第四十六話 王の道は王、蛇の道は蛇の巻
「セーグクィン六世の名において宣言する!これよりタイクーンの名誉と栄光を取り戻すべく大陸平定戦略を開始!この乱世を終結させる!」
皇帝陛下からの収集命令…わしらは再び玉座の間に訪れていた。
堂々と言い放った陛下は先日のおどおどした空気はまるでなく、幼いながらも立派な王のそれであった。
呆気にとられる大臣連の中、リーデ様だけが悠然と微笑んで賛同の拍手を送る。
泡を食ったコルノエ大臣が慌てて止めに入った。
「お、お待ちください陛下!一体何故そのようなことを!」
「コルノエ、余は最早この戦乱の世に背を向け続けるわけにはいかぬ…そう気付いたのだ」
「賛同できかねまする!僻地で暴れるだけの輩など放っておけばよろしいでしょう!」
コルノエ大臣のその言葉にスッと陛下の目が据わる。
気圧されたようにコルノエ大臣は思わず後ずさった。
「余はセーグクィン皇帝、そしてこの大陸の領土はすべて余の地…僻地とは何事か」
「い、いや…しかし…」
「…コルノエよ、その意見は相応の覚悟の上で言っておるのであろうな?」
こう言われてはぐうの音も出まい。
陛下は一晩でまるで人が変わられた…お飾りの君主の仮面の下には獅子の魂が眠っていたようだ。
以前までは大臣連が圧力をかければ力を持たない陛下は容易く言論を封殺されただろう。
だが今は力を得た…自由に為政するための力だ。
「下がれ、今のは聞かなかったことにしておく」
「…はっ」
言われるがままに下がったコルノエ大臣は血走った眼でこちらを睨みつけてくる。
嗚呼、リーデ様…せめて満面の笑みはおやめくだされ…何をしたかバレバレでござる…
陛下は若干の照れを隠すように咳払いすると、リーデ様へと目を向ける。
「ヨルトミア公よ!タイクーンの名を継ぎたくば我が剣となり見事この大陸を平定してみせよ!」
「謹んでお受けいたします、陛下の名の下にすべての敵を討ち滅ぼして御覧に入れましょう」
「うむ、そして…―――」
玉座の間の大扉が開かれた。
そこには王城から追い払われたはずの王都七騎士を中心とする騎士たちの姿がある。
どよめく大臣連の間を割って進んだ騎士たちはトウカ殿を先頭に陛下の御前へと進み出、膝をつく。
陛下はさらに命じる。
「我が騎士たちよ、ヨルトミア公と共に皇帝の威光を反逆者どもに示して参れ!」
「はっ!仰せのままに!」
騎士たちの表情はまるで長い雨が抜けた蒼天のように晴れやかだった。
マクシフ殿が思わず鼻を鳴らす。その目は赤い…感極まっているようだ。
「この日を…この日をどれだけ待ち望んだことか…」
「おい、マクシフ…陛下の御前である…まだ我慢しろ…」
同じ七騎士のダーロック卿に小声で釘を刺され、マクシフ殿はぐしぐしと自らの目を擦った。
どうにも既視感があると思ったがこの者は我が領ヨルトミアのサルファス殿にそっくりである。
直情型の猛将はだいたい似た性格になるのだろうか…
「では、これより具体的な戦略会議を執り行う!…ミナツ!」
名を呼ばれると文官のミナツ殿が軽く眼鏡を押し上げながら一歩前に出た。
彼女も政務方ではあるがどうやら大臣連よりも陛下の意向を尊重する側のようだ。
「はっ…戦略室を用意しておきました、皆さまどうぞこちらへ」
彼女の後に続き、ぞろぞろとその場の者たちが移動していく。
大臣連は…―――陛下に無条件で従う者、一度コルノエの顔を見て陛下に従う者で半分。
残り半分は移動命令に応じず玉座の間に残るコルノエ大臣の周りで狼狽えている…非常に判りやすい力関係だ。
(さて…どう出るかな…)
陛下をえすこぉとして戦略室に向かうリーデ様の背を睨みつけるコルノエの感情はまるで手に取るようにわかる。
どうやら非常に単純な人物のようだ。政敵のいない組織でのうのうと保身をしてくればこうもなろう。
わしはほくそ笑むと同時に…ひどく心が冷えていくのを感じた。
◇
その夜、王城内のヨルトミア公の寝室…
夜の帳が下りた暗い部屋の中、ぬるりと人影が蠢く。
黒装束を身に纏ったその者は音もなく移動し…すぅすぅと寝息を立てるベッドの膨らみを確認、鈍く光る刃を抜いた。
そしてそれを標的に突き立てんと力任せにシーツを引き剥がし…―――
「ここにはいませんよ、我が主は」
「…!」
闇の中に色違いの双眸が輝き、ベッドの中に仕込んでいた剣を抜いて打ちかかる。
不意を打たれたアサシンはかろうじて手にした刃で攻撃を防ぐ。そして跳び下がった。
ベッドの中に居たのはヨルトミア公ではない!こいつはその護衛、ラキ=ゲナッシュ。
まさか襲撃が読まれていたというのか…
「くくくっ…まさか実力行使で来るとはのう…政務で妨害されるより遥かにやりやすいわ」
背後から声が響く。
思わずアサシンが振り向く中、ボッとランプに灯がつきそこに小さな影を浮かび上がらせた。
ゆらめく炎に照らされるのはヨルトミアの“転生者”ユキムラ…その表情は陰がかかって視認できない。
「チッ…!」
標的が居ない上に敵が二人の挟撃、分が悪い。
アサシンは刃を構えながらも部屋の中を一瞥し、恐るべきスピードで窓の方へと跳躍した。
「待ちなさい!」
慌てたラキの声がかかるが待てと言われて待つ者はいない。
アサシンは窓を破って飛び出すが…―――その右足に鎖鎌が絡みついて刃を食い込ませた。
「ぐっ…―――!?」
「そらよぉっ!!」
右足が剛力で引かれ鎖音と共に部屋の中に引き戻される。
硬い大理石の床に叩きつけられ、苦痛に呻くアサシンの目に映ったのは髪を逆立てた狂暴そうな男だ。
こんなヤツの気配はなかったはず…一体何者なのだ…
「カマノスケ、見事」
「ケッ!サナダ忍軍を出し抜こうなんざ百億年早いってんだよ!」
なんとも頭の悪そうなことを言って狂暴そうな男は腕を組む。
刃が食い込んだ右足は一撃で腱を切断されている。アサシンは最早脱出不可能な状況を悟った。
カマノスケが手早くその身を縛り上げる。最初に口を開いたのはユキムラだった。
「さて…後は任せてくれんか、ラキ殿?」
「いえ、ユキムラ様だけに手を汚させる訳には参りません…私もやります」
強い意思を示すラキに、困ったようにユキムラは頬を掻く。
「正直な所、誰にも見られたくないんじゃが…分かって貰えぬか?」
「―――…承知しました、そうおっしゃられるのなら…」
言葉の意味を理解したラキは一礼、退室する。
部屋の中にはユキムラとカマノスケ、そして縛られたアサシン。
呆れたようにカマノスケが口を開いた。
「俺はいいのかよぉ、ユキムラ様」
「お前はこういうの得意じゃろ、頼りにしとるぞ」
「ちえっ…サスケやサイゾーとは信頼の方向性が違いすぎるぜ…」
「すまんな、そのぶん禄は大目に出すとしよう」
カマノスケは軽く肩をすくめ、アサシンへと歩み寄った。
「ま、いいけどよ…頼られるのは悪い気しねえし…」
アサシンは唸る。これから行われることは察しがついている。
二者を睨み上げ、決死の覚悟で言い放つ。
「殺せ…何をされても口を割る気はない…」
それを聞いたユキムラとカマノスケは顔を見合わせ、同時に苦笑した。
「おいおい、それを言うには早すぎるぜ…“殺してください”って今から言わせようと思ってたのによ」
「大臣も平和ボケなら刺客も平和ボケじゃな、敵がおらんとこうも堕落するか」
ぞくり。
アサシンの背筋に悪寒が奔る。こいつらの精神状態は普通じゃない。
割れた窓から風が吹き込み、ランプの灯を揺らす。
揺れた炎はさらにユキムラの小さな影をゆらめかせ…一瞬、本当に悪魔のような影を模った。
ユキムラはアサシンに顔を近づけ、囁く。
「誰に刃を向けようとしたのか…その意味をじっくり理解してもらうぞ」
◇
翌朝…コルノエの屋敷で騒ぎが起きた。
差出人不明の包みが届き、壺ほどの大きさの其れを開封したメイドが悲鳴と共に腰を抜かす。
出てきたのは苦痛と恐怖の表情に凍り付いた男の生首だった。
一体誰がこのような物を…屋敷中騒然となるが、その届け人は煙のように姿を消し行先が分からない。
その犯人は…コルノエだけが知っていた。
『素敵な贈り物、感謝いたします!夜をお楽しみに!』
コルノエは生首に添えられていた一文の意味を知り、血の気を失ってガタガタと震え上がる。
一体どういう連中に暗殺者を差し向けたのか…それを漸く理解したのだ。
―――その日、重要な戦略会議があったもののコルノエが王城を訪れることはなかった。
後に皇帝に届けられたのはコルノエは病気療養のためしばらく王都を離れるという報。
不可解な出来事に軽く首を捻る皇帝の御前、リーデは寝不足らしいユキムラを一瞥して軽く息を吐いた。
【続く】




