第七十九話 囚われの軍師を救出せよ!の巻
カオーフ平原とレクリフ城の戦いから数週間の時が経った。
《皇帝の剣》は現在の海賊連合本拠であるセキテ城へ向けて既に攻め込む準備を始めている。
その一環として俺たちサナダ忍軍にも任務が下された。それは…―――
「うごきづらい…すーすーする…こんなのしのびじゃない…」
「何言ってんのサイゾーちゃん、これだよこれ、これこそが忍の仕事なの」
俺たちは今、行商人とその丁稚に変装し海賊連合の領土内にある各集落を巡っている。
ちなみに売っているのは軽くて丈夫な真田紐だ。紐芸のパフォーマンスを交えつつ、売り上げはなかなかに好調。
しかし商売に熱中しすぎて本分を忘れてはならない…俺たちに与えられた任務は少しでも多くの情報を収集することだ。
俺は紐を買いに来た事情通の主婦の一人にターゲットを定め、どことなく世間話を持ち掛ける。
「しかし奥さん、なんだかこの辺もキナ臭くなってきたね…またデカい戦が起こるらしいじゃないか」
「ああ、ボルチ様が仇を討つべく息巻いてるそうだよ、ソーンクレイル兄弟ももう一人しか残ってないしねえ」
「ボルチ様が…?ちょっと待ってくれよ、一つ上のショカ様はどうしたんだい?」
「あらお兄さん、情報が遅れてるね、ショカ様は先の戦いの傷を悪くして既にお亡くなりになられたって話だよ」
ショカ=ソーンクレイルが…?俺は動揺を押し隠し、驚いた表情を浮かべる。
それはあり得ない話だ、あの戦いで俺たちはカンベエに足止めされショカと対面するまでに至っていない。
となるとショカは一体どこで傷を受けたのか…やはりこれも海賊連合内での内輪揉めと考えるのが妥当だろう。
首謀者は順当に考えれば十中八九、ボルチ=ソーンクレイル…ヤツは今大船団長の座につき領土内の全権を握っている。
だがボルチは先の戦いではカオーフ平原に居た。ブンダの謀殺の件と照らし合わせれば、他に協力者が居る筈…
俺はまだ情報を引き出せそうな主婦と会話を続ける。
「…にしても、ボルチ様で大丈夫なのかねえ…あんな臆病な人が大船団長なんて務められるのやら」
「ふふふ…アンタやっぱり遅れてるよお兄さん、ボルチ様は大船団長になられて人が変わったって話さ」
「人が変わった…?立場は人を変えるってやつかい?」
「それもあるけど一番は片腕がミツヒデ様に変わったことさね、やっぱりブンダ様をお支えしたあの方が一番有能な“転生者”なのさ」
なるほど…そういうことか。
俺の推理が正しければ協力者…もといボルチを大船団長に仕立て上げた黒幕は“転生者”ミツヒデだ。
海賊たちのカリスマであるブンダや直情型だが鋭いショカよりも、血筋だけ良く器が数段劣るボルチは傀儡にするには最適の人材。
おそらくミツヒデが海賊連合を己が意のままに操るために謀略を働かせたのだろう…そこまで考えて俺はふと気づく。
そういえばボルチの腹心はあのカンベエではなかったか…?カンベエがみすみすそれを許すとは到底思えない。
「ねえ奥さん、そういやカンベエ様は一体今何を…」
「クォラァ!!ここで何をやっておるか!!」
問いかけようとしたその時だ。どんがらがっしゃんと破砕音が響き渡る。
見れば厳ついモヒカンの見回り海賊兵が複数人…此方を睨みつけてのしのしと歩いてくる。
俺は主婦に逃げるようにジェスチャーしつつ、海賊兵たちに媚び諂った笑みを浮かべた。
「やあやあ兵士の旦那方!軽くて丈夫な紐はいかがですか!お安くしときますよ!」
「トンチキ野郎!ここでの商売は禁じられている!しかるべき市場でショバ代払わんか、このボケナスが!」
「ありゃ…そいつは失礼いたしました、では場所を移させて頂きやす…スイマセンでした…」
そそくさと立ち去ろうとした俺たちをガラの悪い海賊兵が取り囲み、それぞれ警棒を片手に残忍な笑みを浮かべる。
「ちょっと待て!違法販売しておきながらまさかお咎めなしと思っておらんだろうな!」
あちゃー、やっちまったか…
どうする…袖の下で見逃して貰える状況ではないだろう。大人しくボコられておくか…いやダメだ、後ろにはサイゾーが居る。
俺だけなら適当に袋叩きにされる演技で誤魔化せるがサイゾーには無理だ。戦闘になれば加減が利かずこいつらをぶちのめしてしまうだろう。
そうなっては絶対にコトが大きくなってしまう…今後の諜報活動を続けるのが難しくなるということだ。
「だ、旦那方!俺のことはいくらでも殴って頂いて構いやせん!だからこの子だけはどうかお許しを!」
「グフフ…駄目だな!ガキであろうと連帯責任を負うべきだ!それが海賊連合の掟!」
「めんどうくさい…わたしはにげもかくれもしない…いたいめをみたいやつからかかってこい…」
「な、生意気なガキ…!!」
サイゾーちゃん、俺らは逃げたり隠れたりするのが仕事なんだよ…
この脳筋おバカ娘は忍の本分を理解しているのだろうか…
こうなったら仕方ない…適当にのして騒ぎになる前に別の集落へとトンズラするのが最善手だ。
じりじりと海賊兵たちが迫る中、俺とサイゾーは背中合わせで体術の構えを取り…―――
「貴様ら、一体何をしている」
「「げえっ…!!」」
俺とモヒカン海賊兵から思わず声が漏れた。
唐突に現れた傷面の男には見覚えがありすぎるくらいある…カオーフ平原で戦ったカンベエの側近、ヴォーリだ。
ヴォーリはつかつかとモヒカンに歩み寄り、その虎の如き殺意の籠った眼力で睨みつける。
「海賊と言えど市井の者に乱暴狼藉を働くは厳罰処分、それが我らの掟だったはずだがな」
「い…いや、これは…へへ…ちょっとした冗談で…」
「それが貴様の冗談か?ならば俺が今ここで貴様たちをブチのめしても冗談で済むことになるな」
「ひぃっ!お、お許しをヴォーリ様!もう二度としません!」
たった一人の迫力に震え上がり、俺たちを脅していた海賊兵は地面に頭を擦りつけて謝罪する。
ヴォーリはそれを冷たく一瞥するととっとと去れと言わんばかりに顎でしゃくった。
許された…即座に海賊兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。どうやら相当恐れられているようだ。
後に残ったのはヴォーリと俺たちのみ…他の町人たちも厄介ごとに巻き込まれるのは御免とばかりに姿を消していた。
―――まずい…これは先ほどよりも遥かにまずい状況だ。
「え、えへへ…助かりやした旦那…ほれ、お前もお礼を言いなさい…」
「べつにたすけてもらうひつようはなかったが…ありがとう…」
「キミねぇ…―――で、では俺たちはこれで…」
頭をへこりと下げ、俺はサイゾーを抱えるようにしてその場を立ち去ろうとする。
「待て、乱波」
ぎくり…
できればそのまま見逃して欲しかったが…面が割れている以上やっぱりそうは問屋が卸さなかった。
ギギギギ…と錆びついた機械のように俺は振り返り、直立不動で睨みつけてくるヴォーリに視線を合わせる。
乱波呼ばわり…つまり顔を覚えられていたということだ。よく特徴のない顔と言われる俺だがこんな状況では喜ぶに喜べない。
先の戦いは手も足も出なかった…サイゾーと連携すれば勝てるだろうか…。ダメもとで俺は問いかけてみる。
「あのー…ここには商売に来ただけなんで見逃して貰えませんかね…」
「そうはいかん、此方としても貴様たちが来るのを待っていたのだ」
こっちの諜報活動もお見通しって訳ね…
戦闘は避けられない、俺とサイゾーは仕込み武器をそれぞれ手に取る。サイゾーも敵の強さを察してか額に汗が浮かんでいた。
一触即発…緊迫感が大通りを包む中、ヴォーリが出た行動は予想だにしないものだった。
「頼む…俺をお前たちの主君の下へ連れて行ってくれ…」
深々と頭が下げられる。
俺とサイゾーはぱちくりと目を瞬かせ、互いに顔を見合わせた。
◇
カルタハ城、応接室。
諜報活動を一度中止し、ヴォーリを連れて戻ってきた俺たちの前にユキムラちゃんとハンベエが現れる。
一応暗殺されたりしないように彼を後ろ手で縛ってはいたものの、その気配がないと悟るとユキムラちゃんは解くように指示。
懐に入らせたにも拘わらずその寛大な対応にヴォーリは言葉なく目礼、感謝の意を示す。
「それで…わざわざわしらに会いにきた理由は何故じゃ?カンベエ殿の腹心であるヴォーリ殿が…」
早速ユキムラちゃんが切り出した。
ヴォーリはそれを聞きすぅと深く息を吸うと…再び頭を下げた。俺たちの時よりも深い角度で。
そして、言う。
「恥を忍んでお願い致す…我が主、カンベエ様をお救い願いたい…!」
は…?
その場に揃った全員が唖然とした表情になる。敵である俺たちがカンベエを…救う?
「ちょ、ちょっと待て!一体どういうことなのだ?まるで意味が分からんぞ!」
「…ボルチ=ソーンクレイルが大船団長となったその夜…カンベエ様は謀反の嫌疑をかけられ囚われ申した」
「なっ…何ぃっ!?」
衝撃。まさかあのカンベエが…
ヴォーリは屈辱に顔をしかめ、絞り出すようにして言葉を続ける。
「無論、我が主カンベエ様がそのようなことを企むはずがない…あの御方は誰よりも海賊連合に尽くしておられた…!」
「―――…ハメられたというわけですね、ミツヒデに…」
ハンベエの言葉にヴォーリは力無く頷く…
成る程、ボルチを大船団長に仕立て上げ傀儡とするにはどうしても知恵の回るカンベエは邪魔になる。
そこで勘付かれる前に先手を打って投獄したという訳だ。なんとも冷徹で周到なやり口である。
「もはや今の海賊連合に愛想が尽きた…元より忠義を誓ったのはカンベエ様一人、我らは《皇帝の剣》に下ることにする」
「…その代わりカンベエ殿を助け出してほしいと…そういうことですね?」
「ああ…カンベエ様には会えぬので未だこの話はしていないが、必ずや貴方がたの力になってくれることだろう…」
静寂。
どうしますか?といった風にハンベエがユキムラちゃんへと視線で問いかける。
カンベエとの戦での決着を望んでいたハンベエにとってはこれは思いもよらない結末だろう…このまま見過ごすつもりはないのが本音の筈だ。
対してユキムラちゃんは如何か、カンベエには幾度となく煮え湯を飲まされている。ここで手を貸す義理はない…―――
「相分かった!カンベエ殿は我らがなんとしても助け出して見せようぞ!」
「おお…!」
まぁ、そうだとは思っていた。
過去の怨恨も因縁も関係ない…ユキムラちゃんはにやっと不敵な笑みを浮かべる。
「ハンベエ殿にカンベエ殿!太閤殿下を助けた両兵衛が我が軍に加われば心強いことこの上ない!天下に敵なしじゃ!」
「ボクはまだリーデ様に仕えると決めたわけではありませんが」
「と、とにかくこの絶好機を逃す手はない!すぐにでも救出部隊を向かわせようぞ!」
その言葉にヴォーリは思わず瞳を潤ませ、再び深く頭を下げた。
正直、俺もユキムラちゃんが囚われた時のことを思い出すと彼の気持ちは十分理解できる。随分と昔のことに思えるけれども。
それはさておき、俺にとっては一度通った道。おそらくここで救出部隊に命じられるのは…
「―――サスケ!いけるな?」
「はっ!我らサナダ忍軍に万事お任せくださいませ!」
サナダ忍軍、こういう任務はお手の物だ。
こうして俺たちの囚われの姫、ならぬ囚われの軍師救出作戦が幕を開ける。
…あのじとっとした陰気な視線を思い出すと囚われのヒロインとしては配役ミスな気もするが…
【続く】




