31 仲間アニタ
意気揚々と進んでいたアニタが振り返り、立ち止まっているフォンテに早く来いという。
言いたいことがあったのに、それ以上に言っておかねばならないことがありそうだ。
「あの…アニタ?」
「どうしたの? はやくはやくっ」
「いや、その…」
うろ、と彷徨わせた視線の先で、リリアンと三人衆が何かを察した顔をしていた。実に達観した顔をしている。
ひく、と口元を引きつらせながら、フォンテは緩く首を振った。
「俺、アニタと行かない、よ?」
「えー!?」
本気でびっくりしたと飛び上がるアニタに、思わず脱力する。
アニタは本気で、フォンテが一緒に来ると思っていた。
いつの間にかこの少女は、フォンテを冒険の仲間だと思っていたのだ。
びっくりしたアニタはぐるっと甲板にいるリリアンを見上げてみょんみょん揺れた。
「じゃあリリアンちゃんは!? 来るよね!?」
「行かねぇわよ」
「なんでぇ!?」
「次の国までってお約束だったでしょうが」
仲間になった覚えはない。ちょっと乗せてやっただけの関係だ。
呆れた顔をするリリアンに、アニタはなんでなんでと大慌てだ。進んだ分戻って来てフォンテの周りをくるくる回っている。回っているアニタより、フォンテの方が目が回りそうだ。
「最後の挨拶ないなと思ったらそういうことな」
「挨拶出来る子アニタちゃんが珍しいと思ったんだよな」
「お別れだと思ってなかったから挨拶なかったんだな」
三人衆は納得しているが、残念ながらここでお別れである。
あわあわと回っていたアニタは、納得いかないとリリアンを見上げた。
「リリアンちゃん冒険好きじゃない! てっきり一緒に冒険するって思っていたのだわ! だってリリアンちゃん冒険大好きじゃない! 大好きよね!」
「どこ情報よそれ」
「アニタ情報! リリアンちゃんのお部屋にたくさん冒険のお話あったのだわ! 大好きね!」
「………………なんっのことかしらねぇ知らねぇわ!?」
「あったのだわー!」
あったみたいだ。
いつの間に船長室に侵入したのか不明だが、方向音痴なアニタは目的地へ行くまでの間に船の隅々を練り歩いたので、恐らくそのときに何か見たのだろう。
具体的に言えば船長室の本棚。
「リリアン様冒険譚好きなんだな~」
「知らなかったな~」
「プライベートルームにあるのかもな~」
「お黙り!」
意気揚々と揶揄ってくる三人衆を蹴飛ばして、リリアンは煩わしそうにアニタを振り返った。
「とにかく! アタシ達はここまでよ。ちゃんと約束は果たしたんだから、さっさとアンタ好みの冒険にでも行きなさい」
しょんぼりと肩を落としたアニタは、潤んだ琥珀色の目でフォンテを見た。
「フォンテもアニタとこないの…?」
「行かない」
「お友達なのに…」
どうやらアニタにとってお友達とは、一緒に冒険をするものらしい。
確かに絵本だと気軽に友達が旅のお供になる。その感覚なら、フォンテは割と初期段階で旅の仲間だと思われていたらしい。
苦笑して、しょんぼり肩を落とすアニタを覗き込む。
「友達だったらずっと一緒ってわけじゃないし、俺はまだ、この船で頑張りたいから行かないよ」
「…しょっかー…」
しょんぼりしたアニタは思ったより大人しく、ごねることなくフォンテから離れた。
そのまま船を見上げて、そっぽを向いているリリアンと三人衆に頭を下げる。
「乗せてくれて、ありがとうございました。はじめてのお船、楽しかったのだわ。アンちゃんも鞄ありがとう。ドワちゃん虫眼鏡をありがとう。トロちゃんも飴玉をありがとう。大事にごっくんするのだわ」
「飲むな飲むな」
「飴は飲むな」
「最後まで不穏で怖いな~」
アニタはてててっと走って立ち止まり、振り返って大きく手を振る。
「冒険の先でまた会いましょうね~」
大きく手を振るアニタに、フォンテも大きく手を振り返した。
結局大事なことを言い忘れたことに気付いたのは、その小さな背中が見えなくなってからだった。
フォンテ、タイミングに見放されている。




