第六十三話 激突!真田幸村と上杉謙信の巻
「おおおおおおっ!!」
「はあああああっ!!」
氷雪と火焔が入り乱れて渦を巻く中心、幸村と謙信は激しく打ち合う。
力の差は互角、技の冴えも互角、速さこそは刀が得物の謙信が上回るも幸村には槍のリーチがある。
幸村は姫鶴の一閃を十文字槍の柄で受けて弾き返し、半歩引いて神速の突きを繰り出す。
超常の力を纏ったその攻撃は炎の輪を生みながら灼熱し襲い掛かった…!
しかし謙信が姫鶴を振るえば途端に炎はかき消され、突きが弾かれると同時に多数の氷飛礫が幸村を襲う。
「ぐぅぅっ…!」
「どうしたどうした!貴様の力はこの程度か!」
まるで鉛玉に貫かれるような衝撃。
血液と共に魔力が噴き出すが、幸村は咄嗟に傷口を炎で焼き塞ぎ魔力の流出を防ぐ。
凍てつかせる白い風よりも効果的と見るや、謙信は氷の弾丸をいくつも生成…一斉に発射する。
対する幸村は左手を眼前に翳した。そこには炎の壁が生まれ、氷飛礫をかき消す。
「ふぅっ…!」
「一息ついている場合か?そらそらそらぁっ!」
一度防御に回れば反撃させるまいと謙信は怒涛のように攻撃を畳みかけてくる。
槍の柄で剣閃を、あるいは炎壁で氷弾を防ぎながら幸村は相手の隙を伺うが、謙信は間断なく猛攻を繰り出し続ける。
まるで無尽蔵の体力だ、守りから攻めに転じる一呼吸が一向に見えてこない。
“超転生”によって最大出力を発揮しながら戦えるようになったものの、制限時間があることに変わりはない。このままではいずれ魔力源が枯渇する。
そうなってしまっては元の姿に戻った瞬間に白い風に襲われ一瞬にして凍死してしまうだろう。
そんな末路は真っ平御免被る…!
「ここは…仕切り直す!」
「むぅっ!」
足元を薙ぐ。すると爆発するように激しく霧が噴き上がり、両者の間を隔てた。
炎によって足元の雪を蒸発させたのだ…視界が封じられた剣神は思わず攻撃の手を止める。
その隙を突いて幸村は後方へ跳躍、一度距離を離す。謙信はフンと鼻を鳴らして姫鶴を軽く振るった。
剣風によって霧はあっさりと払われ、かき消える。
「姑息な真似を…お前は変わらんな、晴信」
「…変わっておらんように、貴殿は見えているのか?」
「ああそうだ、まともに戦えば我の方が強い…しかしお前はいつも策謀と知略で我を出し抜いてきた」
くはっと謙信は吹き出す。
笑うような、憎むような、複雑な表情だった。
「その上、決着もつけずに先に逝く始末…本当に嫌な奴だったよ、晴信は…」
幸村は悟る。
嗚呼…この方が戦い続けていたのは獣人のためでも義のためでもない…
この世界でも戦い続けていればいずれあの宿敵と相見える時がくると、剣神はそう信じていたのだ。
出会った時、自分を信玄公と間違えたのはおそらく強い願望から来るものだったはずだ。
だとすれば…―――…一つ断っておかなくてはならない。
「改めて名乗ろう…俺は真田幸隆が孫、真田源次郎信繁…人呼んで真田幸村」
「―――…黙れ」
「信玄公はおそらくこの世界には召喚されていない…もし居られるならばとっくに天下に覇を唱えておられよう」
「…っ、黙れ!」
「いくら戦っても貴殿の望みは叶わない…もうここまでになされよ、謙信公」
「黙れと言っているッ!!」
激昂。
最大出力で放たれた白い風が炎の壁をかき消し、幸村の身体を凍りつかせた。
しかし幸村は動じない。真っ向から謙信を見据え、言葉を続ける。
「超常の力で思考が侵されようと貴殿には見えている筈だ…俺は貴殿の宿敵たりえない…」
その言葉を最後に、幸村は完全な氷像と化した。
謙信は憎々しげにそれをしばらく睨みつけていたが…やがて冷めたように軽く息を吐く。
どれだけ自分を策謀に陥れ、追い詰めようが所詮は真田の小倅…川中島でしのぎを削り合った晴信ではない。
そんなことはとっくに分かっていた…だがそうであって欲しかった。
もし倒されることがあるならば、他の誰でもない宿敵の手でなくてはならなかった。
だがこの異世界では違った…
「もういい…我は王都へ行き、そして天下を巡る…いずれ宿敵に会える時まで…」
その前に、こいつを完全に討ち果たしておかなくてはなるまい。
謙信は地を蹴って高く跳びながら、姫鶴一文字を大上段に振り上げた。
そして眼前の氷像を唐竹割りにて一刀両断にすべく…―――
「―――…俺は貴殿の宿敵たりえない、なぜならば…」
氷像が小さく呟いた。
謙信は小さく息を呑む。凍りついたがこいつはまだ生命活動を停止してはいない…!
咄嗟に距離を離そうとするが既に高く跳んだ後…例えどんな猛者でも空中では隙だらけだ!
「なぜならば、俺は前世ではなく未来を見ているからだっ!!」
炎が噴き出した。
直後、氷像を内側から溶かしながら幸村が飛び出し、全身に纏った炎が周囲の氷雪を一気に蒸発させる。
その急激な状態変化は吹き上げる強い上昇気流を生み、空中の謙信を高く高く吹き飛ばす。
「おおおおっ!?」
謙信から余裕が消える。
追って幸村は焼け焦げた地を力いっぱい蹴り、噴炎と共にその気流に乗って高く跳んだ。
目指すは前方上空、態勢を崩した“転生軍神”上杉謙信!
「上杉謙信ッ!!その命、貰い受ける!!」
紅い一撃が、トリバー平原の曇天を割って閃いた。
雲が散り…やがて晴れ間が見え、蒼空が拡がっていく…―――
◇
「…と、まぁ貴殿を討ってしまうと和睦は成りませんのでな」
幸村…もとい少女姿に戻ったユキムラは軽く肩をすくめる。
その眼前には謙信…もとい黒髪黒瞳に戻った剣神。人外じみた風貌と雰囲気はすっかりなりを潜めている。
彼女は地に腰を下ろしたままその言葉を聞き、ぱちくりと目を瞬かせた。
「剣神殿には獣人たちの長として、皇帝に恭順を誓っていただけるとありがたい」
「―――…命貰い受けると言ったばかりでは?」
「あれは上杉謙信、この世界に生きる剣神殿とはまた別でござる」
剣神は分かったような分からないような微妙な顔をして、とりあえず頷いた。
どちらにせよ…自分は負けたのだ、敗者は勝者に従うものだろう。
そう…完全な敗北だ。まさか信玄相手ではなく真田の小倅に完膚なきまでに敗北するとは…
そんな結果でも、剣神の心はどこか晴れやかだった。
「…すまなかったなユキムラ、よくぞ我を止めてくれた」
「…謝罪は獣人たちにしてやるべきでしょう、拙者はあくまで敵でござる故」
それを聞き、剣神は少しだけへこむ。
暴走状態で何人もの獣人を殺めてしまったことに自覚はあった。
総大将にあるまじき行いである。剣神は俯いて呟いた。
「そうか…そうだな、きっと恐れられているだろう…」
「―――…そうとも限らんようですな…」
ユキムラが指すと、剣神は顔を上げる。
小さな影が二人へ向かって一目散に駆けてきていた…ラビッテ族の獣人、ウサミだ。
「剣神さまーーーーっ!!」
「ウサミ…」
ウサミは剣神の身体にひしと抱き着き、剣神は少し驚いてその頭を撫でた。
周りでは未だ遠巻きながらも獣人たちが心配そうに見ている…剣神に対する獣人の信頼が落ちる心配は要らなさそうだ。
安堵したようにユキムラは軽く笑うと、少し遅れて駆けてくる二人の影を見遣る。
そのうちの一つ、サスケは真っ先にユキムラに駆け寄って笑いかけた。
「ユキムラちゃん!やったッスね!」
「おおっ!サスケぇ!よくぞ…よくぞやってくれた!―――…それと…」
じろりと視線を移すと、マサムネが腕組みしてぷりぷりと憤慨している。
「やい真田ァ!せっかく倒したのになんで剣神を討ちやがらねえ!」
「討つ必要がないからじゃが…何か問題でも?」
「あるに決まってんだろォ!?お前、コイツが生きてたらオレ様が北部一統できな…―――」
そこまで言ってマサムネははたと気付く。
漸く気付いたか、とユキムラはにやーっと非常に人の悪い笑顔を浮かべていた。
マサムネは危険な存在だ…それに対する抑えとしても剣神には生きていて貰わなくては困る。
その意図に気付いたマサムネはわなわなと肩を震わせた。
「テッ、テメッ、テメエェェ…!!」
「おやおや、どうなされた?伊達殿の援護、大変助かり申した!くひひひひっ!」
「ブッ殺してやる!!」
先ほどとは比較にならない規模の“転生者”による取っ組み合いのケンカが始まった。
サスケは困ったようにそれを仲裁しつつ…やがて両軍の将たちが平原中央に集まってくるのを確認した。
剣神の暴走で戦いは有耶無耶になり、もはや誰も戦を再開しようという気はないようだ。
代表としてリーデ、剣神、モーガン公が前に出る。
「和睦に応じてくださる…ということでよろしいかしら?」
「ああ、獣人軍の…いや、我の戦いはもう終わりにする…皆には長らく付き合わせてしまった」
「…モーガン公もそれでよろしくて?」
「異論はない、我々も長く獣人たちを抑圧してきた…これからは良き隣人として関係を築いていきましょうぞ」
リーデが執り成し、モーガン公と剣神は握手を交わす。
これにて長きに渡る北部地方の争乱はひとときの終結を迎えた。両者満身創痍の末の和睦である。
人間と獣人が完全に打ち解けるまで壁は厚く高い…禍根も少なからず残るだろう。これからの復興に対する課題も山積みである。
しかし今は誰もが漸く訪れた平穏を噛み締め、安堵していた。
―――…ただ一人を除いては。
「畜生ッ!オレ様は…オレ様は天下を諦めねえぞっ!」
暴れるマサムネが兵たちに取り押さえられながら諦め悪く叫ぶ。
ユキムラはそれを勝ち誇ったように眺め、苦笑するサスケへと振り返る。
「とにかく…ご苦労じゃったな、サスケよ!北方征伐の一番手柄は間違いなくお前じゃ!」
「ありがたき幸せに存じまする!…って、俺一人の手柄じゃないッスけどね」
二人はにやりと笑みを交わし、こつんと軽く拳をぶつけた。
今この時を以て北部地方の乱は平定…連合と獣人領、共に皇帝陛下へと恭順を誓うことになる。
そして、リーデ=ヒム=ヨルトミアは天下人となるべくまた一歩大きく前進するのだった…
【続く】




