タウンダンジョン
そして数日後。
少しずつ食料は減ってきて、そして……
「うぅ……」
しょんぼりと尻尾を垂らして、ネズミの弟子がとぼとぼと歩く。
「見ちゃやですからね、ししょー」
少女に元気がない理由は簡単だ。しっかりと洗えている着替えが尽きた。
今少女が着ているものは、小川で自分で洗った前の服。しかし、こんな旅路の中での洗い物などどれくらいの役に立つだろう。少しだが、汗の臭いが残っている気がする。
それが、年頃の女の子にとっては嫌なことなのだろう。と、ファリスは推察する。
数日同じ修行着だったこともある剣聖だ。可愛い感覚の弟子とは異なり、その辺りは頓着がない。
だがしかし。今の優先度は勇者にある。ファリスは、近くにあるだろうそこそこ大きな街へ向けて歩みを進めていた。
「大丈夫だよ、ニア。
街はすぐだから。そこで新しい服を買おう」
そう、弟子の頭を帽子の上からぽんぽんと軽く叩き、剣聖は鼓舞する。
金の心配はない。暫くすればアルフェリカ王国を出る気ではいるが、ファリス達が王国にいる限り、王家直筆の全請求は王家に行くという証書を貰ってある。
それに、他国では貨幣経済がかなり廃れてはいるものの、冒険者ギルドは残っている。ギルドを通してならば、かなり自由は利く。
だから……と思うファリスの眼が、揺らめく黒い煙を捉えた。
それは、何かを焼く煤混じりの煙にしては、どす黒くて。
「ニア」
「……あっ!」
言われて、下を見ながら教えられた呼吸を繰り返していた弟子は、師より頭二つ小さな背丈で漸く空を見上げる。
「ニア。一人になったら危険だから、そのうち周囲は良く見る癖をつけよう。
ゆっくりで大丈夫だから」
「はい、頑張り……ってそれより、急ぎましょうししょー!」
「そうだね、行こうニア」
そうはいっても、まだ幼い13歳の少女の足。
とてとてと本人は必死に小走りのようで、その実ファリスからすればフェロニアの歩みはゆっくりとしたもので。
急いでも正直な話遅い。それが分かっているから弟子に任せて、少し早くなったペースで歩き続ける。
そうして辿り着いたのは、閉ざされた街の門。煙は、街の中から上がっていた。
「あのー、ごめんなさい」
警戒無く、門の近くに陣取る人員に、少女勇者が声をかける。
その瞬間
「け、剣聖様!」
ファリスに向けて、その武装した兵士は飛び付いてきた。
「……何日前?」
「三日前です」
「……まだ3日、か……」
「ししょー?」
話についていけない弟子が、話が分かってるだろう師を見上げる。
「ああ、ごめんニア。ニアにはちょっと難しいか」
言って、師は門を見上げた。
「ニア。ダンジョンコアの話は覚えてるよね?」
「えっと、ちゃんと壊さないと危険です?って」
「そう。そして……この街は、そのコアの処理に失敗した成れの果て
いや、どうなんだろうね。実際は……」
少しだけ、剣聖と呼ばれた青年は可能性を思い浮かべる。
ひとつは単純にダンジョンコアの処理に失敗した事故。これが……平和と言えば語弊があるが、一番マシな事例
もうひとつは……意図的なテロ。何者か、主に終末論者がこれが終末だ!とばかりにコアを意図的に砕いた場合。
「分かりません」
兵士は、口惜しげにそう呟いた。
「……そっか
ギルドに連絡は?」
「残念ながら、魔方陣が破壊されてしまい即時転移が途絶えてしまったのです。
救援として冒険者を見繕うとは返されましたが……実力こそ確かなものの、期待はせぬようにと」
その言葉は、フェロニアにも誰か分かった。
「あねでしさんですかね?」
「うん。ネージュだね。
姿が見えないことを見るに、そんなに急ぐことかな?って思ってるね多分。2~3ヶ月でまあやろっかなって来るとは思うけど……」
まだ原型のある外壁を見て、ファリスは首を降った。
「流石に遅すぎる。中の住民は全滅してるね」
「はい!ですので、剣聖様」
「……そういえば、弔いの鐘は?」
「とむらいのかね?」
聞きなれない言葉に、解説を求めてネズミの少女は師を見上げる。
「ああ、弔いの鐘っていうのはとあるAランクのパーティの事。
こういったタウンダンジョンを積極的に攻略している、ダンジョンのエキスパートな3人からなる冒険者集団で、私もディランと二人で暫く参加させて貰った事があるよ」
あれは終末論者が泊まっていたとある都市をダンジョンにしてディランを捕らえようとして来た時の事だったね、とファリスは懐かしむように呟いて
「彼等は来ないのか?」
「……魔王は倒れ、コアは無くなった。そう伝えられているのですが、魔王城は尚も其所に在る。
コア無しで存続するダンジョン、その真相を探るべく、彼女等は魔王城に向かった後で……」
だからと、期待を込めた目で兵士はフェロニアの師を見る。
「此処に剣聖様が訪れたのは、正に僥倖。どうか、このタウンダンジョンを何とかして……まだ生きてる皆を、お助け下さい!」
「やりましょう、ししょー!」
話を聞いていた弟子が、俄然やる気が出ました!とばかりに尻尾を振って叫んだ。
「……ニア。
お留守番出来る?」
「ニアも行きます!」
「……分かった。でも、ちょっとだけ色々調べてからね。
本気で危険な法則性なら、君を行かせるわけにはいかないから」




