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剣聖の授業:魔法理論編

「さて、と」

 ファリスは息を吐いて、目の前で木箱に乗せられた椅子に座り此方を眺めてくる少女に笑いかけた。

 王との謁見自体には勇者は必要ないと言われ、弟子勇者を待たせていたのだ。

 此処は王都の酒場。冒険者ギルドに付随したもので、それなりの賑わいをみせている。

 

 「ししょー、国王さまのお話ってなんだったんですか?」

 「聞いても面白くない話だよ」

 と、ファリスはごまかした。

 「こんなところですまないけど、ちょっと授業を始めようか」

 「はいっ!」

 気に入ったのかそのまま貰ってきた動きやすい白ドレスの袖から取り出した布でで汚れてもいない手を拭って、ネズミ勇者は頷く。

 

 「ニア、魔法はこの世界に3つある。それは知ってるよね?」

 「えっと、ししょーが使うのは第三まほーで、勇者が使うのが第一ってききました」

 「うん。普通の人が使うのが第二魔法、《精霊術法(エレメント)》だね。君の幼馴染が使ってるのとか、後は……」

 と、ファリスは霊気珠が填められた天井の空調を指差した。

 「こういった魔道具もそう。全部大体第二魔法だよ」

 「そうなんですか?」

 「うん。基本的に使われている全魔法の99%までは第二魔法と思って良いよ。

 じゃあ、ニア。第二魔法ってどんな魔法かな?」

 ころん、と。ファリス自身は苦手な第二魔法を使いやすくするための小さな霊気珠を転がして少女に渡しながら、ファリスは優しく問いかけた。

 

 「えっと、精霊さんの手を借りる……って。

 ニア、リガルくんみたいにまほー使いになりたいっておもってなくて、おんまり知らないです」

 その言葉に分かったと頷いて、剣聖の師はテーブルに店員を呼びつけた

 

 「ジュースを大ボトルで一つ。ボトル自体を再利用出来なくても良いものを。

 あとは……すまないけれど、グラスは2つじゃなく4つくらい、一個大きめで頼んで良いかな?」

 「酒じゃなくて?」

 「私は飲めないからね。無駄にはしたくない」

 一枚チップを置いて注文を終え、師は弟子に向けて話を再開した

 

 「そう。精霊の力を借りる。正確には、周囲のもの全てに宿るという"カミ"から力を借りるって言われてるね」

 「神様?」

 「天の神様ほどの力はないよ。ちっぽけで、全てに居る」

 「ニアにも?」

 「当然。全てに宿っているよ。火にも、風にも、水にも、植物にも、私達にも、空の星にも、魔物以外のありとあらゆる全てに」

 例えばこいつにもね、と、ファリスは酒場の看板猫を指差した。

 「ひっ!ねこ!」

 「大丈夫、ずっと寝てるからさこいつ」

 びくんと身を縮こまらせるネズミ少女に、指すもの間違えたなと自省してファリスは言葉を続ける。

 ちょうどジュースが来たので、大きめのグラスを勇者の前に置き、残り3つの小さなグラスに並々とジュースを注いだ。

 

 「あれ?」

 「さて、魔法理論の説明の続きだね。

 それぞれの魔法の違いを、このおっきなグラスにジュースを満たす方法で現してあげよう」

 分かりにくかったらごめん、と言って、空の大グラスをファリスは指先で揺らした。

 

 「さて。第二魔法の話なんだけど、この小さなグラスはそれぞれがカミ、周囲のものとするよ」

 ファリスは卓上にグラスを散らす。

 「第二魔法を使う時は、周囲のカミに呼び掛けるんだ。

 辺りのカミの皆!皆の元気を、力を少し分けてくれって。そうすれば……」

 と、剣聖は小さなグラスを持ち上げ、ちょっとずつ大きなグラスにジュースを注いだ。

 「今回は借り物だし多すぎても困るから3つだけど、本当はもっと。10、20、30……それ以上のカミからちょっとずつ力を借りて……」

 と、ローテーションで注ぎ続けた大きなグラスが一杯になった。

 

 「はい、これが第二魔法の原理。

 あ、飲んで良いよそのジュース。あとでそのグラス使うから」

 言って、ファリスはちびちびと紫色のミックスジュースを飲み始めた少女を見守る。

 少し落ち着いたところで、話の続き。

 「じゃあ、この魔法の利点と欠点は分かる?」

 「利点は、自分の力を使わないこと。欠点はカミが聞いてくれないと使えないこと?」

 「……いや、違うよ。

 誰にだって相性の良いカミは居る。火のカミと相性が良かったり、逆に火のカミには嫌われてたり色々だけど、カミの力を借りれない人は居ないよ。

 私だって、苦手とはいえ使えるからね。

 けれど、カミが居るかどうかは別問題。例えば、海の中で火の力を持ったカミに手を貸してくれって言ったって、力を貸せる範囲に居るわけないだろう?」

 「あ、そうですね」

 「だから、カミの代わりにああして霊気珠って力を借りれる塊を使ったりもして対応するんだけど、やっぱりその場合は消耗が激しい。

 あとは、火のカミと相性が悪ければ火の魔法は使えないって感じで、相性で使える使えないもハッキリするね」

 「へぇー」

 と、少女は頷く。

 

 「誰でも使えて、消費も少ない。けれども才能で使える魔法が決まり、場所によって使える使えないがあるのが第二魔法、《精霊術法》だよ

 じゃあ、第一魔法、《神聖魔法(ミスティック)》は?ってなると……」

 ファリスは、ボトルそのものを持つ。

 「『どうかジュースを下さい』、そう神様、ああ神話に出てくる天の神様の方ね。

 そう祈ると……神様の奇跡で、ほら」

 と、ファリスはボトルからジュースをグラスへと注いだ。

 「これが第一魔法の原理。神の奇跡だよ」

 「奇跡……」

 「ああ、欠点はあるよ、勿論。何でもかんでも神様がやるなら、もう魔王とかも神様が倒せば良い。それが出来ないっぽいし、幾つか出来ること出来ないことはある。

 もうあと二つ、弱点があるけど分かる?」

 「分からないです」

 

 即座の弟子の返答に笑って、ファリスは話を続けた。

 「まず一つ。神様への祈りはちゃんとしないと届かない。第二魔法は詠唱破棄とか色々出来たりするけど、この魔法はしっかりと神に祈らないといけないから、咄嗟の使用には向かないね。

 もう一個は、もっと単純。神様から目をかけられてないとそもそも祈りが届かない」

 まあ、その辺りはおいおい、君も使っていったら分かるよと言って、ファリスは自分も小さなグラスからジュースを飲む。

 

 「じゃあ、第三魔法。一部エルフや私が使う魔法だね」

 「はい、どういう魔法なんですか?」

 と、キラキラした眼で弟子は師を見上げた

 「理屈としては、第二魔法の亜種かな。

 ニア、君にもカミはいるって言ったよね?魂というカミが」

 「いるんですよね?」

 「居るよ。じゃあ、話は簡単だよ。カミに呼び掛けて、影響の出ない範囲でちょっとずつ力を集めて、それが第二魔法。

 でもね」

 と、ファリスは自分が口を付けてないグラスを手にとって、直接中身を大きなグラスに注いだ。


 「周囲から特に影響が出ない範囲で力を借りるからこそ使える使えないがあるなら、影響出るくらい自分から搾り取ってでも使えば良い。それが第三魔法、《闘魂気法(オーラ)》の原理」

 「つまり、自分の中のカミだけを酷使する第二まほーってことですか?」

 「正解。第二魔法の利点である自分は疲れないって点が無くなっちゃう代わりに、周囲に影響されずに高い出力が出せる」

 「……グラスからジュースなくなっちゃいましたけど、その場合どうなるんですか?」

 「体力尽きてぶっ倒れるよ。まあ、それはまだ治るんだけど……」

 と、ファリスは闘気を込めて壊して良いものをと言っていたボトルの口を少しねじ曲げて広げる。

 

 「まあ、使ってると自分の命が段々傷ついてはいくね。具体的に言えば寿命が減っていく。

 そして……」

 中身があまり無いボトルに手を当てて、ファリスはそのボトルを半ばから両断した。

 「これが最終奥義。自分のカミを、命を破壊して爆発的な力を起こす。

 ま、そこは君には関係ないよ。命を懸けるのは、私の役目のはずだからね」

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