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40 冒険アニタ!


 今のアニタより小さいが、オオトカゲは船より大きい。

 海に落ちたオオトカゲの飛沫が上がる。飛沫は高波となったが、アニタの胴体に乗っている船に影響はなかった。


『うっかりなのだわ、どーしましょ! お姉ちゃんに怒られちゃうのだわ!』


 ぬるぬると身悶えるアニタ。なんとなく見覚えのある動きは、少女のアニタが時々する動きだった。揺れる身体が起こす波は、一番近い港に多大な影響を与えている。


『あ、秘密にして貰えばいいのだわ! 秘密ね! 約束よ!』


 なんとなく、アニタがお茶目に笑うのがわかった。

 しかし巨大な蛇の状態での台詞は『秘密にしろ。さもなくば喰う』とでも言いそうだった。

 見張り台…より高いアニタの胴体に乗った状態で遠くを見ていたリリアンは、小さな子供のように真っさらな目をしていた。おそろしくて直視できないフォンテは、ニコニコしているように見えるアニタを見上げていた。本当なら、アニタこそが恐ろしい生き物のはずなのに、フォンテはアニタを見上げ続けた。

 モンスターのような見た目だが内側は赤子のように無垢で、言葉は通じるのに常識が違う。身動ぎ一つで災害を起こし、響く悲鳴もそよ風のように受け流す。


 奴隷を見ても、悲観しないわけだ。

 彼女にとっては奴隷も、船員も、きっとフォンテとリリアンにも差はない。


 目の前にいるのに現実味のないアニタ。

 フォンテは自分が立っているのか座っているのか、落ちているのか浮いているのかわからなくなった。

 轟音も、悲鳴も、全く気にせずそこに在る、人とは生きる視点の違う存在。


 ――国が、国境を越えて探すわけだ。


『えへえへ、秘密の共有はお友達の仲を深めるって本に書いてあったのだわ。これでアニタ達はとっても仲良し…まぶだち、なのだわ!』

(あ、)


 一際大きくアニタがうねる。フォンテはハッと顔を上げた。

 より高い波がヴォルティチェ国を襲った。


「――っ」


 目を逸らすフォンテと、じっと見詰め続けるリリアン。船員たちも身を乗り出して、波の行方を追っていた。


「人外に頼った結果、人外によって大打撃なんて…あっけないものね」


 小さく溢れたリリアンの声は、どことなく茫洋としていた。現実と直視し続けたからこそ、人外の脅威に脅かされ続けたからこそ、アニタの意図せぬ動作で起きた災害に、思う所があるのだろう。

 静かな沈黙が、船を支配する。


 しかし、アニタに彼らの情緒が察せる訳もなく。


『よーし、まぶだちの次はまじだちよ! レベルアップのためにも次の国へ行きましょう!』

「なんで!?」


 マブダチの次がマジダチは違うというか同じ意味だしそんな言葉は存在しない。少なくともフォンテは聞いたことがない。

 というか言いながら、アニタは巨体をくねらせた。そのまま海に突っ込んで、沖合へと泳ぎ出す。振り落とされそうになった船は慌ててアニタの胴にしがみ付いた。まさか船に手足があって助かるとは思わなかった。


『どっちが良いかしら。お日様が沈む方登る方? それとも暑い方寒い方? あっちこっちどっちこっちそっち?』

「ちょっとちょっと!? アタシ達までどこへつれて行く気!? 冒険なら一人でしなさいよ!」

『照れないで~! まぶだちになったからには一緒に冒険できるわ~!』

「そうだわこいつ心身共に怪物だった!」


 やりとりをしたフォンテだけでなく、その場にいた全員が含まれているらしい。アニタは器用に波間を進む。むしろ波を作る勢いで進んだ。


「とにかく降ろしなさい、マジで死ぬ! これは落ちたら死ぬわ! 逃走劇も相当だったけれど、こっちも激ヤバよ!」

『落とさないわ! お姉ちゃんもよくアニタの背中でおねんねしていたけれど、落っことしたことないもの!』

「それ気絶したでしょ!!」


 伝え聞いた姉の印象から、アニタの背中で眠れるほど豪胆には思えない。絶対に気絶している。彼らの中で、会ったことのない姉への同情票ばかりが増えていた。


『アニタ今おっきいから、皆纏めて運べるのだわ! このまま皆一緒に大冒険しましょ!』

「だから、する気はないって…」

『そんなこと言わないで! 素直になるのだわ』

「素直に嫌がってんのよマジで!」

『でも皆、冒険大好きでしょ!』


 アニタの断言に、リリアンは口を噤んだ。

 振り落とされないよう船にしがみ付くフォンテも、船が振り落とされないように操作する船員達も思わず悲鳴を呑み込んだ。


『アニタにだってわかるわ! アニタのお話、いつも楽しそうに聞いていたじゃない!』


 ――男はいつだって、冒険に憧れる生き物である。

 少年の心を忘れることができず、好奇心で身を滅ぼす蛮勇を愛している。

 とても主語が大きいが、少年だった頃の夢は、大人になっても忘れられない。


『一緒に行きましょう!』


 一面の雪景色。昼夜で寒暖差のある砂漠。どこまでも続く地平線。絶景の滝に、聳え立つ山。

 謳うようなアニタの声に、その昔膝を抱えて諦めた夢物語が顔を上げる。

 正直アニタの姿は恐怖で脅威だが、全くの害意のない中身アニタだとわかれば興味しかない。巨大生物っていいよね。


『さあ、いざ出発冒険へ!』

「聞いたからには答えを聞くまで待ちなさいよ!?」

「待ってアニタ待って…わぁ――――っ!!」


 アニタは待てない。「待て」ができない。蛇なので。


 巨大な蛇は胴体に船を乗せたまま、荒波のように身をくねらせて海を進む。海底に腹が着いているのか、泳いでいるのかわからないが這うように、かなりのスピードで進む。

 波とは違う揺れに、放り出されたら転覆間違いなしの危機的状態に、悪党達は甲高い悲鳴を上げた。

 彼らの悲鳴も、遠い港の混乱も、姉が上げているだろう遠くからの悲鳴を全く気にせずに、アニタは元気いっぱいお空に叫んだ。


『アニタたちの冒険は、まだまだこれからなのだわ――っ!』


 少女アニタの次の冒険をお楽しみに――――!


 少女の楽しそうな声と男達の悲鳴が、激しい波の飛沫に消えた。


アニタさんそれ打ち切りの台詞――――!!


ちなみに初期設定だとフォンテがいなくて、リリアンとアニタのデコボココンビの予定でした。

名残が拭いきれず、この奴隷船、元高貴な奴隷商人の集まり…になりました。フォンテの弱さや葛藤は旅の途中でなんやかんやいい感じに吹っ切れる予定ですが、一旦ここで打ちきりです。序章で打ち切り。


ここまでお付き合い頂きありがとうございました!

慈悲として評価、リアクションして頂けると大変嬉しいです。慈悲!

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― 新着の感想 ―
大地の民なのに海でも平気なのがやばい… あとアニタ、平気で迷子になれるけど海進んで大丈夫かな?変な方向行かないかな? 明日はどっちだ
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