第十二話 真田幸村、灼熱するの巻
激しい剣戟がカヤマ平原に響く…
姫様率いる本陣襲撃部隊とツェーゼンらの供回りは激しくぶつかり合い、接戦を繰り広げている。
このわし、ユキムラも兵士たちに矢継ぎ早に指示を飛ばしながら装備で劣るヨルトミアが押し返されぬよう陣形を形成する。
ここまでは互角…だが互角ではダメなのだ。ツェーゼンの首を獲るには攻め込むためのあと一手が足りない。
ここでモタついていればロミィ殿の足止めもじきに持たず援軍が本陣と合流してしまうだろう。
そうなった場合、詰むのはこちらだ。
「ヨルトミアのクソどもがあ!!俺の首を獲ろうなんざ百年早ぇえ!!」
少しばかり離れた先であの口汚く叫んでいる男、あれがツェーゼンだろう。
あそこに刃を届かせるためにどうすればいいのか…あらゆる知恵を振り絞ったが今ここで出せる策が思い浮かばない。
代わりに思い返すのは前世の今際の際、“あの男”にあと一歩届かなかった悔恨ばかり。
せめてこの身が子供でなければ…―――
そう願った瞬間、わしの懐から一つの赤い宝石が転げ落ちる。
思わず手に取ったその時、これを託された時の記憶が脳裏に鮮明に蘇ってきた。
◇
「ほう…美しい宝石じゃのう…これが褒美の前払いかの?」
「…それは蓄魔晶…魔導士から魔力を吸ってその身に蓄える特別な宝石です」
シア殿はそう言って、るびぃのように赤い宝石をわしに手渡した。
だがそう説明されても何のことだかわからない。わしは魔術など一切使えぬのだから。
怪訝な顔をするわしにシア殿は説明を続けた。
「ユキムラ様…あなたがそのような子供の姿で転生されたのは召喚術に対する我々の魔力不足が原因です」
そう説明するシア殿の顔は暗い。責任を感じているのだろう。
ようするに、魂は呼び寄せたがこの世で活動する肉体を形成するのに出力が足りなかったということだ。
その不完全な術の結果、わしの肉体は小娘の其れとなった。あの女が言っていた限界と言うのは信徒たちの力不足という訳か。
尤も、この姿で困ったことなど一度もないのだが…
「別にこれでも不便はしとらんがの…むしろ都合の良いこともある」
「今はそれでも良いでしょう、ですがもし…ほんの少し力が足りないことがあったとすれば…」
ぐっとシア殿の白く美しい手が宝石ごとわしの手を握る。
「この石の中には膨大な魔力が込められています、それを使って“再転生”なさってください」
“再転生”…聞き慣れない言葉だった。
「すると、どうなる?」
「一時的に肉体が再形成され“転生者”としてのフルスペックが発揮されるようになる………筈です」
「筈とは聞き捨てならんな、確証ではないのか」
「理論上では可能なのですが前例がないのですよ…最悪の場合、ただの自爆になってしまう可能性も…」
とんでもない博打じゃった。
折角新たに受けた生をこんな形で失ってしまえば悔やんでも悔やみきれない。
その時は使うことはないだろうが、と前置きして一応受け取ってはみたのだが…
◇
どうする…今これを使うか…?
葛藤がわしの中を駆け巡る。足りないあと一手になるであろう可能性は確かだ。だがもしこの大博打に失敗すればどうなる…
わしがこの場から消え去れば、ヨルトミアはおそらく負ける。あの美しい城は焼け落ち民は蹂躙されるだろう…そう“あの時”のように…
そして再びわしは敗北の悔恨を引きずりながらあの炎の中へと戻ってゆくのだ。
ならば…またあんな思いを再びするくらいならばここは退き、確実な次の一手を考えるべきではないだろうか…
「姫様、ここは…―――」
葛藤の中、進言すべくわしは後方を振り返る。
姫様は…燃えるような色の瞳の氷の眼差しで、真っすぐに前を向いている。
総大将ここにありと、その存在を示している。
その御姿は一切の揺らぎがない…領民たちを説得したあの日の凛とした姿のまま…
生前、最後の戦いでわしが見たかったものだった…―――
「くはっ!」
ふと冷静になり、己の中で巡る葛藤に思わず笑ってしまった。
大博打が何だ…思い返せばわしの前世はいつだって博打しかなかったではないか。
悩んでいるのも馬鹿馬鹿しい、ここで消えればそこまでのこと。
三途の川の渡し賃は常にこの胸の中にある…―――
「ここは…何、ユキムラ?」
言いかけた言葉に姫様が小首をかしげる。
こんな状況ですら余裕、軽く笑みすら浮かべる姿はまさしく己の中の葛藤と答えを見透かされたようだ。
少々バツが悪くなり、咳払いして誤魔化したのちに少しお道化てみせようか。
「…ここはこのユキムラが切り拓きます故、どうか御照覧あれ」
赤い宝石を握りしめる。
強く念じる…それだけで術式は発動するとシア殿は言っていた。
万感の思いを込め、わしは前世の姿を思い浮かべながら…その言葉を叫んだ。
「“再転生”!!」
◇
ツェーゼンは心に平静を取り戻していた。
眼前で兵たちが斬り合ってはいるものの押されてはいない、こちらの護衛の兵たちも必死だからだ。
対してヨルトミアの兵たちは士気は高いものの決め手に欠けている。焦りもあるだろう。
なにせ千の増援が迫ってきている、合流すれば到底勝ち目のある兵数差ではない。
イズールに感謝するのは癪だが今回ばかりは助かった。本当に癪だが…
「随分とナメた真似してくれやがったな、ヨルトミア…!!」
少し離れた先、そこにはあの人形姫が騎士鎧を着て凛として立っている。
その表情は劣勢でも変わらず氷のように澄ましているが、それがツェーゼンの神経を逆撫でした。
絶対に引きずり倒して兵たちの前で辱めてやろう…
そんな歪んだ欲に身を焦がす中…唐突に両軍の兵たちがどよめいた。
「何…?」
戦闘区域の一角から激しい火柱が上がり、天を衝く。
その火柱はやがて一瞬、六つの丸を四角がくり抜く謎の紋章を浮かび上がらせ、大気を焦がしながら霧散する。
火柱が霧散した時、その中心には一人の見慣れない将がいた。
白く長い髪を持ち、激しく赤熱するような色の鎧を身に纏った一人の女だ。その姿はどこか戦乙女を連想させる。
その者はしばらく自分の手を見、確かめるように開閉すると呑気に呟く。
「“再転生”しても性別は女のままか…ま、いいだろう」
そして、弾かれたように駆ける。
手にはいつの間にか刃が十字を模った異形の槍を携えており、身構えるダイルマ兵の只中へと飛び込んでいく。
激しい炎が渦を巻き吹き荒れるように、血しぶきと首が舞い上がった。
「な、あっ…!?」
その技の冴えはぞっとするほど美しく、恐ろしいまでの強さだ。
ツェーゼンは唖然としてその威圧感の前にたじろぐ。
こいつは一体何者だ…一体どこから現れた…何故ヨルトミアに肩入れをする…
訳の分からないことばかりで脳が理解を拒み、ただその存在に対する恐怖だけがそこにあった。
士気を上げた兵たちを率い、護衛兵を蹴散らして突撃してくる“そいつ”にツェーゼンは思わず叫ぶ。
「きっ、貴様ァ!!一体何者だ!?」
“そいつ”はにやりと笑い、十字刃の槍をツェーゼンに向けて名乗りを上げる。
「俺の名は真田幸村…ダイルマ公、貴殿の御首を頂戴しに参った」
【続く】




