剣聖指導
「てててっ、てててっててーてっててー」
あんまり捗らなかった図書館の帰り、変な歌を口ずさむ弟子と共に、ファリスは外を歩いていた。
時は夕暮れ時、人々が行き交い、いくつかの屋台も出る。ここは王都グランフェリカ。かつて魔王が現れる前の生活をかなり残す都である。
「ニア、今日もまた、ベッドかな」
「ししょーは外で夜営とか、やったことあるんですよね?」
と、どうしても身長差から大きく見上げてくる形になる弟子に、ファリスはそうだねと頷く。
「けれどもね、夜営は必要な時に何人かでするんだ。
外は瘴気が発生する。瘴気がダンジョンだって作ることがある。魔物なんて何時突然現れても不思議じゃない。そんな場所、全く安全じゃないよ。可能なら泊まらない方が良い」
といっても、安全圏は楽園の鐘の周囲だけ。鐘は作れるものではなく、神話の時代から其所にあったものを使っているに過ぎない。
ファリスの言う言葉はあくまでも理想論。実際は、距離的に一夜は外で夜営しなければ隣の村にすら辿り着けないような村だってあるのだが。
アルフェリカ王国ですら、それがある。幾ら鐘の音が瘴気と魔物から護ってくれようが、それで飢餓といった瘴気無関係の災厄は防げない。その関係で、魔物の蔓延で周囲の村と交流を絶たれた村が壊滅した例は国外ではそう珍しくもない。
「でも、物語ではいろいろとあって楽しそうです」
「……いや、そうだね」
まだまだ昔の感覚が抜けてないね、とファリスは弟子に向けて笑いかけた。
「君の言う通りだね、ニア。私は魔王が健在だった頃の外しか知らないから、外なんて可能なら泊まるものじゃないって感覚だけど。
昔はそうじゃなかった。確かにやっぱり魔物は出るし、危険もあるし、冒険者無しで行くのは自殺行為だけど。
村にはない大きな自然の中で、揺ったりと過ごせる時間でもあった……って聞くね。これからは、そういった時間に戻っていくんだから、私も気持ちを切り替えないと」
と、ファリスは手を打つ
「よし。今度二人で夜営しようか、ニア。
昔を語る寝物語みたいに、焚き火で肉を焼いて、スープを沸かして」
「やりたいです」
「うん。でも、今日は……もう遅い。決行は今日じゃないね」
そんな取り留めもない話をしながら、きょろきょろと活気のある通りを見回す弟子の手を引いて、二人は今日の宿であるギルドへと向かって……
「剣聖!」
と、ギルドの扉が開かれた。
顔を出すのは、一人の受付嬢。一ヶ月ほど前に、あの人追放されたんだってーしていた彼女だ。
血相を変えた彼女が、ファリスの服の襟を掴む。
「……どうしたのかな?」
「緊急なの!」
優しく開いていたファリスの眼が細くなる。
「それは、私が必要な話?」
「貴方が一番早い」
「分かった、用件は?」
「王都周辺に、飛竜が出たとの報告が」
「方向と数は?」
「数は不明、方向は……」
受付嬢に示されたのは、ファリスがあの日駆け抜けた門の方角。
「お願いよ、剣聖。あの方向には、採取の依頼で出向いている冒険者達が居るの
彼等、飛竜に出会ったらひとたまりもないわ」
「……ひとつだけ、頼み事を良いかな?」
「何!?」
焦った顔の受付嬢に、ファリスは真剣な顔で言った。
「門番に開門の要求をしておいて。壊したくないから」
「……ええ!」
その言葉を聞いて駆けていく受付嬢。
それを見送って、剣聖はふぅ、と軽く息を吐いた。
「ニア、着いてくる?」
「だいじょぶですか?」
「うん。飛竜なら特に問題はないよ。すぐ終わるから、君に危険もない。」
じゃあ、と頷きかけて、弟子勇者は焦り出す。
「というか、ししょー?何で歩かないんですか?」
「……歩かなくて良いからかな。
行くなら、ほら、掴まって」
大人しくその手を掴みつつも、師匠はどうして動かないんだろうと、小さな勇者は疑問を深め。
「ニア、私の魔法の原理は話したよね?」
「自分のカミ、魂とのたいわ?」
「そう、これが……命の全力。対話の先に発動できる……所謂火事場の馬鹿力、リミッターを外しきった状態」
背に背負われる形になった勇者ごと、ファリスの全身を青く立ち上る覇気が包み込む。
「話すと舌噛むから、黙っててね」
「ふぁいっ!?」
爆発。
そうとしか思えない急加速で周囲の空気が流れていく。あっ、という間もなく、開いた門を駆け抜けて。
息を整えようとして、フェロニアが気がついた時には、師の姿は既に街の遥か外。
飛んでいる飛竜に剣士がどう立ち向かうのか気になっていたフェロニアの気持ちすら置き去りにする豪速が駆け抜けて。
あれが飛竜だとネズミ勇者が視認したその時には、空を舞う竜は既にその首を両断されていた。
「……ししょー!?」
「確認終了!全部で4頭!」
完全に彼一人しか着いていけない剣聖の時間。
勇者たる少女の認識が追い付いた時、最後の飛竜が、その翼を両断され苦悶の悲鳴と共に墜落した
「……ニア、大丈夫?」
「だ、だいじょぶです……」
しがみつくだけで精一杯。荒い息を吐きつつ、少女は頷く。
既に4頭の飛竜は、その体を地面に叩きつけられていた。
「とまあ、これが剣聖の力。君もその気になればそのうち似たことは出来るよ。
やりたい?」
「……難しいです」
弟子の言葉に、師は静かにそっか、と笑った




