18 消沈アニタ
その魚料理が提供された、食堂で。
アニタがめそめそと涙を流して意気消沈していた。
「泣くなよアニタ…」
「怖かった…怖かったのだわ…」
めそめそしているアニタの隣に座ったフォンテは、一生懸命年下の女の子を泣き止ませようと背中を撫でていた。小さな肩がしょんぼり下がって居たたまれない。
テーブルに置かれたのは、新鮮な魚を使ったカルパッチョ。新鮮な魚が手に入ったからこそのメニューだ。
新鮮な魚獲得の貢献者であるはずのアニタは、めそめそ泣きながら夕食をとっていた。
というのも、大量の魚を捕ってきたアニタは、漁猟方法説明のため司厨長のキューマに捕まった。
船は長旅のため、食糧はどうしても保存食が多くなる。なるべく新鮮な果物や野菜を提供したいが保存方法を考えればどうしても足が速い。魚を釣ろうにも、一度にまとまった数が釣れるとは限らない。節約しながら飽きがこないよう献立に頭を悩ませ続けるのが司厨長。そんな彼の元へ大量の魚を捕ってきたアニタ。
一体どうやって捕ってきたのかという問いに、アニタはとっても素直に片手を唸らせた。
「えいって捕ってきたわ」
「えいっ」
動作がどこから見ても手掴み。
宇宙を背負ったキューマだが、この船一番と噂の狂人は回復が早かった。
アニタが素手で魚を捕ってきたと理解した彼は、釣り竿にアニタを括り付け、海へ投入したのである。
止める間もないスムーズな動きだった。
水攻めはとってもポピュラーな拷問方法だが、まさか拷問ではなく食糧確保のためアニタを海に投じるとは思わなかった。
一時間後リリアンによって止められたが、釣り糸を命綱に海に放られたアニタはめそめそ泣いていた。
流石に怖かったらしい。
「怖かったのだわ…繋がないで欲しかったのだわ…」
「命綱ある方が怖かったんだ…?」
「最初は楽しかったけど、終わりがなくて怖かったのだわ…」
楽しむな。
確かに最初はきゃっきゃと魚を捕っていた。しかしいつまで経っても引き上げられず、延々と魚捕りをさせられる気配を察知して悲鳴をあげたようだ。夜の海に糸一本の命綱で投じられるより、終わりのない水遊びに恐怖を抱いたらしい。感性が違う。
「まあ泣くな泣くなお嬢ちゃん。大変だったがおかげさまで暫く保存食はお預けだしな」
「捕った魚が新鮮とは限らねぇから見極め大事だけどな」
「同じ魚でもやっぱ違うよなぁ鮮度が。まあ、これやるから元気出せよな」
めそめそしているアニタの向かいに、三人の大男が座る。頭にバンダナを巻いた航海士のアン。顔に傷のある見張り役のドワ。一番筋肉質な武器長のトロの三人だ。
彼らはデザートのオレンジを半分にして、アニタの前に積んでやった。食料調達功労者への感謝の気持ちらしい。
というのは建前で、ここで癇癪を起こされて例の怪魚を呼ばれたらたまらないので、なるべくご機嫌を取る方向で行こうとしているだけだった。
フォンテはなんとなく察したが、何も気付かないアニタは目の前に積まれたオレンジにとても明るい顔をした。
「わーい! アニタオレンジ大好きー!」
「よかったな。お礼ちゃんとしろよ」
「三つ子ちゃんありがとうなのだわ!」
「「「三つ子じゃねぇんだよなー」」」
脅威のシンクロ率だが、三つ子ではない。
三人の否定など何のその、めそめそしていたアニタは笑顔になってオレンジを頬張った。口から果汁が溢れるのを、横からフォンテが拭いてやる。やりとりからして、すっかりアニタのお世話が板に付いていた。
「おいちいおいちい。オレンジおいちいわ。でもやっぱりお姉ちゃんが作るオレンジパイが一番おいちい。お姉ちゃんのオレンジパイないの?」
「そのお姉ちゃんが居ないんだよなぁ」
この少女、自ら家を出たのに当たり前に姉の手作りが食べられると思っているのはなんなのだろうか。
ちなみにこの船一番の狂人はキューマだがキューマはテイマーでもないのに猫型モンスターを檻に入れて飼育するヴェレを狂人だと思っている。




