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立派な勇者

「ししょー、これからどうします?」

 と、少女勇者は手にしたグラスのジュースを飲みきって、難しい顔で周囲を見渡している師に問いかけた。


 「ニア、この先なんだけど……冒険者の常識なんかは私が教えようと思う。勿論、聖剣の使い方なんかも。

 でもね、私が出来るのはそういったことだけ」

 「じゅうぶんですよ?」

 「十分じゃないよ、ニア。

 君は、勇者って何だと思う?」

 優しく、かつて勇者と共に戦った青年は、少女勇者を諭した


 「群青の聖剣に選ばれたひと?」

 「そう。勇者という言葉そのものには、そういった意味しかないんだ。

 それこそね、万が一だけど……人を殺したい、そのための力が欲しい、そんな人類でも、逆にただ食っちゃ寝したいだけで何にもする気がなくても、聖剣に選ばれればそれは勇者なんだ」

 「……はい」

 聖剣を手にした少女は、静かにその言葉を受け入れる。  

 「だからね、君は勇者だ。でもそれは、ニアが聖剣の持ち主って事しか意味してないんだ。

 じゃあ君は、勇者として何がしたい?何をしたくて、どういう存在が『立派な勇者』だって思って、弟子にしてくださいと言ったんだい?」


 その言葉に、ネズミ少女はちょっと迷う。

 強烈な光景で高揚した心、苛めてくる幼馴染からの逃走。そして……憧れ。フェロニアが弟子になりたかったのは、そういったふわふわした理由からだ。

 決して、世界を救いたかったとか、そこまで壮大な目標があった訳ではない。


 迷った果てに、耳を伏せて、少女はなってもらったばかりの己の師に、『立派な勇者』と共に戦った青年にそのことを告げる。


 けれども、それを聞いて、青年は大丈夫、と微笑んだ。

 「それで良いんだよ、ニア。

 君に必要なのは、自分の身を護れるだけの力。自分が勇者なんだと自覚して、変に利用されないだけの心。とりあえずはその二つ。

 暫くは私が居るから良いんだけどね。


 そして、ね。立派な勇者っていうのは、形は一つじゃない。

 ディランは間違いなく立派な勇者だよ。魔物に立ち向かい、魔王を滅ぼし、瘴気を打ち払う勇敢な勇者だった」

 と、青年はそこで遠い目をする


 「でもね。ニア。ディランは世界を救う勇者だったけど、君は世界を救う勇者でなくても良い。勿論、魔物を倒し瘴気を払う、冒険者みたいな勇者になっても良いんだけど、そうでなくても良い」

 と、ファリスは酒場に併設されたステージの方を見る。

 昔は、そこで多くの出し物が出されていたのだという。今は芸を披露するなんて余裕が無くて、酒置き場になっているが……   

 

 「例えばね、私も見たことはないけれど、昔はああいった場所で歌って踊って人々を元気付け楽しませるような仕事をしている人々も居たっていう。

 君が、魔王のせいで娯楽の大半を、楽しみを失った人々に、彼女等のように歌って元気を届けるっていうならば、それだって『立派な勇者』の形だって私は思うよ。

 何たって、『立派な勇者』なんて、君の思い描くなりたい君なんだから」


 そういって、ファリスは優しく弟子の伏せた耳を立ててやる。

 「私が君に教えるのは、勇者として悪い人に利用されない心得と、最低限身を護れる力と、君が望んだなりたい方向への手助け。

 私には、やりたい道があった。両親を殺した魔物が、魔王が、憎かった。

 だからね、剣の道を志した。でも君はそうじゃない。

 良いんだよ、まだ分からなくて。」

 「いいんですか?」

 「良いんだよ。何になりたいか分からなくて、何にでもなれて。それが君みたいな子供だから。

 ディランも、ルネ殿下も、私だってさ。魔王に抑圧されていた子供達が、その脅威から解き放たれて何にでもなれる、そんな未来の為に戦ったんだ。

 寧ろ、存分にどんな大人になるべきか悩んで良いんだ。家業を継いで閉塞した街で暮らすか、それとも冒険者になるか。酒くらいしか娯楽の無い世界で縮こまって生きる時代は、もう終わったんだから。勇者ディランが、終わらせたんだから」

 「ししょーのいった、歌うひとになるのでも、いいの?」

 「やってみたい?私は残念ながら歌も踊りも分からないから、そこは自分で考える事になるけど」

 望むなら感想くらいなら言えるけどね、とファリスは苦笑する。

 本当になりたいと言われたら、あまり手助けは出来ない。それでも、ファリスは少女がやりたいならそれで良いと告げる。


 「んー、ちょっとだけ、です」

 「そっか。じゃあ、他の道も考えてみようか」

 と、ファリスは席を立つ。

 「ししょー?」

 追って、ネズミ勇者も椅子からぴょんと降りた。


 「……じゃあ、ニア。良い場所に行こう」

 「いいばしょ?」

 「お城の図書館。沢山本がある場所」

 「読めるんですかししょー?」

 「いや、管理してる人は居るからさ。頼めば良さげな本を持ってきて……読んでくれると思う」

 私は字が読めないしと、ファリスは笑ってそう言った。

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