第三十八話 消えた“転生者”を探して…の巻
「いやー、こうして山道歩いてるとあの時を思い出しますね」
「おう、わしも思っとった、確かあれはヴェマ殿を勧誘した時か」
俺は色々と土産の入った荷車を引いて山道を往き、その荷台ではユキムラちゃんがぐうたらと寝転んでいる。
いつかもあったシチュエーションだ…尤も、あの時と比べれば随分とこの辺も随分と治安が良くなった。
街道拡大政策のお陰で荒れ放題だった山道も整備され、一定区画おきに設置された関所では兵士たちが警備している。
それを抜きにしても今の西部統一したヨルトミアのお膝元で山賊行為を働くようなバカはいないだろう。いるとすれば相当の世間知らずだ
しかし何故俺たちがこうして山道を進んでいるかというと…
「しかしまさか既に“転生者”がもう一人召喚されていたなんて…」
「うむ、さすがに予想外じゃったな…」
俺は昨夜の出来事を思い出す。
『隠していてごめんなさい!』
ユキムラちゃんに問い詰められたシミョール様はコンマ2秒で勢いよく土下座した。
時は戻り、オダ帝国との決戦直前あたりのこと…シミョール様はオリコー軍の弱さに不安を感じ“転生者”召喚をシア様に要請。
シア様は快諾し、そしてオリコーの召喚権を消費して“転生者”は召喚された。
だが…―――
『“転生者”様!お願いいたします!どうか我が国に力を貸していただきたい!』
『あ、そういうのいいんで…謹んでお断りします、では失礼』
『ええーーーーッ!?』
なんと召喚された“転生者”は協力を拒否。
呆然とするシミョール様たちを置き去りに煙のように消えてしまったのだとか…
勿論、そんなことを他言できるはずもない。以上のことは全てシア様とシミョール様の間でなかったことにされたのだった。
そのまま隠しておくつもりだったのだろうが…事態は一国一召喚のルールが公になってから露呈してしまった。
命だけは助けてくださいとすがるシミョール様をなだめ、こうして俺たちは“転生者”が去ったと思しき方角にやってきたというわけだ
「“転生者”が協力拒否…いや、そんなことあるんスかねえ…」
「うむ、我らも別段契約などで縛られておるわけでもないからのう…そりゃあまぁ中には非協力的な者もおろう」
それにしても、だ。
“転生者”のもたらす異世界の技術も戦術も、女神の加護とも言うべき謎の異能力も脅威的だ。
だが“転生者”の真の脅威はその情熱にこそあるのではないかと常々俺は推察している。
ユキムラちゃんもマゴイチもノブナガも皆この世界で何かを成そうとして召喚されてきている。
俺たちは皆その情熱に中てられて突き動かされ、結果的に大きな流れを生んでこの乱世が動き出したのだ。
そういった情熱を一切持たない“転生者”がいるなんて…
「一体どんな人なんだ…」
「…わしには一人、思い当たる人物がおる…直接面識はないが…」
それは一体何者なのか…
そう問いかける前に山道の奥の奥、俺たちの眼前に一軒の小屋が現れた。
ここだ…この小さな藁ぶき屋根の小屋が今回の俺たちの目的地である。
「ボロっちい小屋ッスね…」
「シッ!馬鹿者が、聞こえとったらどうする!」
いろいろと情報を集めた末、俺たちはここに到着した。
麓の村人の話だとちょうど一年半前、ここに謎の異邦人がやってきて住み着いたのだという。
最初は気味悪がっていた村人たちだったが、関わっていくうちにその者は大層な賢者だと判明した。
その者は村人の相談を快く聞き、豊富な知識と奇抜な発想で当時の村の問題を悉く解決したのだという。
そうして感謝した村人たちは今では先生と呼んでその者を慕っているのだとか…
聞く限り、住み着いた時期もドンピシャで“転生者”だろう。情報を照らし合わせても間違いない。
俺とユキムラちゃんは視線を合わせると、今にも壊れそうな扉を優しく叩いた。
「たのもーーー!たのもーーーう!」
静寂…
留守か?…そう思った瞬間、からからと乾いた音を立てて小屋の扉が開かれた。
そこに居たのは簡素な衣を身に纏った銀髪碧瞳で色白の美少女。
その雰囲気は吹けば飛ぶように儚い…まるでこの世の者ではない、幽霊か何かのようだ。
か細い声で少女は言った。
「先生に何か御用事でしょうか…?」
「あっ…えっ…先生?」
どうやらこの少女は“転生者”の弟子であるようだ。
考えてみれば当然だ。賢者というのなら弟子の一人や二人は取っているだろう。
俺はなるべく恐れられないよう、声を優しくして問いかける。
「うん、お兄さんたちは先生にお話があってきたんだ、会わせてくれるかな?」
「申し訳ありません…先生は今薬草を摘みに行っていて留守なのです…」
「留守かあ…ううん…参ったな」
やっぱり留守か!
せっかくここまで来たというのに間の悪い…
だが薬草摘みならそう時間もかからないだろう、家の中で待たせて貰うか。
そう考えた時、少女は咳き込み始めた。
「けほっ…こほっ…」
「だ、大丈夫!?」
「す…すみません…私、体が弱くて…あまり人に会うことができないんです…」
困った。
どうも儚げな雰囲気がすると思ったら見た目通り病弱な子のようだ。
“転生者”がこんな山奥で暮らしているのもこの子の病気療養ためなのだろうと俺は推測した。
どちらにせよ、これでは中で待たせてもらうという訳にもいかなくなった。
この子に言伝を頼み、また日を改めて訊ねることにしよう…
そう決めて後ろへと振り返ると、ユキムラちゃんは深々と溜息を吐いた。
「…もう芝居は良いでしょう、“竹中半兵衛”殿」
「えっ…?」
唖然として改めて前を見ると、白い少女は可笑しそうにくすりと笑う。
その立ち姿からは先ほどのオドオドとした儚げな雰囲気はいつの間にか消え去り、幽霊じみた気配ではなくどこか仙人のような気配へと変わったように感じた。
竹中半兵衛…ユキムラちゃんはそう名を呼んだ。つまりこの子が…
「三顧の礼はしていただけないのですか?」
「申し訳ない…こちらも何分急いでおりましてな、残り二回は省略させて頂く」
「せっかちな方だ…まぁ、立ち話もなんです、お上がりください」
少女は軽く肩をすくめて踵を返す。
そしてちくりと刺すように一言付け加えた。
「ボロッちい小屋ですがね」
聞こえていたようだ。
この“転生者”、おそらく性格が悪い。俺の直感がそう告げている…!
【続く】




