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19 アニタファミリー


「アニタのお姉ちゃんは、料理上手なのか?」

「お上手よ! アニタはね、オレンジパイが好き!」

「そのお姉ちゃん、お嬢ちゃんが帰ってこなくて心配しててるだろな~」

「冒険してくるって書き置きしたから大丈夫なのだわ!」


 全然大丈夫じゃないな。

 食堂に居て話が聞こえている全員がそう思った。


 アニタの破天荒は既に知れ渡っているし、この少女が無自覚方向音痴なのもこの三日間で知られていた。

 何せこの少女、船の中でも迷子になる。どうやって入ったと疑問に思うような所にまで滑り込む、隙間大好きな幼女だった。

 こんな幼女に保護者が一人歩きさせられるわけがない。匙を投げているなら別だが、アニタから聞く姉の様子からして今頃泣き暮らしている所だろう。


 第三者は容易に想像できるというのに、当人であるアニタは全く想像できていない。呑気にオレンジの皮まで食べようとしてフォンテに止められていた。


「でもそうね、お姉ちゃんは心配性だから、泣いちゃっているかもしれないのだわ」


 やっとそこに思い至ったらしい。

 フォンテに果汁の付いた手を拭われながら、アニタはパタパタと足を揺らした。


「だけどアニタはね、ずっと冒険がしたかったの。お姉ちゃんはお勉強が終わるまで外に一人で出ちゃダメって言っていたけど、アニタだって大冒険がしたいのだわ」

「お勉強って?」

「お国のことよ! 大冒険したいなら地図は頭に入ってないとお家に帰れなくなるってお姉ちゃんが言っていたわ!」


 方向音痴だから、せめて地図はわかるようにって努力したんだろうな…姉が。


「あとねあとね、じょーしきが身につくまで一人歩きはダメよってお姉ちゃんが」


 姉が正しい。

 姉は必死に妹に常識を学ばせようと努力していたようだ。


 ――というか、さっきから姉の話しか出てこない。


「お嬢ちゃん、父ちゃん母ちゃんは居ねーの?」


 ストレートに切り込んだトロに、聞き耳を立てている全員が息を潜めた。

 本来ならば不躾な質問だが、アニタに遠回しな表現は伝わらない。直球でないとやりとりが難しいので、不躾だろうがトロはアニタの情報を得るため直接問いかけた。

 しかし地雷がわからず怯えている船員達は、アニタの反応を恐れて息を殺した。

 そんな彼らの心配など気にせずに、アニタは笑顔でお返事する。


「お母さんはね、お山に居るわ!」


 山?????


「…あれ? お山…かしら? うーん…ちょっとわからないわ!」


 もしかして、アニタの方向音痴は母親譲りだろうか。

 普通に山暮らしの可能性もあるが、アニタと同じように外に出て、帰ってこられなくなっている可能性がちょっと浮上した。


「父親は?」

「アニタが生まれる前に食べられちゃったって」


 アニタがあっさり言い放ったそれは、珍しいことでもない。


 モンスターに遭遇した一般人は上手く回避行動がとれなければ食われて終わりだ。

 そしてモンスターは生息地こそ知られているが、必ずそこに居るわけではない。餌を求めて人里に現れることもあるし、鳥形のモンスター…怪鳥の場合は、近くに居るとあっという間に攫われてしまう。


「アニタはね、お姉ちゃんと一緒に港に住んでいたのよ。旦那さんが船乗りだから、旦那さんがいない間はアニタがお姉ちゃんをお守りしていたの。でも旦那さんがお帰りなさいしているから、今度はアニタが冒険に出る番なのよ!」


 小さい身体でふんぞり返るアニタは、一応自分の中で理屈が通っているようだ。

 聞いている側からするとなんでそうなったと思うが、本人は大真面目だ。


「そもそもアニタはお母さんから自立してお姉ちゃんと港に出たのだから、今度はお姉ちゃんから自立するべきなのよ。冒険するからにはね、大事よね。ということで冒険のため、しっかりお姉ちゃんから自立したアニタなのだわ!」

(自立は…してないかな…)


 誇らしげなアニタを横目に、すっかり世話役に収まったフォンテは遠い目をした。

 お姉ちゃんのオレンジパイを当たり前のように欲しがったり、食事のたびにフォンテに世話をされたりしているアニタは、誰がどう見ても全く自立できていなかった。



半魚人もどき→怪魚

鳥形モンスター→怪鳥

猫型モンスター→怪猫

動物っぽさが強いモンスターは基本「怪○」と呼ばれがち。

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