第九話 ユキムラちゃん、砦大改造計画!の巻
ラノヒ砦陥落…そして、ヨルトミア宣戦布告…―――
誰もが降伏かと予測していた矢先その衝撃的な一報すぐにダイルマ公国へと伝わった。
不興を買わないかと震えながら報告を上げる兵を前に…玉座にて尊大に足を組み、肘をついて口元を隠している青年が一人。
彼こそがダイルマ公国領主、ツェーゼン=ダオン=ダイルマである。
「下がれ」
報を聞き、兵を下がらせた後彼は深く息を吐いて俯き…必死に笑いを堪える。
ヤバイ…最高だ…降伏されたらつまらん、徹底抗戦してくれないかとは望んではいたが…まさかこんな面白い展開になるとは。
あの面白みもクソもない人形姫が自我を持ち、あろうことか姫騎士などと名乗りを上げたのだ。その健気さは愉快すぎて涙すら誘う。
さらに素晴らしいことにあのヴェマが…クソ生意気なあの出奔騎士がヨルトミアについていたのだという。一石が三鳥にも四鳥にもなった気分だ。
さて、どういう趣向にしたものか…そんな折、重臣の一人がぼそりと呟く。
「妙ですな…」
「あ?何か言ったかイズール」
無粋な水差しにツェーゼンはガラ悪く威圧する。
イズール=ディフォン、代々ダイルマに仕える重臣。禿げ上がった頭と鷲鼻が特徴的な痩せぎすな老将だが、その眼光は鋭い。
畏縮することもなくイズールは言葉を返した。
「ラノヒ砦を落とすのにヨルトミアは策を使ったのだという…これは今までのヨルトミアからは考えられぬことです」
「ハッ、それだけ兵が不足してるってことだろ、涙ぐましい努力だねえ」
「だと良いのですが…若様、念のため次の出陣はお控えください」
こいつはいつもこうだ。
せっかく気分が良かったところの諫言にツェーゼンは苛立って肘置きを殴る。腕が確かでなければ即処刑しているところだ。
無論、こんな最高の舞台を用意されて引き下がれるはずもない。
「あの人形姫が鎧まで着て出張ってんのに俺には城にすっこんでろってのか!?ああ!?ダイルマの威信に傷がつくだろうが!!」
「ですが…」
「黙れイズール!それ以上の口答えは許さんぞ!―――…ダンゲ!」
進み出たのはもう一人の重臣…黒髭に逆立った黒髪が特徴的な巨漢。
名をダンゲ=ディフォン、イズールとは甥にあたる。七つ国攻略戦で数々の武功を打ち立てたダイルマ公国きっての猛将と名高い。
「は!ここに!」
「ヨルトミアの兵はどれくらいだ」
「私見ではありますが…集めに集めて二千ほどでありましょうな」
その数字にツェーゼンは小馬鹿にして鼻を鳴らす。
カスのような数字だ。ダイルマは全戦力を総動員すれば十万はくだらないというのに…
「こちらは二万の兵を用意しろ!」
十倍、それくらいが妥当なラインだとツェーゼンは判断した。
他の地方からの侵略に備えるのもあるが…何よりそれ以上の戦力で攻めれば“早く潰れすぎてしまう”。
じっくりたっぷりと絶望を味わわせてからひん剥いて領民の眼前であの女どもを兵たちに凌辱させる…想像するだけでもたまらない。
イズールが物憂げに溜息を吐いたがもはやその姿は眼中にない。
「十日だ!十日でヨルトミアに攻め込む!わかったな貴様ら!」
◇
「七日じゃ!七日でこの砦を大改造するぞ!」
ユキムラちゃんがそう宣言してから領民総動員の大工事が始まった。
騎士、兵士、神官、農夫、猟師、元山賊…全員が全員泥に塗れてライヒ砦周辺の土を掘り起こし、柵を組み、石を積む。
ユキムラちゃん曰くこの砦は立地は素晴らしいものの作りが甘く、数で攻められた際の防衛が難しいのだという。
対してユキムラちゃんが描いた建築図の砦は…
「うーむ…城壁は低いし高い塔もない…砦にしては少々平たすぎないか…?」
「こんな砦今まで見たことねえぞ…こんなもん作って大丈夫なんだろうな…」
ロミリア様とヴェマが図を見ながら揃って首を捻っている。
確かにかなり不安になる形の造形だ。少なくとも砦と言われて連想する形からはかけ離れている。
丘の上の平べったい要塞は低い城壁で幾重にも囲まれ段々畑のようになっている。高さよりも広さを重視した形だ。
だが広いということはその分敵も入り込みやすいということで…
軍配を振るって工事指揮を取っていたユキムラちゃんは呵々と笑い、自信満々に答えた。
「こいつはわしが考え得る限り最強の防衛拠点の形じゃ!シア殿風に言うならイカイのエイチってやつじゃな!」
「いささか想像していた異界の叡智とは違いますが…もう今更ですので疑わないことにします」
治癒魔法と食料補給で工事を支援していたシア様が諦めたように呟く。
おそらく彼女が想像していた“転生者”像とユキムラちゃんはかなりかけ離れているに違いない。
だがユキムラちゃんはここまですべてヨルトミアを導いてきた。それはここまでは結果を出し続けている。
もはやこの乗りかかった船を誰も降りようとはしないだろう…もちろん俺も降りる気は一切ない。
そうした会話をしているところ偵察に出ていたリカチが戻ってきた。
「ユキムラさん、言われた通りこの付近の川を調べてきたけど…」
「おお、ご苦労じゃったリカチ殿!して、結果は?」
「確かに街道を南北に横断する川は流れていたけど…これが一体何になるんだい?」
「そうか、やはり流れておったか…くっくっ、良いぞ…やはりこの砦、地の利に恵まれまくっておるわ…」
リカチの問いかけも耳に入らないほど集中したユキムラちゃんは地図に思いきり顔を近づけ何事かを書き込んでいく。
答えが得られそうにないリカチは軽く呆れたように肩をすくめてそれ以上は問わなかった。
そっけないようだが策に関しては全て任せるといった彼女なりの信頼だろう。
ダイルマの大軍勢が攻めてくるまであと一週間と少しとユキムラちゃんは推測を立てた。
それまでに俺たちはやれることをやって万全の状態で迎え撃つまでだ。ここまで来ると恐怖や焦りといった感情とは無縁になる。
最も、俺にできることと言えば一般兵として精一杯戦うだけなのだが…―――
「サスケよ…此度の戦、お前には重要な役割がある…お前次第で戦の勝敗を分かつ非常に重要な役割じゃ」
―――…はい?今何と?
「き、聞き間違いッスかね…今とんでもないことが聞こえたような気が…」
「二度は言わん、これはわしが最も信頼できるお前にしか任せられんことじゃ」
心臓が早鐘のように鳴り始める。
こんな風に期待をかけられるのは生まれて初めてだ…というか俺にとってはあまりに重すぎる期待だ。
無縁になったはずの恐怖と焦りが突然ドッとぶり返してくる。
「じ、人選ミスじゃないスかね…俺に一体何ができると…」
「くどいぞ!男ならこの千載一遇の好機に喜んで武功を立てて来い!」
「そう言われましても!」
そもそも信頼すると言われても俺は今までユキムラちゃんの配下として連れ回されただけであって基本的には傍観者だった。
剣の腕は相変わらずヘッポコだし、忍術鍛錬で基礎体力とちょっとした技術は身についたがただそれだけだ。
ロミリア様やヴェマのように敵陣深く切り込んで首級を挙げまくるなどといった真似は到底不可能。
リカチのように弓が得意なわけでもなければ、シア様のように魔術が使えるはずもない。
そんな何の取柄もない一般兵に大事な局面を任せるとは一体どういう了見なのだろうか…
不安が思いきり顔に出ていたのか、ユキムラちゃんは呆れたように俺の尻をぱしんと叩いた。
「自信を持たぬか馬鹿者、お前がただの無能であればわしはここまで連れ回したりせぬわ」
「………」
「これより対ダイルマの軍議を行う、そこでお前の役割を説明する故…心しておけ」
思わず気が遠くなる俺を置いてユキムラちゃんはすたすたと歩き去っていった。
嗚呼…コルカ村のお袋、天国の親父…俺はとんでもないとこまで来ちまったみたいです…
見上げる空は憎たらしくなるほど蒼く鳶が時折高く嘶く…一大決戦が間近に迫っているとは思えないのどかさだ。
しかし時は残酷にも流れ…十日後、運命の朝がやってきたのであった。
【続く】




