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25 出没アニタ


 お互い隣に気を配っていたとはいえ、船内の天井は低い。

 たとえ隣に気をとられていても、天井に張り付く人影に気付かないわけがない。というか低い天井にわざわざ張り付く意味が分らない。


 だというのに誰に気付かれることもなく、天井から現れたアニタ。

 彼女はフォンテとリリアンの目前に逆さ吊りで現れ、そのままぷぎゅっと床に落ちた。


 目前に落下したアニタに慄いて悲鳴を上げたフォンテとリリアンは揃って壁に貼り付いた。まさしくお化けと遭遇した乙女の反応。


「み~つ~け~たぁああああ~~っ!」

「「ぎゃー!!」」


 床にへばりついたまま二人に向かって手を伸ばすアニタ。

 足元から響く、とっても嬉しそうな子供の高い声が逆に怖い。


「もの凄く探したのだわぁ~とってもかくれんぼが上手ぅう~~会いたかったぁああ~!」

「這いつくばるのやめてシャキッと立ちなさいよ!」


 足元から響く無邪気で不気味な声に、切れたリリアンが怒鳴りつける。フォンテは心臓を押さえて飛び出ないようにするので必死だった。

 流石はアニタ。心臓に悪すぎる。

 怒られたアニタはごろりと回転して、何故か仰向けになった。首を仰け反らせて二人を見上げる。


「…あれー!? リリアンちゃんもいたのね! 気付かなかったわ!」


 アニタはフォンテしか見えていなかったらしい。やっとリリアンを視界に入れて、本気で驚いた顔をしている。

 座り込むフォンテと立っていたリリアン。

 並べてどちらに目が向くかと聞かれれば断然、麗しいリリアンなのだが、節穴のアニタにはフォンテしか見えていなかった。


 青筋を浮かべるリリアンだが、眼中にないならない方がいい。こういう輩から好かれれば、好かれるだけ苦労がある。顔見知り程度が丁度いい。

 青筋を浮かべつつ、歪んだ笑みを浮かべたリリアンは。


「どうやらアニタはフォンテにだけご用事があるようね。アタシはここで失礼するわ」

「えっ」


 フォンテを売ってとっととずらかることにした。


「じゃあね。アンタ気張りなさいよ」

「せ、船長…!?」


 仰向けに転がるアニタと、アニタが床で寝転がるから動けなくなった壁際のフォンテを残して、リリアンは華やかな笑顔を残して立ち去った。


 リリアンはマジでアニタと必要以上に関わりたくなかった。


 フォンテはきらめきの粒子を残して立ち去ったリリアンに、愕然とする。

 一応ついさっきまで話を聞く体勢でいてくれたのに、アニタの登場であっさり売られた。

 流石奴隷商の長。売り時を見誤らない。


(気張れと言われても…き、気まずい…)


 フォンテは自分の言動を反省しているが、だからってアニタにごめんねと言うのはなんだかドラゴンに負けた気になる。

 アニタはフォンテの事情など知らないのだから、こちらが勝手に一喜一憂して八つ当たりするなど、情緒不安定な子供みたいだ。

 一瞬自分がアニタより幼い子供のように思えたが、首を振って否定する。

 フォンテは子供だが、少なくともアニタよりは大人である。


「…用事って、何」


 大人のつもりだが、飛び出すのはつっけんどんな冷たい声と素っ気ない態度。

 視線も合わせられず、フォンテは仰向けに倒れるアニタの右手あたりを見ていた。別にアニタの登場が怖くて心臓がまだ落ち着かない訳ではない。


「あのね、ごめんなさいしに来たのよ」

「…ごめんって、何に」

「フォンテはドラゴン嫌なのに、たくさんお話したから。やになっちゃったのよね」

「別にそんなんじゃないし」


 全くもってその通りだったのに、何故かするっと否定の言葉を吐き出していた。

 フォンテは視線を逸らしながら、内心焦っていた。


 年下の女の子に謝らせて、自分が謝れていない。何も知らないアニタに八つ当たりしただけだというのに、冷たい態度がやめられない。

 思った以上に、ドラゴン好きのアニタへ反感を覚えていたらしい。

 いけないと思いつつも、やはりドラゴン好きという感性が信じられなくて、穏やかな気持ちでアニタを見られない。

 頑なに視線の合わないフォンテに、首を仰け反らせたままアニタが首を傾げた。


「フォンテ、アニタ嫌い?」


 とても真っ直ぐな問いかけに、フォンテは口を噤んだ。


「ドラゴンに会いたいアニタと、お友達できない?」

「…」


 気持ちとしてはそれだ。


 仇を褒め称え、憧れると言う相手とお友達はできない。したくない。

 だけどアニタは本当に、夢見がち。現実を知らないだけの女の子。

 無知だからこその言動で、フォンテは彼女の言葉を、寛大な心で受け流さなければならない。

 大人として。

 大人としての行動が、フォンテにはまだ、できない。


 思わず黙るフォンテを見上げ、アニタの頬がぷくっと膨れた。


「やなのやなのだわ」

「は?」

「フォンテがヤなの、ヤなのだわ!」

「は? なに、それ。そんなにいいのかよ、ドラゴンが」


 フォンテがドラゴンを嫌いなのが、そんなに嫌なのか。

 メラッと再熱仕掛けた怒りは、ぷんっと限界まで頬を膨らませたアニタに遮られた。


「そっちじゃないもん!」

「は?」

「むむう、むうううう…!」

「な、なんだよ。唸るなよ…っ」


 大声を出したかと思えば、両手を丸めて赤子のように縮まって唸るアニタに、フォンテは居心地が悪くなりチラリとアニタを見やった。

 そして気付いた。

 仰向けになっているアニタの体勢。涙目で不満を訴える表情。これから始まるだろうアニタの行動を察してしまい、フォンテはハッと息を呑んだ。


(こ、これはまさか…本気なのかアニタ!)


 慄くフォンテの前で、すっと息を吸ったアニタは。


「やだやだやだ~! フォンテに嫌われるのヤダァ~~! お友達って言って! アニタとお友達だよって言ってぇえ~!!」

(だ、駄々コネだ――!)


 全身全霊で駄々をコネた。



世界は違うが子供は皆地面に転がって主張する。

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