20 夢語りアニタ
アニタ以外がアニタの自立を認めなかったが、口に出すことはなかった。面倒なので。
なので別の話題に逸らすことにした。
「ふーん。お嬢ちゃんは随分冒険に拘るんだな。行きたい所でもあるのか?」
「たくさんあるわ!」
さっさと食事を終わらせたドワの問いかけに、アニタは勢いよく飛び上がって椅子に乗った。
揺れ防止のため船の床にくっついた長椅子はとても丈夫で、幼子が飛び乗ったくらいではびくともしない。
この場で誰よりも小さな女の子は、精一杯身を乗り出して溢れる探究心を表現した。
「白くて冷たい雪が一面を埋め尽くす雪景色が見たいのだわ。雪ってとっても冷たいんですって。そこに住んでいる人達は凍えて生活しているのかしら。もっと温かい所だと熊より大きな耳の長い生き物が木の上に住んでいるんですって! モンスターじゃなくて動物なのよ! 乾いた砂の海が広がる砂漠も気になるのだわ。朝と夜で気温が天と地ほど違うらしいの! 砂の中に甲羅の付いた生き物が住んでいるって本当かしら? 砂の中は気温が変わらないから深く潜るんですって。こっちはモンスターも同じ生活だから飛び出し注意ね。空と大地の境界線も見て見たいのだわ。水平線は見たことがあるけど、地平線は見たことがないもの! あとは下から上に登っていく滝に雲の上に立つ山! 他にもたくさん気になる景色があるのだわ。あれもこれも気になるのだわ。世界はアニタが見たことのない景色で溢れているから!」
アニタの声は幼く高い。だから彼女の語る風景は、誰の耳にもしっかり届いた。
阿呆の子だし、その言動は理解不能なことが多いけど、その場の誰もが彼女の語る見たことのない景色をそっと夢想した。
簡単なことだった。
何故なら彼女が語ったのは、子供向けの物語。主人公の少年が辿った冒険の道筋。各国が幼子に語る寝物語。親を持たない子供でも、なんとなく聞いたことがある有名な冒険譚だったのだ。
つまりアニタは、絵本で描かれた冒険がしたくて、家を飛び出した夢見る少女だった。
絵本に描かれたキラキラした冒険なんて、現実にあるわけがない。
しかし誰もが子供の頃、寝物語の冒険譚で見たことのない景色を夢で旅したように、アニタは本気で世界へ飛び出した。
とっても無謀な、子供の好奇心と冒険心で。
その冒険心に覚えがあって、大人達は思わず苦笑した。今だから無謀と笑うが、幼い日に聞いた冒険に憧れた大人ばかりだったので。
そんな冒険心、とっくの昔になくしているのに…。
「あとねー、美味しい物が食べたいのだわ。雪国の皆で囲む熱々のお鍋って、きっと硬いわよね。皆とっても顎が丈夫なのかしら。砂漠に生えている棘だらけの多肉植物って、つまりお肉がたくさんなる木ってことよね。砂漠って不思議だわ。海はお魚さんたくさんよね。山は実りがたくさんなのだわ。でも国によって調理も変わるってお姉ちゃんの旦那さんが言っていたわから、とっても気になるのだわ!」
「それはわかるな」
「船乗りならわかるな」
「国によって味付けが変わるからそれを下船の楽しみにするもんな」
前半は認識違いがあったと思うが誰も触れず、三人は揃って頷いた。
「そんなに違う物、ですか」
「ああ、保存食でも結構違うぞ。名産もあるからな。余裕ができたら比べて見ろ」
船に乗って日の浅いフォンテは自由にできる金銭も少なく、渡った国も多くない。国によって異なる料理法にもピンとこなかった。誰よりも雑用を押しつけられて、まともに国を見て回ったことがないのも原因だ。
アニタの世話はアニタが下船するまでなので、次の国までだ。もしかしたら今回は、少しなら国を見て回る余裕があるかもしれない。
だけど、そういえば、トッレンテ国の次に停泊する予定国は…。
「あとあとそれから、ドラゴンに会いたいわ!」
――食堂の空気が凍った。
お馴染みの動物と空想の動物が入り乱れるアニタの脳内。
絵本に描かれているなら実在すると思っているアニタ。




