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29 感傷リリアン


(本当にどいつもこいつも、厄介な奴らばっかり)


 手摺りに肘を突いて頬杖を突く。階下にいたはずのアニタとフォンテがいつの間にか見張り台の上にいた。どういう経路で登ったのか知らないが、見張りの邪魔である。叱責しようとして、大喜びで望遠鏡を覗くアニタを見て楽しげに笑うフォンテに口を噤む。


 ――思えば、よく笑うようになった。


 リリアンに拾われて数ヶ月。つまり家族を亡くしてまだ数ヶ月。フォンテに落ちる陰りはまだ濃い。当然心からの笑顔など浮かぶことはなかったし、生きるのに必死で居場所を守ることしか考えられなかったはずだ。

 それが、アニタに振り回される形で、フォンテの陰りが薄まっている。

 単純にそれどころではないだけだろうが、ふとした瞬間浮かぶ笑顔は、生来の子供らしさが見え隠れしていた。


(アタシがとっくの昔になくした物だわ)


 リリアンがフォンテを拾ったのは、本当に偶然だった。気まぐれだった。

 拾ったからには最後までなんて、愛玩動物でもないのにそこまで面倒を見るつもりはない。ヴェレに語ったのはその場を凌ぐための適当な誤魔化しだ。

 フォンテ個人に思い入れがあるわけじゃない。才能を見出したわけでもない。

 ただ、全てを失ったと嘆く子供の無力さが…過去の自分を想起させただけ。


(そんな子供、奴隷にはたくさんいるってのにね)


 奴隷として船に乗っている子供と、船員として船に乗ったフォンテの違い。

 そんなのタイミングでしかない。

 あの日、リリアンと出会わなければ、フォンテは奴隷として扱われていた。


(たとえ昔の自分を見ているようだったとしても、あの子は別人。船員としての立場を与えても、その先はあの子が立ち回らないと意味がない…と思って放置していたのに、贔屓贔屓と煩いわね…アタシ、そんなに贔屓したかしら)


 見張り台から転がり落ちたアニタと悲鳴を上げるフォンテを見ながら首を傾げる。

 アニタはコロコロ転がって手摺りにぶつかり制止した。楽しかったのか高い笑い声が聞こえてくる。


 いや、怪我一つないってどういうこと?


 声に出して叫びたかったが、グッと我慢した。そんな身体が頑丈すぎるアニタだからこそ、関わりたくない。フォンテが追いつくより先に走り出して船内に入ってしまったが、関わりたくない。


「リリアンちゃんおはよー!」

「アンタ今船内に入ったでしょうが!」


 関わりたくないのに向こうから突撃してくるから避けられない。


 しかも背後からやって来たので、声を掛けられるまで気付けなかった。

 アニタはぬるっと現れるので、移動中の気配がとても希薄なのだ。

 ちなみにさっきまでいたヴェレはいつの間にか退散している。あの男は怪魚のつるりとした鱗が苦手なので、サメの怪魚をテイムしているアニタを避けていた。単純に、会話が成り立たないので関わりたくないだけでもある。リリアンもそうだ。


 フォンテ早くアニタを回収して。


「あのねあのねむこうに島が見えたのだわ! 次の停泊場所かしら!」

「アンタ何が見えているのよ」


 どれだけ目がよくても、まだ島影が見える距離ではない。アニタは身振り手振りで見えたと主張しているが、見えているなら別の何かだ。究明したくないタイプ。


「どんな場所かしら? リリアンちゃんは何回行ったことがある? お勧めのお食事はなぁに? 景色がいいのはどこかしら。団地妻っている? 特産品ってなぁに? 不思議生物はいるかしら。暑いの寒いの丁度いいの? 治安いいの悪いのどうなのかしら? ねえねえねえねえおちえておちえて!」

「煩い!」


 怒濤の質問に、リリアンは顔を顰めて耳を塞いだ。

 なんか変なの混じっているのはなんなのか。なんだ団地妻って。


「慌てなくても航路は順調よ。明日には港に着くから大人しくしていなさい」

「きゃー! 冒険の新しい舞台への第一歩なのだわー!」


 みょんみょん揺れて喜びを表現するアニタを眺め、嘆息する。

 とっても楽しみにしているようだが、次の国でこの娘は現実を見ることになるだろう。


(冒険なんて、絵本みたいに楽しいことばかりじゃないのよ)


 そして奴隷船は次の日の午後、ヴォルティチェ国に入港した。



今のところ常に無傷なアニタ。

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