第九十九話 決死の南部連合!の巻
「一兵たりとも逃すな!ここで壊滅せしめよ!」
十六神将、大久保忠世・忠佐兄弟が追うは先鋒隊に強襲を仕掛けた三騎が一人、イエヒサ隊。
織田信長をして膏薬のごとしと言わしめた粘り強い攻めで撤退する敵軍に食らいつき、徐々に…しかし確実にその兵力を削っていく。
対してイエヒサ隊は柄にもよらず防戦一方…転回して迎え撃てば不利と見たか、ひたすら南方への転進に専念する。
否、専念している…と言えば少々語弊があるか。
「セキテ武者をナメるなよ、東部のモヤシどもがァ!!」
「泣こよかひっ飛べィ!チェストォーーーッ!!」
捨て奸。
イエヒサ隊から剥がれるようにして転回した数名のセキテ兵が追撃部隊を待ち構え、銃撃の後に槍を手に特攻していく。
当然、数名では追撃部隊に敵うはずもない。最初から命を捨てるつもりの捨て石行動だ。
だが例え数名でも死兵となった者は恐ろしい。自分が死ぬまでに何人道連れにできるか…そんな我武者羅な行動を取るからだ。
猿叫を上げながら特攻するセキテ兵たちは怯える徳川兵たちを蹴散らしながらその後方、十六神将たちを狙って襲い掛かった。
しかし、大久保兄弟が迎撃するよりも早く彼らの首級と鮮血が宙を舞う。
「…島津め…この世界の兵たちをもこのように洗脳するなど…まこと唾棄すべき存在よ」
セキテ兵数名を一刀にして斬り伏せた徳川四天王が一人、酒井忠次は不快そうに刃の血を拭う。
前世の薩摩武士もこのように死を恐れない武者たちだった…それはそれで見事、しかしこの世界の民もそう在る必要はどこにもない。
最優先の標的は真田ではあるが島津…あれも生かしておけば必ずやこの世界に新しく布かれる徳川政権に仇なすことになるであろう。
「忠世、忠佐、奴らを絶対に逃すな…捨て石となる兵どもを全て削ぎ落し必ずや仕留めるのだ」
「「承知!!」」
兵を率いて再度果敢にイエヒサ隊への攻撃を再開する大久保兄弟を見つつ、酒井は後方を見遣った。
身の丈の倍はあろうかという大長弓を背負ったもう一人…徳川十六神将、内藤正成へと向けて呼びかける。
「正成、神権を使え」
「…よいのか?真田を射るまで隠しておく算段では…」
「構わん、島津だけはここで仕留めておかねば後々の禍となろう」
「…承知した、では…」
内藤は足を止め、常人には引くことすら難しい剛弓に矢を番えて引き絞る。
前世では武田軍からも恐れられたほどの強弓の使い手…彼の武勇は神権によって増幅され、超常現象じみた破壊力をもたらす。
引き絞られた矢は次第に淡く白い光を放ち始め、やがて内藤の狙いと共に天高く解き放たれた。
光る矢は風を切って飛翔…イエヒサ隊の頭上を飛び越え、その前方へと突き刺さり…
「―――…まずか!全軍防御じゃあ!」
矢の光が瞬間的に増幅され、炸裂した。
◇
「ゲホッ…」
イエヒサは吹き飛ばされて地に伏したまま咳き込み、即座に状況判断を行う。
腕も脚もまだ両方とも健在…臓腑にはそこそこの痛みを感じるが、核となる魂器の無事もまた感じられる。
防御命令が間に合ったかは微妙な所だ。同じように吹き飛ばされた兵士たちがあちこちに見られるが壊滅はしてはいまい。
そして敵の攻撃の正体…あれが神権というやつだろう。ある程度こういった超常の力を使われることは予想していた。
「と、頭領…御無事ですかい?」
起き上がったイエヒサはよろめきながら近づいてきた副隊長ダゴナーの顔を見、次いで腹部のドス黒い染みを見る。
一目で分かる致命傷だ…こうして動いているのも半分以上気力によるものだろう。
「ダゴナー…おはんはもうやっせんか?」
「おそらくは長くは持ちません…ですが奴らに一泡吹かせるくらいの力は残ってますぜ…」
口の端に血の泡を吐きながらも不敵に笑うダゴナーに対し、イエヒサもにやりと笑って返した。
良き武者だ。出会った当初はどうしようもないチンピラの海賊だったがよくもまぁここまで立派に育ってくれた。
そしてそれはこの退却道中で散っていった多くのセキテ兵たちも同じ…前世の薩摩武士たちに勝るとも劣らずの奮戦ぶり。
ああも見せられたならばそろそろ応えなくてはなるまい…
「そろそろ観念せよ…これ以上島津の戦に付き合わせて異世界の民の命を散らすな」
先の攻撃で完全に足が止まったイエヒサ隊に追撃部隊が追いつき、先頭に立った酒井が宣告する。
イエヒサは気だるそうに立ち上がりながらも大刀を担ぎ上げながら鼻を鳴らす。
「それを三河武士のおはんが言うか…薩摩武士は世界が変わってん薩摩武士じゃ!」
「いいや違う、いくら洗脳しようとこの世界の民は弱い…我ら“転生者”が庇護せねばならんのだ」
「…なんじゃと?」
その言葉にイエヒサとダゴナーは思わず顔を見合わせた。
おそらく酒井は…否、徳川はこの世界に来てまだ日が浅い…だからこそ分かっていないのだ、この世界の民の強さを。
庇護すべき対象などととんでもない、そんなつまらない物だったならば真田もヨルトミアもここまで到達するはずがない。
鼻で笑い、獰猛に牙を剥くイエヒサ隊の兵たちに酒井は心底軽蔑した視線を向ける。
「わからんようだな…ならば貴様らはここで死ね、これから来たる徳川の世に貴様らのような存在は不要だ」
イエヒサは口の中に入った砂利交じりの血を吐き捨て、大刀を構えながら言葉を返す。
「はん!そんなもんは永遠に来んし、死ぬのはおはんじゃ!―――行くぞ、皆ァ!」
「「応!!」」
号令と共に満身創痍のイエヒサ隊が突撃を開始、二の太刀要らずのタイ捨流にて次々と打ちかかっていく。
なんと愚かな…酒井は不快そうに顔を顰めた。今更転回して迎撃したところで既に敵は壊滅寸前…悪あがきにすらならない。
ここは一気に神権を発動して全滅させ、早々に南方本隊…タイクーン軍へと攻撃を仕掛けるべき…
そこまで考えて酒井は強い違和感に襲われる。
「チェストォォォッ!!」
「くっ…!」
イエヒサの大刀を躱しながら酒井は高速で思考を巡らせる。
何故島津はここまで逃げて突然転回した?まるで逃げる必要がなくなったと言わんばかりに…
そしてよく見れば周囲の地形…すり鉢状に深く沈みこんだ低地だ、今立つ中心部からは周囲の地形が高さによって死角となる。
仮に周囲に伏兵がいたとすればこの位置からでは窺い知ることはできない。
これは、まさか…―――
「ッ…まさか…!」
「気付いたようじゃな…島津の十八番、『釣り野伏せ』…とっと味わいたもんせ!」
イエヒサが言うが早いか、死角となっていた周辺高台に多数の旗印が上がった。
描かれるは一文字三つ星の毛利紋、そして藤巴の黒田紋…どちらも《皇帝の剣》に属する軍だ。
酒井は察する…イエヒサは追撃部隊を振り切り、本隊に合流するつもりで撤退していたのではない。
言うなれば自らをも捨て石にした“捨て奸”。先に脱落した兵たちと同様、死ぬ気で追撃部隊をこの地形に誘い込んだのだ!
「貴様…正気か!?」
「ハッ!正気では島津の戦はつとまらん!―――撃てぇ!テルモトどん!クロカンどん!」
一瞬の間…
一瞬だけ戸惑うような間の後、すり鉢地形に誘い込まれた追撃部隊にイエヒサ隊諸共四方から砲火が撃ち込まれた。
◇
「イ、イエヒサ殿…貴方って人は…!」
一斉砲火の前に血と砂が入り混じった煙が上がる中、高所に陣取ったテルモトは顔をくしゃりと歪めて拳を震わせる。
命を捨てて成した策だ…当初はこんな捨て身の策となる予定ではなかった。それほどまでに徳川軍、そして神権が想定外の強さだった。
いくら“転生者”と言えども敵部隊ごと四方八方から一斉砲火を受けては無事ではいられまい…
海賊連合時代からの付き合いの将の無残な姿を見るに堪えずテルモトが顔を背ける中、カンベエはぎょろ目で煙の中を凝視し続ける。
そして無情にも攻撃続行の采配を振った。
「…続けよ…組射ちにて隙を作るな…淀みなく撃ち込み続け、悉く鏖殺するのだ…」
「カ、カンベエ殿!?」
「あの中にはイエヒサ殿がいるのですよ!?」
仲間をも巻き込んだ砲火だというのに一切容赦のない命令にテルモト、そして黒獅子兜の女騎士が思わず止めに入る。
この第三軍にてタイクーンの影武者となっているのは王都七騎士のトウカ。何事も卒なくこなす器用さを買われた形である。
二人に対し、カンベエはじろりと陰気な視線を向ける。
「…だからこそ…イエヒサ殿が命を捨ててまで作ったこの機を無駄にするわけにはいかぬ…」
神権の破壊力は先の内藤の一射にて思い知ったばかりだ。あれを発動されてから対処する方法はそう多くはない。
故に最大の対策は発動される前に十六神将を仕留める事…耐久能力は他の“転生者”と変わらないことは剣神が実証済みだ。
その最大の機会をイエヒサがこうして作ってくれた。それに報いるのは中途半端な仏心よりも確かな戦果である。
カンベエの暗い色の瞳、その奥に隠された使命感の炎をテルモトとトウカの二人は感じ取った。
「…十六神将…特に四天王、酒井忠次はここで必ず倒す…お二方、気を引き締められよ…」
「「了解…!!」」
間隙なく撃ち込まれる砲火がもうもうと煙を上げる…果たしてイエヒサ隊は、そして徳川軍の安否は如何に…!
【続く】




