26 駄々アニタ
大の字に転がって両手足をばたつかせ、全力でヤダヤダと主張する。
片手に満たない年齢の子供が親にするアレ。
フォンテの年齢になると途端に理性と羞恥心でできなくなる駄々を、アニタは全力でコネた。
「ば、や、やめろやめろ恥ずかしい! 見ているこっちが恥ずかしい!」
手足の短い子供がするなら微笑ましいが、すっかり手足の伸びた子供がするのは痛々しい。見知らぬ相手ならともかく、見知った相手では尚更だ。
「やだやだやだぁ~~! お友達! お友達!」
しかしアニタにそんな羞恥心は皆無。ジタバタと全力で不満を訴える。
フォンテは慌てて前のめりになり、アニタを取り押さえにかかった。
わかっていたが力が強い。手も足も出なかった。
「わかったお友達な! わかったからそれやめろ!」
「にぎううぅぅううう~~!」
「どこから出てるんだその呻き声っ」
暴れるのをやめて唸りだしたアニタを膝立ちになってなんとか止めたフォンテ。その腕に、アニタの両腕が絡んでくる。
身を丸め全身でフォンテの腕に絡まるアニタは、再びぷくーっと頬を膨らませた。
「フォンテはドラゴン嫌いでも、アニタを嫌いになっちゃダメなのだわっ」
「横暴だ…」
「お友達嫌いにならないで!」
ぷん! と怒鳴ったアニタは、ぎゅっとフォンテの腕にしがみ付く。
アニタの丸い頭を見下ろして、フォンテはどうしたらいいかわからなくなった。
――思っていた以上に、アニタがフォンテに懐いている。
自由奔放に振り回し、他人の感情など慮らないアニタだが、好かれたいという思いはあったらしい。
思えばアニタはいつも笑顔だった。
アレは冒険が楽しい気持ちもあったが、フォンテと一緒にいるのも楽しかったのかもしれない。
(…アニタが、俺にドラゴンが嫌いでもいいって言うとは思わなかった)
アニタのことだから、ドラゴンは悪くないとかドラゴンは格好いいとか、好きになってと趣味を押しつけてくる気がしていた。
色々お構いなしなアニタだから、思想の押しつけとか強要とか、普通にしてくると思っていた。失礼ながら、日頃の行いだ。
しかしアニタは、無理にフォンテの考えをねじ曲げようとしなかった。
ただ、お友達でいろと、そこだけは強要してくる。
アニタが憧れているものは、否定してもいいからと…。
(…くそ、なんだそれ)
頬を膨らませてぷんぷんしているアニタを見下ろしながら、フォンテは自分が情けなくてしょうがなかった。
だって、そんなの。
(切れて暴言吐いて逃げ出した俺の方がガキじゃないか…!)
好き嫌いは難しい。
個人で違うし、趣味が違えば許容できないし、否定して叩き潰したくなる。
自分と違う価値観の相手を叩きのめして、自分の価値観が正しいのだと主張したくなる。
フォンテにとって仇を嫌う理由は正当なものだ。悲劇が起きたのだから、その原因を嫌って当然だ。原因を擁護するような奴らは敵だ。たとえ関わりがなくても、夢を見ているだけだとしても、現況を褒めるような奴は敵なのだ。
仇に対する褒め言葉は、あの悲劇を許してやれよと言われている気がして、とても気分が悪かった。
ヤだと訴えられたときは、フォンテが憧れを否定するから嫌なのだと思った。
だけどアニタが嫌がっていたのは、フォンテが友達でなくなることだった。
フォンテが持てなかった大人の寛大さを、アニタは当たり前のように持っていた。
(くそ…かっこ悪い…)
わかっている。フォンテの怒りは八つ当たりだ。
事情を知らないのだから仕方がない。嫌だったなら嫌だと主張すればよかった。それをしないで相手を責めるのは、八つ当たりでしかない。
わかっていてもできないフォンテは、アニタに寛大さで負けている。
どこまでも、年下の女の子に振り回されていた。
「…わかったよ…」
力尽きたフォンテは床に座り込んだ。
「ドラゴンは嫌いだけど、アニタは嫌いじゃない、よ…」
悔しげに呻いたフォンテは、プンプンしているアニタに敗北宣言した。
途端に、ぱあっとアニタの表情が輝く。
「アニタ、お友達!?」
「お、おともだち」
「ちゃー!」
アニタは大喜びで座り込んだフォンテの膝に乗り上がり、フォンテに懐いた。猫ならばゴロゴロと喉を鳴らしていそうな程、全身で喜びを表現した。
そんな動物的に喜びを表現するアニタに押され気味だったフォンテだが…なんだか拘っているのも馬鹿らしくなって、仕方がないなぁと苦笑した。
(((わ、若いなぁ~!)))
そんな二人の仲直りを、廊下の向こう側から三人衆が見守っていた。
アニタとフォンテでは事情が違うので、フォンテが寛大になれなくても仕方がない。
でも自分より幼いと断定していた相手が見せた、我が儘な寛大に大人を感じちゃった。




