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勇者パーティを追放され一人取り残された剣聖は、次代の勇者を育てる  作者: 雨在新人/星野井上緒
ネズミ勇者、剣聖と旅する~ドキドキししょーと二人っきりの逃亡生活編~
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囚われのネズミ

「あうっ!」

 聖剣を手にしたまま、フェロニアは……何処とも知れない水の中に放り込まれた。

 

 その瞬間、『群青』つまり水の名を持つ聖剣が輝き、自動的に不可思議なバリアを少女に張り巡らせた。

 

 「ふぇ?」

 群青色のバリアに囲まれた状態で、ちょっと不思議そうにフェロニアは己の周囲を見回して、

 「……たす、けて……」

 何度も聞こえた声の主の存在に辿り着く。

 

 それは……

 原型が分からない程にドロドロに溶けてしまった人だったのだろう残骸。目らしきギョロギョロした何か、口らしき穴、腕らしき持ち上げられた棒。それ以外の全部が、黒緑色の泥になった……怪生物。

 「ひっ!?」

 そんな化け物から、小さなこどもの……自分と発育の頃の違わない、成長の遅い長命種でも3桁届かないだろう年齢の子供の声がして思わずフェロニアは左手で頭頂の両耳を抑えた。

 それでも、危機感に駆られて聖剣だけは手離さずにして、恐怖からきゅっ!と目を瞑る。

 

 バリアの中で、少女勇者は思う。

 「ししょー、ごめんなさいです……」

 ダンジョンは怖いところだと、師はきちんと教えてくれていたのに。

 それに着いていきたいと言ったのも、助けられる人が居るかもしれないと言ったのも、何にも役に立たないことに焦り先走って罠にかかったのも、全部フェロニアだった。

 全ては自業自得で。

 

 ぽたり、と何かが垂れる音に、少女は目を開く。

 「こ、こないで……」

 ふと周りを見回すと、緑色をしたフェロニアが転移させられた液体のなかには、同じく転移させられたのか、それとも放り込まれたのか、何人かが居た。

 

 いや、何人か、という言葉はもう相応しくないだろう。

 助けてと譫言のように呟き、誰かを誘い込むエサにされていそうな少年声とは違ってもうちょっと人の姿を残した存在が、周囲の液体の中を漂いながら、バリアを叩いている。

 

 「あーけーろー」

 「いーれーてー」

 間延びした音が、水中なのに伝わってくる。

 それは、フェロニアが助けたいと思った相手である筈で。

 「ごめんなさい、こないで……こないでください!」

 彼等も、多分毒なのだろう緑の液体の中で苦しんで、それを弾いているバリアの中で助かりたい一心だってことくらいは、少女にも分かる。

 たとえ端から見て手遅れでも。苦しみが無くなるならと……自分だってそうすると、ネズミ勇者は思い。

 

 「やです!わたし、自分も死んじゃうのはやです!

 助けられないです!ごめんなさいです!」

 その声を無視して、恐怖から少女は一人、バリアの中に閉じ籠った。

 

 パリン、という音。

 バリアが割れたのかと思い、少女はふと顔を上げて……

 「ギャギャッ!」

 液体が流れていく。半透明の水槽の中に満たされていた液体が、外から割られて噴出していく。

 

 けれど、助けが来たのかと思う少女の前に居たのは……人のように白衣を着た一匹のゴブリンと、その周囲を固める幾多のゴブリン達。

 「ひゃっ!?」

 その数匹が一台の投石機を扱っており、そこから放たれた石が水槽を割ったのだ。

 勢い良く流れ出ていく緑の水と共に、バリアを叩いていたかつて人類であった……街に暮らしていただろう一般人だったはずの誰かも、一緒に流れ出ていって。

 

 「ギャギャギィッ!?」

 緑の水をひっかぶったゴブリンが、焼けただれて呻くなか、水槽の中にぽつんと取り残されたネズミの勇者を、ゴブリン達が取り囲むようにした

 「あきゃぁっ!?」

 そして飛んでくる投石。聖剣が護ってくれるバリアは、対緑の水用。群青の名の通りに液体には強いものを勝手に張ってくれてはいたが、あくまでもどれだけ凄くても道具。単体では万能でも無敵でもない。

 

 「あ、あぅっ……」

 必死にバリアを張ろうとしても、聖剣の力を上手く使えない。そのうち教えると師は言っていたが、まだ習っていないし……ちょっと前だってやって貰った。

 

 「やだ!やです!」

 フェロニアの脳裏に、知ってっか?と恐怖で夜寝られないようにしてやろうという悪戯で猫耳の幼馴染から教えられた知識が蘇る。

 

 曰く、魔物の多くは霊気に満ちたこの世界の生物の在り方を瘴気が歪めて産み出した化け物。その中でも特に幅広く産まれ、強さもまちまちなゴブリンとは、人類を模した魔物である、と。

 だから、人類の醜悪な点を煮詰めたような存在で……魔物で唯一、人を襲い、穢すのだ、と。

 

 「やだ!ニアおいしくないです!

 やです!」

 ゴブリンの群れが迫るなか、師から習った呼吸も何もかも忘れて、ぶんぶんと少女は剣を振り回す。

 けれど、少女の手で数十のゴブリンなんて倒せる筈もない。

 

 轟音、そして衝撃。

 バリアが砕け、醜悪な小鬼の顔が群青のフィルターを通さず少女の前に突き付けられた、その瞬間。

 

 「……遅くなりすぎたね、ニア」

 パキン、と世界にヒビが入る。

 数日前に見せてくれたダンジョンコアに良く似た珠を手に、ゴブリンとフェロニアの間の空間を遮るように、オレンジの髪の青年が立っていた。

 

 「ししょー!」

 自身の方を見て、ゴブリンには目もくれず大丈夫だった?と優しくわらいかけてくる師に、焦って勇者は後ろを指差すが

 「……大丈夫だよニア。もう全部終わってるから」

 青年はそれに見向きもしない。

 

 「ししょー!ゴブリンさんが沢山……」

 「ダンジョンの魔物はね。ダンジョンという大きな世界の魔物の内臓みたいなもの

 外にだって出られる個体が居たりするし、倒せば普通の魔物のようにドロップもあるけれど……

 ダンジョンそのものを何とかしてやれば、全部連鎖して消滅する」

 

 パリン、と世界が割れた。

 少女がそう思った瞬間、変な研究施設も、割れた水槽も、そしてゴブリン達も。何もかもが砕けて消えて。

 後には、寂れた部屋の一室だけが残った。

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