旧き因縁
「……ニア、良いよ、打ち込んできて」
訓練用の剣を手に、優しく呟く青年師匠に向けて
「はいっ!」
と元気良く返して。まだまだ重くて振り回されがちな聖剣を手に、フェロニアは大上段に構えて斬りかかった。
此処は王都グランフェリカの一角。小さな道場跡地である。100年前までは門下生で賑わっていたのだろうその剣術道場も、魔王の脅威による全体的な門下生の減少(わざわざ危険度の増した外を通って入門しに来る人類の減少)、そして師範の戦死により廃れ、今では冒険者ギルドが訓練の一環として貸し出しをおこなっている形
しかし、訓練用だけあって整備は行き届いており、訓練する際には埃もなく、道具も一通り揃っていて中々に良い。そんな場所を借りた剣聖によって、フェロニアは流石に聖剣に振り回されるのではなく、聖剣を使えるようにという最低限の護身を学んでいた。
「えいっ!」
振り下ろす剣は難なく捌かれ、床に叩き付けられる。
「お、おもいです……」
言いつつ、フェロニアは聖剣を何とかもう一度持ち上げて。
「今度は……」
と、横凪ぎに振ってみる。
が、そんなブレブレの剣が効く筈もなく。
「はあっ、はあっ……」
暫く打ち合った後、肩で息をしながら聖剣を床に落とし、耳も尻尾もだらりとした状態で、ネズミ勇者は床にへたりこんだ。
「つ、つかれました、ししょー……
ニア、もうダメです……」
言いつつ、床の冷たさに体を預けかけて……
「お疲れ。まだまだ入門としては上出来だよ」
横に正座して耳に軽く触れる師。
その感覚に何処か安心を覚えて、スミンテウス種の少女は少し顔を上げると、その耳を、頭を師の膝に載せた。
柔らかな女の子とは全く違う、硬い太股の感触。それが自分を護ってくれるもののように思えて、ネズミ勇者は力を抜いた。
「ししょー、どうですか、ニア?」
何時も師は優しい。そんな彼のちょっと険しくてでも優しい顔を見たくて、ネズミ少女は頭の向きを入れ換えて天井を見上げ、青年の顔を見上げながら言った。
「分かりやすい課題があるね」
「……だめだめですか?」
何でも彼は誉めてくれる。だからニアはそう聞いた。
それに対しても、青年は首を横に振る。
「違うよ、ニア。分かりやすい課題があるってことは、分かりやすい伸び代があるって事。
それだけで、君は今より剣を振れるようになる。もっと、自分を護れるようになる」
「でも、ししょーがいます」
その言葉に、優しく耳の裏を撫でて、青年は諭す。
「ニア。私は君の為に残りの人生を使う気ではあるけどね。
それでも、ずっと私が居る訳じゃないよ。そして、勇者は……基本、見捨てられるようなものじゃない。一生ずっと、聖剣は君のものだ。
ならば、君は勇者なんだ。これから……恐らく180年、君は群青の勇者であり続ける。」
優しく諭す声は、それでも。フェロニアには全くもって受け入れにくい言葉で。
前に聞いた時よりも、重くその言葉がのし掛かってくる。
最初は残り10年の寿命というのも短くてかわいそですって程度の思いであった筈なのに。どんどんそれが嫌なことに思えてきて。
たった数日なのに。ニアはもう、最初にその事実を軽く流していた頃の自分の気持ちが思い出せなくなってきていた。
「やです」
「……ニア、大丈夫。私が君を護るよ。私が生きてる限り、ね。
でも、私が居なくなった後、君は自分で自分の身を護らないといけない。勇者っていうのは、聖剣が使える。
それだけで、変な利用価値なら幾らでもあるからね」
そうじゃない反応を、師匠は返してきて。
フェロニアの心は、更にざわつく。
「なんで、10年で死んじゃうんですかししょー」
「大丈夫。君は10年あれば、立派な勇者になれるよ。君がそのうち見付ける、立派な勇者の形にね」
「そうじゃ、無いです……」
言いたい言葉が、上手く形にならない。
そして、疲れた体に優しく撫でる手が心地良い。
何時しか、言葉に悩んだフェロニアは師の膝の上で小さな寝息を立て始めていた。
「……お休み、ニア」
そんな弟子の頭を、フェザータッチで起こさないように撫で。
ファリスは、闘気を解き放つ。
エルフの御技、御霊剣術。即ちそれは、伝説に残るカミにならんとした剣術。
例えば、タケミカヅチと呼ばれる大いなるカミを模した王我剣とその神髄たる轟威火槌、アメノウズメなるカミを模した朧雅剣と、最終奥義天沼埋薙。
自然に、世界に寄り添う彼等を目指したエルフの纏う闘気は、眠る弟子を起こさぬような優しさを持ち。
そして、激しく渦巻く力である。
「……出てきな」
弟子を起こさぬよう正座を崩さず、剣聖と呼ばれた青年は周囲を威圧する。
「剣聖殿、此処は貸し切りではありませんのでそのように……」
と、出てくるのは冒険者らしき一団。男性2人、女性3人のグループ。
「あまり威圧されると、此方としてもやりにくいのですが……」
「……私のこれが、威圧に見えるのかな?」
「ええ。まさにおどろおどろしい圧力」
ファリスの静かな言葉に、そうそうと頷く彼等一団。
「それより、貴方の膝のソレが新しい勇者様ですか。ずいぶんと頼り無さげですね」
「……今はまだ、ね」
「ですが可愛らしい。そんな愛弟子を秘匿して周囲を威圧などせず、少しは見せてくださっても……」
と、慇懃な態度で、冒険者の一団が近づき……
「長が消えて、因縁は終わったと思いたかったんだけどね
……これも因果か」
ファリスの体内から、更なるオーラが噴き上がる。
「……久し振りだ、糞尿愛論団」
ファリスの吐き捨てた言葉に、近付いてきていた青年の額に青筋がビキリと浮き上がった
「終末神論団、です。
全く旧い勇者一行は……憎たらし勇者ディランも貴方もこぞって我等を愚弄する」
その言葉に、愛弟子には決して見せないほの冥い笑顔で、ファリスは返した。
「正体を隠す策すら練れない奴等ならば、魔王と共に終幕しておいてくれないか?」
「……我等が大司教が居らずとも!」
「……私も、君達も。魔王の支配していた頃のもう終わる旧い物語の遺物。
これからの、ニアが、新たな勇者が暮らす『ディランが護った昨日より良い未来』の時代には必要ないんだよ」
静かな怒りと共に、ファリスは告げる。
「やれ!所詮相手は決戦から逃げた死に損ない一匹!勇者を確保しろ!」




