⑱夜を染める花火は特別な夏
上田君と清水さんは同じ高校の元クラスメイト同士。大学一年の夏休み、仲の良かったグループのメンバーが花火大会をするために集まった。じゃんけんに負けた二人は買い出し係に選ばれて、コンビニの帰り道に……。
「ねえ、上田君。重いでしょう? 私も持つわ」
「いいよ、平気だよ。それに、清水さんも荷物持ってるじゃん」
「上田君は重いペットボトル何本も提げてるのに、私はポテチとか軽いものばかりじゃない」
「俺は男だからね、いいのいいの」
コンビニを出た後、そんな会話を交わしながら、傍らを歩く清水さんの横顔を俺はそっと盗み見る。
可愛いよなあ。
緩くウェーブのかかったミディアムヘアは後ろで一つに括っているだけなのに、それが何気に様になっている。膝上のカーキ色のハーフパンツから細長い足がすっと伸びていて、シンプルなロゴ入りの白いTシャツさえ彼女が着るとスタイリッシュだ。
「清水さんは大学どう?」
「うん。友達もできたし、オンライン授業も慣れたわよ」
「オンラインは味気ないよなあ。大学入った気がしないよ」
「まあね。だから今日、みんな集まったんじゃない」
「そうだな。卒業式以来だよな」
清水さんと俺は高校三年生の時のクラスメイト同士。
大学は違うけど仲の良かったグループのメンバーが、みんな夏休みに入った今夜、近場の海で花火大会をしようと集まった。
その中で、じゃんけんに負けた俺と清水さんは食いもんの調達係として一緒にコンビニの買い出しに行ったのだ。
「くじ運悪いね」なんて清水さんは苦笑したが、俺は内心、思わずガッツポーズを決めていた。
清水さんと二人きりになれるなんて、思ってもみないこれはチャンスだ。
「それにしても今日もあっついなあ」
「でも、夏の夕暮れって綺麗よね。ほら、海の向こう。陽が沈みかけてる」
清水さんの言葉に海辺の水平線に目をやる。
大きな太陽が今、まさに沈もうとしている。
雲のない西の空には夕焼けの名残の赤さが残る黄昏時。空はまだ青いが、水平線上は綺麗なオレンジ色に染まっている。
「ねえ、清水さん。入り江の方から回っていこうよ」
「え? 遠回りにならない? みんな待ってるわよ」
「すぐそこだし。ちょっとくらい遅くなったってわかりゃしないよ」
「そうね。あの入り江、静かで落ち着けるから私も好き」
そうやって、俺たちは少し遠回りして入り江の方に回った。
なんかドキドキする。
こんな抜け駆け、みんなが知ったら、俺、袋叩きだな。
清水さんは自覚がないようだけど、彼女は高校時代、男女問わず人気が高かった。
野郎共の密かな女子人気投票は断トツナンバーワン。
当然、彼女には頭が良くてイケメンの彼氏がいた。
そいつは東京の有名私大に進学して、彼女は地元に残ったけど、その後二人がどうなったのか俺は知らない。
今でも遠距離でつきあっているんだろうか……。
いつの間にか日は沈みかけ、辺りは暗くなってきている。
夏の夜の海辺はロマンティックで、かえって俺はどうしていいかわからない。
「高三の時のあの体育祭、覚えてる?」
「ああ、あれ盛り上がったわよね! 私、チアガールやってすごく楽しかったあ」
それでも高校時代の想い出話に華を咲かせ、俺たちは他愛ない話に興じている。
思った以上に清水さんは楽しそうだ。
笑った時にできる片えくぼが抜群に可愛い。
久しぶりに見る彼女の笑顔に俺は有頂天だ。
しかし、そんな至福の時間はあっという間だった。
遠くで仲間達がはしゃぐ声が段々と近づいてくる。
「清水さん」
「何?」
俺の隣で、斜め下から俺を見上げるその大きな瞳に俺は釘付けになる。
可愛い……もはやそれしか考えられない。
俺は一世一代の覚悟を決めた。
「ずっと好きだったんだ。……君のこと」
瞬間、彼女の動きがフリーズした。
「もし、今、フリーなら俺とつき合って欲しい」
俺は、彼女の大きな瞳を真摯に見つめて言った。
「上田君……」
彼女は思わず俯き、黙ったまま足下を見ている。
やっぱりダメか……。
そう思ったその時だった。
ヒューン……と音がしてバチバチバチ!!と大きな音が辺りに響いた。
宙へ向かってロケット花火が次々と飛んでゆく。
みんなが待ちきれなくて花火を始めたみたいだ。
オレンジ色の弾道を描き、夏の夜の辺りを明るく染める。
その真夏の夜の情景に視線を奪われていると
「おーい! 上田! 遅いぞ、お前らー」
もうそこまで仲間の呼ぶ声が聞こえてきた。
「ダメかな、やっぱり……」
俺はぽつりと問うた。
気分は絶望的だった。
「……そんなことない。嬉しい……。上田君」
「え?!」
俯いていたはずの彼女が顔を上げ、その頬はうっすら赤らんでいる。
「行こ。上田君、みんな待ってる」
そう言うと、清水さんは右手に持っていたコンビニのレジ袋を左手に持ち替えて、俺の左手をそっと握った。
蒸し暑い夏の夜。
肌にまとわりつく空気。じっとり汗ばんだ掌。
でも、俺の隣には『彼女』がいる。
暗い夜空に向けて放たれるロケット花火が、辺りを明るく彩っている。
今年の夏はきっと特別な夏になる──────
そんな予感を感じながら、彼女のすべすべとした感触の右手をぎゅっと握り締めた。




