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7 驚愕リリアン


「アンタどうやって出てきたわけ!?」

「あ! リリアンちゃんだわっひょーいぶちゅ!」


 リリアンの怒声に、暴走モップになっていたアニタはやっと停止した。

 床も壁も天井も気にせず螺旋を描いて船内をトルネード走行していたアニタは、声を掛けられて天井の位置で足を止め、重力に従い落下した。


 今の今まで遠心力を味方に付けて重力など知らんと言わんばかりに船内を蹂躙していたというのに、今更重力に気付いて床にべちょっと潰れた。

 ぶちゅ、と床に熱烈に口付けたのが聞こえる。

 床はモップがけの影響で濡れていた。あれだけ擦っていたのに、アニタの持つモップはまだ水気を保っている。


「はれれれれぇ…なんだかお目々がぐるぐるするのだわぁ…?」

「そりゃあんだけ回っていればそうなるでしょうよ!」


 アニタは床に突っ伏したまま、不思議そうにぐらぐら頭を揺らした。

 法則を無視した動きの弊害が出ている。

 毒気の抜かれる言動だが、油断はできない。この少女は鉄格子の付いた部屋に、簀巻きのまま転がしていたはずなのだ。

 なにより。


「アンタ何してんの!?」

「お掃除!」

「落書きの間違いじゃない!?」


 リリアンがそう怒鳴ったのも無理はない。


 何故ならアニタの通った場所は分かりやすく、オレンジ色に染まっていた。

 狭い通路は横向きの竜巻が通ったように、螺旋状に汚れている。


 どうしてこうなった。


「ここの壁って全部同じだから、違う色にしたら楽しいと思って」

「アンタ掃除舐めてんの!?」

「船長違う。そうじゃない」

「ダメだ怒りで我を忘れている」

「船長綺麗好きだからな~」


 善意しかありませんと笑顔のアニタは、本当に怒られている理由がわからず首を傾げた。

 もぞもぞと身を起こし、勢いよく落下したにもかかわらずどこも痛めていない様子だ。とても元気にぬるぬる体操を始めている。


 なんでだ。


「アニタ! 何してるんだアニタ! …せ、船長…!」


 そこにフォンテが追いついた。

 青い顔をしたフォンテは、奇っ怪な体操をしているアニタと頭を抱えるリリアン。どうしたものかと顔を見合わせている三人の男達を見て、更に顔色を悪くした。


 ギラリとリリアンの菫色の瞳が光る。


「フォンテェ!」

「はいっ」


 鋭い怒声に、フォンテの背筋が伸びる。

 リリアンを挟んだ対面で、アニタも同じく背筋を伸ばした。何故か両手も上げている。


「アンタがこの子を解放したわけ!? なんのつもりでぇ!?」

「ち、違います! 俺が気付いたときにはもう飛び出していて…!」

「そうよ違うわ! 自分でかいほーされたのだわ!」

「簀巻きの状態から自分でぇ!?」

「頑張ったわ!」


 アニタが幼く薄い胸を張る。両の手は万歳と上げられたままだ。

 誇らしげにしているが、手足を拘束されている簀巻き状態で自ら縄抜けなど、普通はできない。

 第三者の手を借りなければ、簀巻きの状態からはまず解放される事も、あの鉄格子を抜ける事もできない。

 だというのに笑顔満点で見上げてくるアニタに、リリアンは痛む頭を抑えて深呼吸をした。


(ヒステリーはダメよ。冷静になりなさい)


 自分にしっかり言い聞かせて深呼吸をして、リリアンは不可解な言動の小さな生き物を見下ろした。


「で、どうやってあそこから出たの」

「えいって出たよ?」

「えいっ?」

「えいってしたの」


 えいっとは?


「…嘘デショ…」


 発言の意味が分らず、実際に現場を確認しにいった結果。

 アニタを閉じ込めていた部屋の鉄格子が大きく歪んで子供一人が余裕で出入りできる隙間ができていた。



えいっ。

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