王都、そして再会
そして、翌朝。
「……どうしてこうなった」
ファリスは、首をかしげた
「ししょー?」
ベッドから起きてきた弟子が、小柄な体にブカブカの灰色の野暮ったい寝巻き姿で眠そうに眼を擦る
「……ニア。少し驚くと良いよ」
「ししょー?」
「此処はね、アルフェリカ王国首都、グランフェリカだよ」
「おうこく?」
まだ寝ぼけているのか、小さなネズミの勇者は枕元に大事そうに置かれた帽子をちょこんと片耳に引っ掛けるように被って
「えっ?えっ?おーこく?
村は?えっ?」
その大きな眼を白黒させた。
「……すまないね、ニア。何もやる気が起きずにずっとサボっていたんだけど、私は仮にも剣聖、それもこの国の王子と親しくてね。
正気に戻ったならとっとと借り物を返しに来いと、連行される羽目になってしまった」
肩を竦め、ファリスは事情を説明する。
「けれども、ぐっすり眠っている君を起こすのは忍びなくてね。だから、ベッドごと魔方陣で転送して貰ったよ」
「え、じゃあ……」
「やっぱり、もう一度お別れの挨拶とかしたかった?」
「え、それは良いです。
でも、ニア……じゃなくて、私も来る必要あったんですか?」
外行きにちょっと背伸びした『私』を使い、少女勇者は己の師に問い掛けた。
「いや、新たな勇者を見付けたと言うならば連れてこいとも言われていてね」
「……誰にですか?」
「国王様達に」
まあ、殿下からの預かりものを返さないといけないからね、とファリスは胸元の紋章を振る。
「あ、それは……」
勇者ニアは、幼馴染の少年が取っていこうとしたのを叱ったものを見上げる。
きっと大事なもので、だからって。
「それ、なんですか?」
「これかい?王位継承者の証。皇太子が持つ伝統の紋章」
その言葉に、勇者はその眼を見開いた。
「ししょー、実は王子さま?」
「違う違う。これは、皇太子であったルネ殿下からの預かりもの。返しておいてくれってね」
そう、あの瞬間に漸くファリスは気がついたのだ。
勇者達の真意に。ファリスを遠ざけ自分達だけで死を覚悟した魔王との決戦に挑み、黒翼の少年を巻き込んで相討つ気だと。
だから、そこに参加させる気のないファリスに、自分が帰ってこない証として肌身離さず持っていた筈の継承者の証を託した。
本来はすぐに返すべきで、けれども少しでも追い付ける可能性を信じて、ファリスは時間を惜しんでひた走った。
結果……紋章を持ち逃げするような形となり、こうして呼び戻されたのである。
「あ、そうでした」
呟く弟子に微笑んで、ファリスは少女の手を握り、王都のギルドの転送部屋から歩き出す。
向かったのは、ギルドを出た先にある服の店。
「ししょー?」
「ニア、好きなドレスを選んで」
店に入るや、見たこともないだろう数のドレスに圧倒された少女に、優しくファリスは声をかけた。
「でも、手早くね。見たかったら後でまた来るから」
まだ本来は店はやっていない早朝。けれども王に謁見する急用の為として国王に言われて服屋は特別に開いてくれている。
国王一家は魔王無き後、魔物が弱体化したが故に流通や国家を復活させようという他国との話に忙しく、あまりまとまった時間が取れない。だから、ファリス達を早朝に呼びつけた。
とはいえ、流石に田舎のネズミ娘の何時もの服は……国王に会う勇者が身に付けるものではないだろうという配慮だ
「えっ?あのっ」
「大丈夫。君なら似合うよ」
「……えっと、どれが良いとか、わからなくて」
次々に目移りする弟子に、師匠は肩を竦めた。
「私の方が、よほど女の子の服については門外漢だよ。不安なら、着付けてくれる人に聞くと良い。
大丈夫、君は素が良いし、今から行くのは万が一ちょっと変でも誰も笑わない場所だから」
そして、1時間後。
ファリスはこれにします!と自身で選んだ白いドレスに見を包んだ勇者と共に、王城の一角を歩いていた。
最早アルフェリカ王国において王子と勇者と共に戦ったファリスはほぼ顔パスである。剣聖だけど良いかな?の一言で、用事があるのかとも聞かれずに衛兵はファリス達を通し、誰も見張られずに迷いそうな城の中を弟子の手を引いて進む。
そして、ファリスは大きな扉の前に立つと、その扉を叩いた。
「陛下、姫殿下、剣聖です」
「入りたまえ」
その言葉と共に、開いていく扉。
はうっ、と横の勇者がため息を吐いた。
そこにあるのは白い玉座の間。霊素と呼ばれるこの世界の重要な魔法粒子(これが穢れたものが瘴気である)によって産まれた磨かれた石造りの其処には、4人の男女が待っていた。
一人は玉座に腰かけた若々しい男。ルネの父である国王、御歳120歳。
一人はその横でファリスを睨む垂れたウサギの耳が可愛らしいブロンドの姫、15歳。
一人はその二人を守るべく控えた獣融種と呼ばれる二つの頭を持つ人類にして騎士団長。
そして……長い銀の髪を丹念に編み込んだ幼い姿の少女。
だが、その少女の……珍しく頭ではなく顔の横についた耳は、長く尖ったもの。その幼い体も、神が造ったと言われる均整の取れた美。それを覆うのはこの場にはあまりそぐわない簡素な胴着で、けれどもそれを誰一人何も言わない。
この場を支配しているのは、雪色の髪の少女であるから。
「……ネージュ」
ぽつりと、ファリスはその名を呼ぶ。
共に7年過ごした、姉弟子の名を。
びくり、とファリスの横で少女勇者が震える。
無理もない、とファリスには思えた。神にも等しいエルフ種、それも……ネージュという名前は世界に轟いているだろうから。
それこそ、剣聖ファリスの名よりも。
だが、当人はそんなことを気にせず
「おっはよー!ボクが会いに来たよ」
なんて、空気を壊すような明るい声をかけてきたのだった。




