人生の半分(ネージュ)
「……ネージュ、さん?」
耳をしっかり出したドレスで、ぽつりと勇者が呟く。
「昨日ぶりだねー、元気?」
銀髪エルフの気さくな挨拶も、この場の空気にはそぐわなくて。
「きのう?」
だが、子鼠の疑問によって、空気は一気に氷解した。
「ああ、ちょっと分かりにくいかな。彼女はエルフの言葉をそれっぽく人類語に訳しているけど、ちょっとズレてることがあってね。
昨日、は10年もたっていないついさっき、くらいの意味だよ」
「わ、わかりにくいですねししょー……」
と、染々と呟くネズミ勇者。
精々人生200年、短命種であるスミンテウス種にとっての時間感覚は、人間ともそこまで大きくは変わらない。
「大丈夫、ネージュは分かりやすい方だよ。ちょっと出力がおかしいことがあるだけ」
「そうだよー、ボクは弟くんと仲良しだからね」
と、明るくエルフの少女は言った
「お、おとーと?」
「知ってると思うけど、ネージュと私は姉弟弟子でね。
見たこともない人間が扉を叩くなんて面白いからボクが面倒見る!って師範に彼女が言ってくれたお陰で、私は珍しくエルフの御技を教えてもらえたという訳」
言いつつ、ファリスは其所に居るとは思えなかった少女を見る。
全体的に無感動で人形みたいと呼ばれるエルフにしては珍しく表情豊かな少女は、にこにことした顔でファリスを見返した。
「何故、此処に?」
「ボク?ボクは言った通り君の人生の半分だし、そろそろまた会おっかなーって。
魔王も居なくなったしね」
「……人生のはんぶん」
勇者にとってそれは、プロポーズの言葉にしか聞こえなかった。
「ししょー、結婚なされてたんですか?」
「いや、全く?」
見上げてくる弟子に、ファリスは何というべきか困ったような表情を返した。
「君に、私が巨龍を撃退した話は伝わっているかな?」
「えっと、ちょっとした噂だけ」
「あの噂はほぼ本当でね。私は、エルフの御技の中でも切り札になる一撃を放ち、かの龍を……逃がしたんだ」
本当は倒す気だったんだけどね、と、少し唇を噛んで剣聖と呼ばれた青年は言った。
「届いたと思った。けれども、龍は想像を越えた化け物でね。私の剣は、喉元を切り裂き、心臓を闘雷が穿ち……逆鱗を貫き、血を流させた。
その筈なんだけど、龍は倒れなかった。ただ、まあ……久し振りの傷に驚いたのか、飛び去っていったんだ。
逆に、飛び去れる程の力が残っていたって証明でもあるけどね」
「そう、ですか?」
「それでね、大体どれくらいの力を使ってかなーってボク思って聞いたら、25年だって」
と、ファリスの言葉を継いでその場に居たエルフが語る。
「その時ボク驚いちゃってさ。ボクが同じもの撃てたとして多分100年くらい使うなーって時にたった25年だよ?」
若かったねー、と。過ぎたこと過ぎたことと気軽に、エルフは己の失態を口にした。
勇者のネズ耳が驚愕にピン!と立った。
「え?25年って、当時のししょーの寿命の残り半分くらいですよね?」
「いやー、ボクその事知らなくて。
人間って寿命凄く短いって聞くけど1000年くらい?って認識だったんだよね。じゃあ25年って凄いじゃんもう一回撃ってよその効率のよさボク学んでみたいからって」
「あ、あはは……」
あまりにあまりな言葉に、ニアは乾いた笑いだけを返した。
「最初は25年なんてその気になればちょっと寝てれば経ってるくらいの時間が一生の残り半分ってそんな訳無いじゃん幾らボクが世間知らずだからってさー、って思ったんだよ?
でも、本当だった。その時ボク思ったんだよね」
「なんて?」
「そんななら、ボク達が戦えば良かったなーって」
「……ん?」
聞きなれない言葉に、ファリスは首を傾げた。
「いや、刹那に燃える光、最終奥義の理念は知っていてもそれが良く分からないと聞いていたんだが」
「うん、でもボク達エルフだし、最終奥義無くても勝てたと思うよ?」
あっけらかんと言うエルフの姉弟子に、なら戦ってくれ……とファリスは項垂れた。
「ししょー、元気だしてください」
「……いや、大丈夫。
どっちにしろディランは私を最後の戦いに連れていく気は無かったろう」
あの一撃さえなければという後悔はファリスには無い。
最後の最後、ファリスだけを追放して生かすという手を選び、自爆した勇者は……切り札が25年程度の寿命を削るものだと知っていれば、撃っても死ぬのではなくあと10年前後生きられるとかそういった事情に関わらずファリスを追い出したろう。
あそこでファリスが追われないためには、誰一人命を掛けずに勝てる手段が必要で。その手だては無かった。
「いや、そもそも25年はだいじょぶじゃないですししょー!」
「……とはいえ、流石に……」
「だから。ボクがやれば良かったのに、ボクが軽い気持ちで見てたからボク達の為に弟くんが人生の半分を使ったなら。
じゃあ、その人生の半分、ボクがあげれば良いじゃんってなったんだ」
「……だから、魔王達とも戦ってもらった」
と、ファリスは追加する。
「しょーじき、ボク達エルフって放っておいてもあと2000年もしないうちに魔王は居なくなるよ?今すぐ頑張らなくても良いんじゃない?って思ってたんだけど」
「2000年待ってたら私が10回産まれて死ねますよ!?」
「因みに人間なら25回は産まれて死ねるね」
エルフの感覚って怖い、と勇者は内心感じて、そんな感覚に付き合わされてきたのだろう師を見上げる。
話さなきゃ分からないと諦めた顔をしていた。
「そうやって、撃てるなら見てみたいなーしてた結果が、人生の半分だからね。
ボクも責任とか感じるわけですよ」
「え、じゃあ……魔王とも戦えば良かったんじゃ?」
「あ、それ駄目。魔王城に入れるのは、聖剣の勇者とその加護を受けた4人だけ。そしてエルフって聖剣の加護受けられないんだよねー。意味ないから」
言うだけ言うと、少女エルフはひょいっと軽い足取りで勇者の前に移動し、じっとネズミ耳合わせればそう変わらない身長の少女を見詰めた。
「あ、あの……なんですか?」
「うん。ボクの用事終わりっ!」
「用事?」
「そう。弟弟子が弟子取ったってことは、ボクも半ば師匠でしょ?」
「いや違うと思う」
「ま、それは置いといて、ひとつ言っておきたかったんだよね。
『ボクは彼の人生の半分だから。もし君が、弟弟子に不幸を呼ぶような事があれば、ボクが相手になるよ』って、それだけ。
でも、思ったより可愛らしいネズミちゃんだし大丈夫かなー」
無邪気に笑って、エルフの少女は手を振った。
「じゃ、ボク帰るね」
何で居るんだとは流石に言い出せなさそうな騎士団長や、もう勝手にしてくれと遠い眼をしている国王は気にせず、少女は……
「まってください!」
「ん?なにかな?ボクに質問かな?」
笑ったまま、エルフの少女はその長い耳をぴくりと動かして、少女勇者に向き直る。
「ししょーは、ファリスさんは、ニアが……私が出会った時、ずっと死んだように聖剣をみてました。
ゴミを投げられても、剣を捕られても、私が酷いってゴミを取っても、なんにも反応しなかったです」
きゅっと手を握り、少女勇者はにこにこしたままのエルフへと尋ねた。
「大事って言うなら、何であの時に……」
「え?ボク?なにもしないよ?する必要もないじゃん」
「人生の半分なのに?」
「うん。だって……」
と、エルフの姉弟子は、当然でしょ?と意外そうな表情でファリスを見て、続けた。
「勇者から未来を託されたんだよ?
どれだけ壊れてるように見えても、砕けてそうでも。彼は絶対に戻ってくる、ボクの弟弟子ってそういう人間だから。
そうじゃなきゃ、そもそもボクと同じ剣術なんて使えない。心配する要素、どこかにあったかな?」
ご機嫌な笑顔を捨てて、逆にエルフは真剣な表情で聞き返し……
「でも、心配してくれるなんて良い弟子じゃん。うんうん、ボク安心」
なんて一人納得して、そのままふっと姿を消した。
「……そろそろ、話をしても良いかね?」
「何か家の姉弟子がすいません、国王陛下」




