17 ご機嫌アニタ
アニタはご機嫌だった。
思わず鼻唄を歌って飛び跳ねるくらいにはご機嫌だった。
アニタが跳ねるたびに船員達はおっかなびっくり避けていくが、我が道を行くアニタは全く気にしていない。
飛び跳ねて、踏みしめるのが土の感触じゃないのがとっても新鮮だった。
(アニタは、冒険してるのだわ!)
乗っているのは、船。
冒険者が一度は乗る、海を行き来する船に、アニタは乗っていた。
(はじめは歩いて行くつもりだったけど…いきなり船に乗れるなんて嬉しいわ! リリアンちゃんって本当にいい人だわ!)
冒険するにあたり、アニタはまずは陸路を行くつもりだった。
アニタの好む冒険譚の主人公は、段階を踏んで乗り物を得る。はじめから馬に乗って移動する主人公もいたが、多くの主人公はその場で知り合った登場人物の厚意や交渉した結果で乗り物に乗っていた。
陸を行き、海を行き、そして空を飛ぶのだ。
アニタの居たトッレンテ国は島国なので、基本は陸路。他国に行く場合のみ海路で、空路は発達していない。気球に乗って空からの景色を楽しむ程度だった。
お空の旅など夢物語だと、お姉ちゃんの旦那さんはアニタに語ったけれど、アニタはちゃんと知っている。
トッレンテ国以外では、空の旅だって夢物語ではないということを。
(お馬さんに乗って、馬車にも乗って、お船に乗って、お空の旅をする予定だったけど…順番は変わったけど、お船に乗れて嬉しいわ! リリアンちゃんって、本当にいい人ね!)
気付いたら船に乗り込んでいたアニタだが、本当にうっかりだった。
うっかり乗り込んでしまったアニタをそのまま乗せてくれたのだ。リリアンはとってもいい人。
うっかり船を壊してしまったときは叱られたが、あれはアニタが悪かった。
お姉ちゃんにも物を壊しちゃいけませんと泣かれたことがある。自分の物は自己責任だが、人の物は損害賠償が発生するから壊してはいけないと泣かれた。何より、誰かが大切にしている物は相手の気持ちになって大切にしなければならないと教わっていた。
教わっていたのにうっかりしていた。
そのうっかりで老人に手足をもがれそうになったが、一生懸命謝ることで許して貰えた。
今でも目が合うと白い毛の向こう側から目が光るほど睨まれるが、一応許されている。アニタは今日もえいっと捻らないよう気を付けながらフォンテの仕事を手伝った。
うっかり者のアニタのために、リリアンはアニタにフォンテの傍にいるようにと言いつけた。姉もよく外に出るときは、お姉ちゃんの傍を離れちゃダメよと言い含めていたので言いたいことはわかる。
そう、皆、アニタのためにアニタを気にしてくれている。
アニタが困らないように、とっても気にしてくれている。
アニタが冒険、初心者だから!
(アニタの冒険はまだまだこれからだもの! やりたいこと、行きたい所、見たい所、たくさんあるのだわ!)
その中でもアニタが目的とする、冒険の最大目標。
それを果たすためにも、しっかり言いつけを守って次の国へと向かうのだ。
(だからアニタは頑張って、フォンテのためにお仕事お手伝いしなくちゃ!)
働かざる者食うべからず。
アニタは自分の食い扶持を稼ぐため、甲板の柵に足を引っかけて宙ぶらりんになった。
「待っててねフォンテ! アニタ頑張るわー!」
「なにしてるんだー!?」
大慌てで身を乗り出したフォンテに足を支えられながら、アニタは迫り来る波に勢いよく揉まれた。
そして波が去った時には、アニタの両手の指には合計八匹の魚が挟まっていた。
「とったどー!」
「う、嘘だろ…!?」
とった魚をフォンテが手放したバケツにぽいぽい投げたアニタは、再び迫り来る波に向かってイキイキと両手を伸ばしていた。
「皆お腹いっぱいにするのだわー!」
この日の夕飯は、アニタが素手で捕まえた魚料理だった。
ちなみにフォンテの仕事に、食料調達は含まれていない。
聞いた覚えも見た覚えも記憶の底にもないが本能で叫んだ「とったどー!」




