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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
南海のスーパー軍師大戦
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第七十八話 ミツヒデの謀略の巻

「申し訳ございませぬ…せっかく敵の背後を突けたというのに何の成果も上げられませなんだ」


 海賊連合との戦を終え、俺たち第三軍は本隊である第一軍と合流し一旦カルタハまで軍を引き上げた。

 小休止入れて体の汚れを落とし、各将が会議室に集まる中リーデ様に対しユキムラちゃんは開口一番そう謝罪する。

 いつもちょろんと後頭部で立っている毛が心なしか萎れている…今更気付いたがどうやら感情に応じて動くタイプの毛のようだ。

 確かに結果的に見れば痛み分けとはいえ、圧倒的有利な状況に持ち込んでの痛み分けだ…あまり良い結果とは言えないだろう。

 対して、傍に控えたハンベエが何か言うよりも早くリーデ様はくすりと笑って言った。


「何の成果もないということはないでしょう?少なくとも敵の駒、手の内、兵の練度…沢山の情報が入ったわ」

「し、しかし…敵本隊の間際まで迫っておきながら…」

「しつこいわね、私は悪くない結果って言っているのよ?それでも気にするというのなら次で挽回してみせなさい」


 反省会はそれで終わり、とリーデ様はひらひら手を振って作戦会議の続行を促す。

 にべもなく打ち切られればユキムラちゃんは申し訳ないような主君の器を見れて嬉しいような何とも微妙な表情を浮かべていた。

 両隣に座るヴェマとリカチが無言でぽんぽんとその肩を叩く。二人の表情も疲労が色濃いが気落ちした風はない。

 すっかり台詞を取られたハンベエが小さく咳払いし、仕切り直す。


「我々の方は確かに大勝利とはいきませんでしたが…第二軍、マゴイチ殿たちは上手くやってくれました」

「おおっ!ではつまり…!」

「ええ、敵本拠レクリフ城は陥落…さらに大船団長、ブンダ=ソーンクレイルを討ち取ったとのことです」


 思わずわっと歓声が上がる。

 正直のところ予想以上の戦果だ。つまりソーンクレイル海賊団は大将四兄弟のうち半数を失ったことになる。


「まぁ、六隻の鉄甲船はすべてダメになりイルトナ船団も大半が戦闘続行不能のようですが…」

「激戦だったのね…しかしよくやってくれたわ、これで決着は陸戦に持ち込めたということよね」

「はい、敵は本拠を南東海岸沿いのセキテ城に移しました、海上で迎え撃たれるよりも遥かにやりやすい立地です」


 陸戦ならば騎兵も使えるし伏兵や夜襲といった搦め手も存分に発揮できる。

 鉄甲船全隻喪失は凄まじい被害ではあるが、それに値するほどの大金星だ。出資者の元イルトナ公には大変すまない話だが…

 さらに敵の総大将であるブンダ=ソーンクレイルを討ち取ったとなれば…―――


「…しばし待って頂きたいハンベエ殿、その状況で本当に敵総大将は討ち取れたのか…?」


 ユキムラちゃんの問いに皆が訝しげな視線を向ける。

 激戦の末、敵総大将を討ち取った…それの一体何がおかしいというのか…

 しかしハンベエは軽く眉を上げ、小さく頷いて肯定した。


「…鋭いですねユキムラ殿」

「直接総大将討ちを成功させたにしては双方あまりにも損害が大きすぎる…本来は激戦になればなるほど総大将の守りも堅うなります故」

「ええ、その通り…ですから総大将討ちが行われる場合は基本的に奇襲の成功した大勝利でなければならない…」

「では…今回の場合は…」

「マゴイチ殿は敵総大将寸前まで迫ったのですが、その狙撃は外してしまったそうです…」


 ざわっ…

 会議室内の各将がざわめく。言っていることが矛盾している…ブンダ=ソーンクレイルは討ち取られたのではないのか。

 ハンベエは軽く手を上げてざわめきを収めると、話を続けた。


「しかし海賊軍の伝令兵を捕らえて吐かせたところ、大船団長は討ち取られたと確かな情報を得ています」

「それはそうでしょうね…実際に死んでいなければ先の戦いで突然軍を退く理由がないもの」

「…マゴイチ殿は討ち取っていない、しかしブンダ=ソーンクレイルは死んだ…それが意味することはひとつです」


 奇怪な状況に皆が静まり返る中、ユキムラちゃんだけがハッと気付く。


「まさか討ち取られたとの体で謀殺された…じゃと…?」


 その言葉にハンベエは小さく頷く。


「はい…その可能性が非常に高い、実際に見たわけではないのでまだ断定はできませんが…」


 再び、ざわめきが起こる。

 ブンダ=ソーンクレイルは海賊たちにとって精神的主柱となる大船団長、今まで彼のカリスマによって海賊連合は纏め上げられていた。

 そんな彼を謀殺してしまえば海賊連合は空中分解の危機に陥る…仮にその座を乗っ取る気であっても戦時中に行うのは愚の骨頂だ。

 謀殺の主導者はそれを知った上で実行したのか、それとも場当たり的に犯行に及んだのか。

 海賊連合の内部事情に対し謎ばかりが深まっていく、だがひとつだけ判明したことがある…


「一枚岩でなかったのならばわしらに付け入る隙がある…そういうことじゃな?」


 にやりとユキムラちゃんは笑みを浮かべた。策の失敗に反省していた表情から一転、いつもの悪巧みする時の顔だ。

 ハンベエは頷いてなんらかの紙を懐から取り出した。ずらりと表記された名前…名簿のようだ。


「下手人は間違いなくブンダに従いレクリフ城防衛線に加わっていた者…これはその時の将の名簿です」

「おお、一体どこから調達したのか相変わらず手がお早い…どれどれ…?」


 ずらりと並んだ名前をユキムラちゃんは一つずつ確かめ始め、皆がそれを後ろから覗き込む。

 大抵は名前を言われても分からない地元の海賊の名前ばかりだったが…とある名前を見た時、ユキムラちゃんの目の動きが止まった。


「ミツヒデ…この名はまさか…」

「ええ、明智惟任日向守光秀…明智光秀ですよ、ユキムラ殿」

「召喚されておったのか…うぅむ…」


 ユキムラちゃんとハンベエは顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべる。

 カンベエ、モーリ某、イエヒサと来て最後の一人はミツヒデ…一体どういう“転生者”なのだろうか。

 何にせよ一筋縄ではいかない相手だということだけは既に分かり切っている。



 ◇



「そ、そんな…大兄貴がまさか…死んじまったなんて…!!」


 セキテ城、ようやく事情を聴かされた長女ショカ=ソーンクレイルはよろめいて床にへたり込む。

 声は上げなかったものの末弟のボルチ=ソーンクレイルもまた多大なショックを受けている。その腕はガタガタ震えていた。

 それはソーンクレイル兄弟に限らない。城の外で待機している配下の海賊武将たちもまた激しい混乱と動揺の只中にある。

 非常にまずい…カンベエは沈黙思考する。言わば国主を突如として失ったようなもの、戦力は十分でも士気の低下が致命的だ。


「…どうすっと?こげん士気じゃ戦は続けられんと」

「…どうしましょう、ここは一旦和平を結びますか…いやもういっそ下った方がいいのかも…」

「なんちな!?」

「ひぃっ!…あ、あくまで案です!案の一つ!」


 比較的動揺の小さいイエヒサとテルモトが会話する傍、カンベエは迷っていた。

 今後の方針ではない、この空気を解決する方法だ…“ある一言”を進言すれば良い。たったそれだけだ。

 その一言さえあればたちまちショカないしボルチは士気を取り戻し、頼りがいのある総大将へ変身を遂げるだろう。

 だが…それを言ってしまえば間違いなく自分は警戒される。何せ前世がそうだったのだから…―――


(…しかし…例え警戒され遠ざけられたとしても負けたままでは終われぬ…!ハンベエ殿…そしてユキムラ殿に…!)


 やはり今こそ言うべき時だ…暗い瞳の奥に決意の炎を秘め、カンベエは一歩踏み出す。

 その時だ。大扉が開かれ、入ってきた人影が場違いな明るいトーンで、“その一言”を言ってのけた。


「おめでとうございます!御運が開かれましたな!」


 ミツヒデだ。

 一瞬呆気に取られたショカはすぐに怒りの形相を浮かべ、ミツヒデへと掴みかかる。


「狂ったかミツヒデ!!大兄貴が奴らに討たれちまったんだよ!?アンタは何してたんだい!!」

「ブンダ様が亡くなられたことは私も悲しく、力不足をまざまざと感じている…しかしただ悔やんでいても意味はないだろう」

「ああ、復讐はするさ!復讐はするけど…アタイらはこれからどうすりゃいいんだ!」


 虚無感に崩れ落ちるショカに対し、ミツヒデは柔らかな笑みを浮かべて肩に手を置いた。


「ですから、御運は開かれた…ブンダ様に代わり貴女様が大船団長となり、南部地方制覇の夢を叶えるのだよ」


 電撃が奔る。

 今まで考えたこともなかったが次兄のハサックが既に死に、長兄ブンダ亡き後は序列的にショカが大船団長の役に繰り上がる。

 即ち海賊連合のトップに立ち、敵軍に打ち勝った後は海賊女公となって南部地方に君臨するということだ。

 その夢にすら見なかった大それた野望がもう手の届くところまで来ている…垣間見えた瞬間、胸中を支配していた悲しみは消え去った。


「ア…アタイが大船団長…」

「そう、ブンダ様の実の妹である貴女こそが海賊連合を率いるのに相応しい」

「つまりよォ…」


 銃声。

 突如としてショカが胸から血を噴き出し、驚いた顔で振り向きながら倒れる。

 背後から撃ったのはボルチだ。そこにはいつものオドオドとした空気はなく、残忍な鯱の表情を浮かべ短銃をショカに向けている。


「これでおいら…いや、俺様が海賊連合の大船団長ってことだろう、ミツヒデ?」


 ミツヒデは一切驚くことなくにこりと笑う。

 柔らかな笑みだったが、底冷えするような狂気がそこには隠されていた。


「ああ、そうなるな…大船団長ボルチ=ソーンクレイル様」


 一瞬の出来事に凍りついていた三人だが、ショカが倒れる音にはたと気付いたイエヒサが駆け寄って抱き起す。


「ショ、ショカどんっ!!」

「ボ…ボルチ…どうして…―――」


 最期にそう言って、ショカは事切れた

 イエヒサは一瞬顔を歪め…ゆっくり彼女の遺体を床に置き直し目を閉じて合掌する。

 テルモトはあまりの出来事にガタガタと震え上がり…その隣、カンベエは陰気な視線をミツヒデに向けた。


「…どういうつもりだ…ミツヒデ殿…」

「おや、白々しいな…私が言わなくても君は同じことを言うつもりだっただろう、カンベエ殿?」

「…否定はしない…だが今はこんな身内争いをしている場合ではない…」


 続けてカンベエはじろりとボルチを睨む。

 己を召喚したこの男、臆病で慎重な性格の下に極めて狡猾で残忍な本性が眠っていることをカンベエは見抜いていた。

 彼の臆病さは何かに恐怖を覚えているのではない…極度の保身的性質によるものだ。そして奪った物は何がなんでも手放そうとしない。

 ミツヒデは彼のその欲望を見抜き撫でくすぐった。ショカに声をかけたように見せかけて、ボルチのその欲を煽り立てたのだ。


「―――…だがこれで次の総大将は決まった…後は…」

「ああ、後は不埒な謀反者を捕らえるだけだな」

「…何…?」


 謀反者…?

 疑問に思うカンベエに、ミツヒデはぱちりと指を鳴らして答えた。

 すると途端に海賊兵二名が部屋の中へと駆け込んで来、カンベエの小さな身体を取り押さえる。

 その衣服の背には桔梗紋を背負っていた。ミツヒデの直属部隊だ。


「…な、何をする…!」

「ハサック様の討死…ブンダ様の討死…全ては君が仕組んだことだろう、カンベエ殿?」


 ミツヒデは涼やかな笑みを崩さず、取り押さえられたカンベエを見下ろしながら言う。

 その場の者全てに衝撃が走った。あまりの言い分にテルモトとイエヒサの二人はミツヒデへと食って掛かる。


「お、お待ちください!それは何かの間違いでは!?」

「そうじゃ!クロカンどんのお陰でここまで戦うてこれたんじゃろう!」

「…《皇帝の剣》にあの竹中半兵衛が居たと知っても、君たちはそう言い切れるかい?」

「な、何…?」


 二人は思わず取り押さえられたカンベエを振り返る。

 竹中半兵衛と黒田官兵衛…前世では羽柴軍の両翼を担った存在。両兵衛とも呼ばれその絆は後世の語り草となった。

 余計な詮索をされまいと敢えて言わずにいたことをカンベエは今になって後悔する。まさかこんな状況で疑われるとは…

 沈黙は肯定だ、悲しむような素振りを見せながらミツヒデは言葉を続ける。


「悲しいなカンベエ殿…異世界で我々と紡いだ絆は、前世の絆ほどではなかったのか」

「…そのような私情で味方を売るほど私は落ちぶれておらん…!」

「戯れ言無用、ハサック様もブンダ様も君の献策により命を落としているのが証拠…すべて敵に筒抜けだったというわけだ」

「…おのれ…!」


 状況が悪すぎる、此方の肩を持っているテルモトやイエヒサにすら疑念を抱かせてしまった。

 すべてはミツヒデの思惑通り…カンベエは悟る、ミツヒデは自分を排除し海賊連合を意のままに動かそうとしている。

 だがそれを糾弾したところでこの状況では…―――


「ボルチ様、よろしいか?」

「ああ…だが殺すとコイツの部下がうるさそうだ、ガティの牢獄にでもぶち込んでおけ」

「肉親を殺されたというのにお優しい処置、泣けるね」


 ミツヒデが合図するとカンベエは海賊兵たちに縛り上げられ連行されていく。

 テルモトは何か言おうとして…何も言葉が出てこず、その背を見送った。イエヒサもまた同様だ。

 そして扉をくぐる間際、カンベエは唐突に振り返る。


「…何もかも思い通りに行くと思わぬことだ…必ず後悔させてくれようぞ…」


 怨嗟の籠った迫力のある視線。

 ボルチは思わず恐怖し震え上がり、ミツヒデは前世とは真逆になった立場に不本意ながら快感を覚えてしまう。

 そうしてカンベエが去っていった後、海賊連合は大船団長ボルチを受け入れ立て直しを図り始めた。

 おそらく《皇帝の剣》は次は潰す気で攻めてくる。本拠を失い、ブンダとショカまでも失った海賊連合は絶体絶命だ。

 しかしそれこそがミツヒデ…もとい呪術教団テンカイの思惑通りのシナリオであった。



【続く】

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