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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
不滅の六文銭
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第八十九話 タイクーン、王都凱旋の巻

 その日、王都は沸いていた。

 西部地方を平定して皇帝陛下に謁見したヨルトミアの騎士女公は瞬く間に北部、南部の戦乱を平定。

 与えられた当初は名ばかりであったタイクーンの継承者という称号に遜色ない実を持たせていった。

 滅亡寸前の小国の姫君は今や最も天下に近い存在としてセーグクィン大陸全土に名を轟かせる存在となっていたのだ。

 その彼女が最後の東部地方進出を目前に王都へと凱旋する…民が沸かない理由はない。


「開門!!開門ーーッ!!」


 衛兵の号令と共に重苦しい音を立てて大門が開かれた。

 王城へと続く大通りの端に所狭しと集まった王都の人々は目を輝かせて英雄たちの登場を今か今かと待ち構える。

 やがて先頭…皇帝騎士軍が姿を現した。先頭は王都七騎士…トウカ、マクシフを筆頭とする精鋭たちである。

 堰を切ったかのような歓声が騎士たちを出迎えた。トウカが少しはにかんで笑う。


「うーん…改めてこうして凱旋すると少々気恥ずかしいですね…」

「卿らはこの賞賛相応の戦いをしてきたのだ、胸を張るといい」


 留守中の守備を担当していた同じ七騎士のダーロックがその肩をぽんと叩く。

 トウカはひとつ頷いて背筋を伸ばし、そして観客へと向けて手を振って見せると一際大きな歓声が上がった。

 長きに渡り専守防衛を命じられていたとはいえ、王都の民たちにとって騎士たちは馴染み深い英雄。

 《皇帝の剣》となった後のその活躍は遠い異国の地でも真っ先に伝わってきている。

 そんな歓声の中、マクシフはしきりに後方を気にしている。七騎士トゥドゥーレが呆れたように話しかけた。


「マクシフ…行進の最中だぞ、ちゃんと前を向け」

「いや…後ろの連中が狼藉を働かないか俺が見ておかねば…!」

「まだそんなことを言っているのか、共に戦ってきたヨルトミア公は立派な人だったのであろう?」

「ヨルトミア公はな!だが…あの“転生者”どもは…!」


 マクシフが懸念の言葉を口にするとほぼ同時、歓声にどよめきが混じって大きく揺れた。

 王都騎士軍に続いて姿を現した軍…その迷彩柄鎧に刻印されるのは異形の三本足の烏、ヤタガラス紋。

 民たちがどよめきが上げたのはその装備だ。間違いなくこの大陸の歴史を変えた最新鋭装備、鉄砲である。

 それだけではない、移動大筒や炸薬式破城槌など見たこともない装備が次々と衆目に晒されていく。

 その軍の名は西部地方イルトナ傭兵ギルド『サイカ衆』、率いるは先頭の馬上“転生撃手”マゴイチだ。

 集結する視線にマゴイチは得意げに胸を張った。


「ふふん…王都の連中も見惚れとるわ!イルトナの技術力は天下一や!」

「いや、ギルド長…これ見惚れるというよりもかなり引かれてますよ…物騒なもんばっかり持ってくるから…」


 副長イズマのツッコミにマゴイチは強かな笑みを浮かべて軽く舌を出す。


「つまり武力の宣伝としては大成功ってことや、これで王都のお偉方から依頼がバンバン舞い込んでくるでぇ」


 その言葉にイズマは天下統一後にそんなに傭兵に需要があるかと疑問に思ったが、面倒なので口にはしなかった。

 代わりに民衆たちの視線にへらりと笑って手を振り返しながら再び上がったどよめきに後ろを振り返る。

 サイカ衆に続いて門をくぐってきたのは南部勢…まるで蛮族のような出で立ちにイズマは軽く肩をすくめた。


「はっはぁ!こいが王都かぁ!見事なもんじゃあ!」


 先頭を切る浅黒い肌の少女は馬上で民衆たちの好奇の視線を物ともせずにはしゃぐ。

 後に続く屈強な軍勢は海竜鱗の鎧を身に纏った人相の悪い男たちだ。どう見てもカタギの人間ではない。

 それもそのはず…彼らは元海賊、つい先日まで《皇帝の剣》相手に戦っていた荒くれ者たち。

 現在のその軍は南部連合セキテ城駐在軍…最南端に居を構え、今も南海に出没する海賊連合残党狩りを行う精鋭軍団だ。

 率いるは“転生隼人”イエヒサ。少女の身ながら一騎当千の武勇を誇る猛将である。


「おっと…上洛したんなら日記を書かんね!どれどれ…」

「と、頭領…皆こっちを見とりやすが…」

「んー…好きにさせちょけ、おはんらも珍しいもん探すど!」


 諫める部下の言葉もそこそこに、行進中にもかかわらずイエヒサは懐から手記を取り出し書き始める。

 そのあまりに自由すぎる行進ぶりを見て頭を痛めるのはその直後に門をくぐった軍だ。

 前二軍のインパクトに民衆たちが気圧される中、同じく南部勢である彼女らはどこか気まずそうに行進する。


「あいつらめ…!南部連合の恥だ!」

「ま、まあまあ…人相で恐れられるよりは親しみやすくて良いではありませんか…」

「あれでは親しまれるどころか侮られますよ!」


 小声で憤慨する側近を緑髪の少女が気弱そうに笑って宥めた。今度の軍は打って変わって整然としている。

 装備や兵士たちの体格は然程でもないが全員どこか理知的な空気を漂わせており行進にも一切の乱れがない。

 南部連合の主力部隊を務める彼らは“転生謀神”テルモトの下、高い軍事知識を得ると共に再編成された。

 “武”ではなく“知”を以て戦うその軍はセキテ軍と並び新生南部連合軍の両輪として最高戦力を誇っている。


「…尤も、後ろに比べると南部なんて序の口ですけど…」

「それは…確かに…」


 テルモトがぼそりと呟くと憤慨していた側近も頷いて同意した。

 彼女たちは自らの軍の後方、その軍が大門をくぐった瞬間に波を打ったように静まり返る民衆を感じる。

 美しい黒髪の女性を筆頭に行進する将兵はまるで百鬼夜行のように異形揃い。

 この地より北の果てに追いやられて数百年、王都では御伽噺上の存在であった者たちが大通りを進んでいる。


「やっぱり獣人はさすがに色目で見られるでちねぇ…」

「気にするなウサミ、我が前世で上洛した時も京人どもにはこういう目で見られたものさ」

「剣神さまの肝の太さと一緒にしないでほしいでち…」


 北部地方より剣神率いる獣人軍、収集を受けて王都へ参陣。

 分割統治の順調に進んだ北部地方では徐々に受け入れられている獣人たちだが王都では未だ一切馴染みない存在だ。

 屈強で恐ろしい風体の彼らは好奇と畏怖の視線にどこか居心地の悪さを感じているようだ。

 だがそんな視線の中でも剣神自身はどこ吹く風、一角馬上でしゃんと背筋を伸ばして行進を指揮している。

 すっかり静かになってしまった大通りにウサミは軽く溜息を吐いた。


「ま、盛り上げるのは後ろに任せるでち」

「ん…そういえば後ろは“アイツ”だったな…」

「ええ、“アイツ”でち…」


 続く軍が門をくぐった瞬間、突如として民衆のボルテージが上がるのを剣神とウサミは背で感じる。

 “アイツ”の人目を惹きつける力、そして煽動力は実際大したものだ。北部の統治でも度々不穏な動きをして手を焼かされた。

 こういった場であればその能力は遺憾なく発揮されるだろう…


「待たせたな、王都の諸君!“転生独眼竜”マサムネちゃん、只今上洛だぁ!!」


 三日月型前立ての兜に、龍を模した豪奢な鎧。藍染めのマントが風に翻ってはためく。

 ド派手な装備を身に纏ったその眼帯の少女が率いる軍は、これまた舞台役者のように派手な装備を身につけている。

 静まり返っていた民衆はその見目の良さに度肝を抜かれ熱狂と共に再び歓声を上げ始めた。

 北部連合大将軍、“転生独眼竜”マサムネ…そして彼女自らが目をかけて集めた精鋭のダテ軍だ。

 想像以上の熱狂に配下が軽く興奮したように声をかけた。


「さ、さすがはアニキ…王都の連中のハートをがっちり掴んでますぜ!」

「クックック…そうだろう、そうだろう!何せ都の連中っつーのは派手好きと相場が決まっとるからのォ!」


 無論、このファッションに込められた意味は単に注目されたいだけではない。

 武力や権力ではヨルトミアに後れを取ったがもしここで、そして次の戦で王都の民たちの人心を掌握すればどうか。

 中枢都市で絶大な人気を得れば皇帝やヨルトミア公もマサムネをおざなりに扱うことはできなくなり結果として優遇される。

 そうして立場を得た後に内部からじっくりと自分色に染め上げて行けばまだまだ天下は狙えるという算段だ。


(つーワケで悪いがここは一番目立たせてもらうぜェ…悪く思うなよ、騎士女公)


 歓声の中、企みにほくそ笑むマサムネは軽く後ろを振り返った。

 だがその笑みはすぐに消え、大門をくぐって現れた姿に思わずはたと息を呑む。


「な…!」


 息を呑んだのは民衆も同じだった。

 燦然と輝く陽光に照らされるはシンプルながら洗練された黒と金の鎧に、風に煽られ紅翼のようにはためく真紅のマント。

 馬上で泰然と笑みを浮かべている威容はそこに在るだけでまるで一枚の絵画のように美しい。

 騎士女公…もといタイクーン、リーデ・ヒム・ヨルトミアは観衆へ向けてひらりと手を振って見せた。

 途端、炸裂するかのように今までとは比較にならない大歓声が巻き起こる。


「さすがね、リキュー仕立ての礼装の威力は…」

「ええ、まさかここまでとは…」


 前方で心なしか肩を落とすマサムネを知ってか知らずか、リーデとラキは小声で軽く言葉を交わす。

 当初は装備一新など考えてもいなかったが南部を出立する際にリキューが礼装の仕立てを申し出てきた。

 リキュー曰く、この御馬揃えは第二の戦…最も地位のあるものが最も美しさを誇示しなければならないのだという。

 実際その読みは正しかった。今や王都の民は誰もがタイクーンであるリーデに目を奪われている。


「改めて貴女がいてくれて助かったわ、マサムネに出し抜かれるところだったもの」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 リーデの傍に仕えた“転生茶聖”リキューはしずしずと頭を下げた。

 カルタハ公国から《皇帝の剣》に鞍替えした彼女もまたいつもの道服からヨルトミア軍新礼装を身に纏っている。

 武力こそは持たないもののこうした戦場外での戦には彼女は機微に富むというわけだ。


「…伊達の目論見も脆くも崩れ去ったか…」

「不可抗力とはいえ引き立て役になってしまいましたね、可哀想に」


 大歓声と共に進む先頭のリーデ隊の後に続き、門をくぐるのは黒と白の対極の衣装を身に纏った二人の少女の隊。

 カンベエとハンベエ…南部の戦いで《皇帝の剣》を勝利に導いた“転生両兵衛”。

 彼女らもまた南部平定のタイミングで正式にヨルトミア配下へと入り参謀役に就いている。

 一人は陰気にぼそりと呟き、一人はくすくすと可笑しそうに笑いながら行進。王城へと向かう。


「なんかよォ…オレたち知らねえ内にスゲエとこまで来てたんだな…」

「だよねえ…未だに実感が沸かないよ…こないだの戦いも野山を駆け回ってたし…」


 その後、大歓声に若干気圧されながら門をくぐるヨルトミア軍ヴェマ=トーゴとリカチ=カーヴェスの両将。

 片や元は山賊、片や元は猟師の二名は慣れない礼装に悪戦苦闘しながらもなんとか不格好のないよう行進に続く。


「お二人がそうなんですから私なんてそれどころではありません、まるでまだ夢の中のような…」


 彼女らの言葉に同意するように初めての王都となるリシテン教司教・シア=カージュスが溜息を吐いた。

 リシテン教の立場的に今までヨルトミアの守りに徹していた彼女だが、此度の最終決戦にあたり招集を受けた。

 異例の招集にはその他の意図があるようだがそれはまだ知らされてはいない。


「何…これまでと変わらんさ、すぐに剣林弾雨の戦場に戻ることになる」


 軽く肩をすくめるのは一際大きい歓声を受ける名実ともに最強の騎士、ロミリア=カッツェナルガ。

 “転生者”相手にすらまともに渡り合える彼女の武勇はもはや王都のみならず大陸全土に知れ渡っている。

 彼女は観衆の熱い視線に手を振り返す中、剣神やイエヒサといった“転生者”からの熱い視線にも笑みを返す。

 今となっては味方だが再び剣を交えたいのはお互い様のようだ。全軍合同調練は激しくなることだろう。

 そして…―――


「いよいよじゃな…これが最後の大詰めじゃ」

「ええ、これでリーデ様の…そしてユキムラちゃんの夢が叶うんスね」


 殿を務めるは赤き鎧兜を身に纏った赤備え…“転生軍師”ユキムラとサナダ忍軍。

 ユキムラとサスケの二人は感慨深く呟いた後、顔を見合わせた。


「じゃがサスケよ、最後の敵は徳川…おそらくはこれまでで最も苦しく激しい戦となるであろう」

「覚悟の上ッス、やっとここまで来たんだ…例えどんな地獄であろうとご一緒しますよ、ユキムラちゃん」

「―――いや…」


 サスケの返答を聞きユキムラは軽く首を横に振ろうとして…やめた。

 真っすぐに見返すサスケの、そしてサナダ忍軍の視線は一切の迷いなく決意に満ちている。

 ユキムラはそれを見、表情を不敵な笑みへと変貌させる。


「そうじゃな…我らの旗印は六文銭、こうなったら最後まで付き合ってもらうとするかのう!」

「ええ、三途川の向こう岸だろうが死出山の天辺だろうがどこへなりとも!」


 日本一…もとい、セーグクィン一のつわものとして名を馳せたサナダの赤備えは大歓声に包まれながら王城へと進む。

 ユキムラは軽く手を振り返しながら一度険しい顔で東の空を睨み、嵐の予兆を感じさせる雷雲を見る。

 これが最後の戦いだ…そう、最後の…


(ようやくここまで来た…、…今度こそ…今度こそは…―――…勝つ!)



【続く】

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