24 心痛フォンテ
だけどフォンテは、アニタにドラゴンの話をして欲しくなかった。
憧れなんて以ての外で、ドラゴンを褒め称える言葉など聞きたくなかった。我慢できなかった。
「…雑用を押しつけられても我慢するアンタが、アニタの言動を受け流せなかったってことは…良い意味でも悪い意味でも、随分あの子に絆されているのねぇ」
今まで、フォンテはじっと耐えてきた。
奴隷のように雑用を押しつけられても、反抗せずにじっと耐えた。行き場がなくならないように、捨てられないように必死だった。誰に笑われても、嘲られても、反論せず黙って耐えた。
もしドラゴンを語ったのがアニタではなく別の船員だったなら、フォンテは悪態を吐くことなくじっと耐えただろう。
夢を語ったのがアニタだったから、フォンテは我慢ができなかった。
「アンタ、好きな子には自分と同じ趣味であって欲しいタイプね。面倒くさい」
「好きな子じゃない、です!」
「言葉の綾よ。本気にされても困るわ」
ガラスの小瓶を取り出して、中身を手の平に転がす。色とりどりの豆を、リリアンは一つずつ咀嚼した。
少食の彼は、基本的に豆で栄養をとっている。菜食主義らしく、リリアン専用のプランターが船長室にあると噂だ。フォンテは船長室に入ったことがないので実際の所不明だが、フォンテはリリアンが食堂にいるのを見たことがない。
「どうせあの子は次の港で降ろすんだし、深入りしないのが一番よ。それまでアンタにはアニタの面倒を見て貰わなきゃならないんだから、アニタの寝物語なんて同室のいびきくらいの認識で聞き流しなさい」
睡眠妨害されるくらい喧しいが同室なので逃げられない。明日も仕事があるので我慢して耳を塞いで眠らなければならない。
アニタの夢想がいびきで、フォンテはそれを不快に思っても船のために我慢して傍にいろとリリアンは言う。
わざわざフォンテの弱音に付き合っていたのは、フォンテがアニタ係を拒否しないようにだったようだ。拒否してもそれ以外ないが、荒んだ状態でアニタと対面すれば何が起きるかわからない。リリアンは一応、リスクを考えてフォンテと会話していたらしい。
そして言うのだ。
次の港、次の国まで我慢しろ、と。
そこでアニタを降ろすから。
だが、次の国は――…。
次の国は、軍事国家ヴォルティチェ。
大陸の四分の一の領土を侵略し、敗戦国の民を奴隷として連れ去り、労働の全てを奴隷にさせることで国民に娯楽を与える排他的な国家。
世界的に唯一、ドラゴンの調教に成功した国。
不安が顔に出たのか、リリアンは嘲るように笑った。
「いいじゃない。まさかあの子も、こんなに早く目的を達成出来るとは思ってなかったでしょうし。教えてあげればむしろ喜んで船を下りるでしょうね」
そうは言ったが、リリアンはアニタにそれを伝える気はなかった。興奮したアニタに船を壊されたら困るからだ。
次の国にこそ、アニタが憧れたドラゴンが居る。
フォンテが憎みながら恐怖する、家族の仇が蔓延る国だ。
「ちなみに、アタシ達は下船しないわよ。したとしても物資補給を最低限。長居はしないわ」
最後に一粒豆を口に放り込み、ガラスの小瓶を懐にしまう。
「したくないでしょ。アンタも、アタシもね」
それは、本来の航路ではヴォルティチェ国に立ち寄る予定ではなかったからだ。
アニタという計画外の存在が乗船したことで思った以上に消耗品が増えた。次の国へ渡るため、ヴォルティチェ国で物資を補給することになったのだ。
奴隷で労働力を賄う国だ。奴隷商人としてお得意様と言っても過言ではないが、余程のことがない限りヴォルティチェ国には立ち寄らない。
それは、ヴォルティチェ国に…ドラゴンに対して思うところのある者ばかりだから。
「いたわー!」
「わぁー!?」
「いやぁー!」
重めの空気など何のその、赤毛を逆さにしたアニタが天井から現れた。
シリアス? 知らねぇな!!




