節はあったね。

 お陰で、よしよしとネージュには良く撫でられていたよ」


 君を撫でがちなのも、その関係だね、と剣聖は弟子に笑いかけて。

 

 「そもそもですが、師範。別人です」

 「ん?君の大事な大事な勇者、だろう?

 魔王との戦いが終わったから連れてきたのかと思ったけれども、違うのかい?」


 はぁ、と息を吐いてファリスは返す。


 「違います、彼女はフェロニア。私が良く話していたディランではありません。更に次代、未来の勇者です」

 

 「ん?そうなのかい?

 聞いてた限りだと女の子に聞こえていたから、話より少し小さいくらいに思ったのだけれども」

 「……ディランは男です」


 辟易したように、剣聖は呟く。


 「おや、君の語りかたはまるで恋仲の相手への想いを連ねたようなもので、てっきり女の子だとばかり」

 「何度かこの会話した覚えがあるのですが、師範。

 ニアに悪いので、そろそろ覚える気を持ってください」

 

 くいくいと、勇者はそんな話をしている師の袖を引く。


 「ししょーししょー

 エルフさんって、物覚えわるいです?」

 「滅茶苦茶悪いよ」

 「神様みたいな種族なのにですか?」

 「逆に、名前すら忘れられ、あーちゃん様って呼ばれてる神様の似姿だからね。

 数千、数万の時を刻む以上、全部覚えていたらキリがないしごちゃごちゃし過ぎる。だから、覚えていたいことは忘れないけど、覚えようという気になってくれないとすぐに忘れるのがエルフ種なんだよ、ニア。

 そして、私の事は……」


 ちらり、とオレンジ髪の青年は己の師を見る。


 「前回の出戻りから解ってた事だけれども、覚える価値を見出してくれていたみたいだね」


 そんな弟子に、剣聖は苦笑いしながら答えた。

 

 「これでもね、私は姉弟子だったネージュ以外に覚えられるのに3年かかった。

 毎日毎日、挨拶し続けていても、ね。覚える価値がないって思われたら、そんな扱いになるんだ」


 昔を思い出して、遠い目をするファリス。

 そんな感覚の違いに、エルフより人間よりなスミンテウス種は、たいへんそーですと頷いた。

 

 「ニアもですかね?」

 「多分、勇者だからすぐに覚えて貰えると思うよ」

 「でも、前のゆーしゃ様は全然おぼえられてないですよ?」


 不思議ですねーと、少女は小さく首を傾げた。

 

 「まあ、あれは私の語る勇者像に興味がなかったって事なんだろうね」

 「そうですか?」

 「覚える価値がないことは、一瞬で忘れるからね、彼等エルフは。

 だから、ネージュもAランク冒険者にはなれない。だって、興味ない依頼とかすっぽかして忘れるのが目に見えてる」


 そんな2人の会話を、あまり表情のないのぺーっとした顔で、エルフの師範は眺めていた。

 

 「と、すみません師範。つい弟子との話に花を咲かせてしまいました。

 不肖ファリス、この地を使わせて貰いたく」

 「ん?何かあったの?」

 「単純に、過去の因縁が無関係になるべき新時代の勇者を、旧いあれこれに引き込もうとしていて、それに辟易しただけですよ。

 聖地にならば、流石に彼等は入ってこないでしょう」


 叩き壊された少女像……偶像崇拝を止めるべきとしてその昔破壊されたという、魔神に対抗すべく天使達を送り込んだ神『あーちゃん』像を見上げて、ファリスはそう言った。

 

 「ここは、神々の聖地。あーちゃん神に、龍神に、護られた降臨の地。

 此処に入れるようならば、彼等は魔神の封印を破壊している事でしょうから」

 「使わせてください、おねがいします!」


 ぺこり、と頭を下げる勇者。

 それを見て、まだまだ青年に見える男は、ひとつ頷いた。


 「んまぁ、壊れたあそこで良い?」

 「……思い出のあそこですか。他の部屋などは?」

 「あとはネージュの部屋くらいかな、空き部屋」

 「……壊れたあそこで良いです」

 「ま、ボク帰ってくるしね」

 

 その言葉に、師と更にその師のやりとりを大人しく待っていたフェロニアは、耳をびくっ!とさせる。


 「やっほー、面白旅は終わったー?」


 其所に居たのは、耳込みでフェロニアとそう変わらない背丈の幼いエルフ

 色が非常に薄く、銀に近い髪色をしたファリスの姉弟子。


 「……ネージュ」

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