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15 乗船アニタ


「るんるんるーんっるんるんるーんっ」


 ご機嫌な鼻唄を口遊みながら船内を撥ねるように移動する少女。

 赤毛の三つ編みをぴょこぴょこ揺らし、大きなバケツを抱えて飛び跳ねる。バケツの中身は空だが、取っ手が器部分に当たってガシャガシャ音を立てた。少女の鼻唄と混ざって微笑ましいと言うより騒音の類いだが、誰も何も言えない。

 それぞれの仕事をしている船員達は、縮こまって少女が通り過ぎるのを待った。


「るんたったらるんたった~たらり~らり~ら~」


 急に曲調が変わった。

 跳ねていた少女はうねうねと上体を揺らしてくるくる回り出す。いきなり酔っ払いみたいな動きをはじめた少女に、視線は向けないが船員達はとっても戸惑っていた。


「ん~にゃにゃハイ! ハイッ!」

「ハイッ!?」

「ハイッ!」


 しかも突然拍手と一緒に合いの手を求められる。抱えていたはずのバケツは足元に転がっていた。

 絡まれた船員は泣きそうになりながら同僚に助けを求めるが、同僚は視線を逸らして動かない。奴隷船には基本、薄情な奴らしかいない。


「ハイッハイッハイッ!」

「はいはいはい」

「はーいっ!」


 拍手と共に合いの手を求めるアニタに、背後から追いついたフォンテがとっても適当な合いの手を入れる。適当でも反応があったことで満足したらしいアニタがくるっと回ってフォンテの前まで駆けよった。その隙に船員達は退避する。

 逃げ惑う船員達を見送って、フォンテはとても複雑な顔をした。そんなこと気付かぬアニタは無邪気な笑顔だ。


「お掃除用具の片付け終わったのだわ! 皆ね、あった場所に帰ったの。フォンテにご報告しなくちゃって探していたのよ!」

「うん。アニタの隣にずっと居たよ…」

「はれ?」

「仕事が終わったら動き回らないで、落ち着いて俺を呼んでくれ」

「わかったのだわ!」


 素直に頷くが、このやりとりは七回目。

 きっと次も飛び出していくのだろう。


「…ちなみに、そのバケツは?」

「これはフォンテのバケツでしょう?」


 出会ったときにバケツを持っていたから、個人の物だと思われたらしい。

 はいっと手渡されたバケツを片手に、フォンテは乾いた笑いを漏らした。


 アニタが臨時に船の一員になって三日目。

 衝撃の乗船から、小さなアニタは船員達に恐れられていた。


 海賊と怪魚の襲撃を受け、海に落ちたアニタが別の怪魚に乗って逃げる船に追いついた。

 あの日、当たり前のように舞い戻ってきたアニタはコロコロ転がるようにリリアンの足元まで駆けて、こう言った。


「冒険にはトラブルがつきものよね!」


 とってもキラキラした楽しそうな笑顔だった。

 リリアンの麗しい顔が盛大に引きつっていたが、誰も責められなかったし揶揄えなかった。ほぼ全員がペッカペカの笑顔を見せるアニタに引いていたから。


 冒険。そう、冒険にトラブルはつきものだ。

 だがそれは予定通りの旅程で進めないとか、宿が上手く取れなかったとか、原住民と衝突したなど努力と妥協でなんとかなるトラブルに対して使いたい。


 怪魚の群れの居る海に落下するのはトラブルだが詰みだ。

 歴戦の戦士だって五体満足ではくぐり抜けられないトラブル。それを幼い少女が五体満足で掻い潜るなど、誰が想像しただろう。


 手摺りに縋って座り込んでいたフォンテは視線を感じて甲板でくるくる回っているアニタから、海へと振り返った。

 アニタを乗せてバタフライしていたサメの怪魚が波間から覗いているのが見えて、フォンテは速やかに手摺りから手を放してアニタの傍へと駆け寄った。

 ちなみにリリアン以外の船員達は、蜘蛛の子を散らすように船内に逃げ込んでいる。


「でも危なかったわ! うっかり落っこちちゃったの! 置いていかれてびっくりしたけど、追いついてよかったのだわ~」

「…アンタ、テイマーだったの?」

「ていまー?」


 琥珀の瞳がきょとんと瞬いて、大きく首を傾げる。その動作に、問いかけたリリアンも聞いていたフォンテもアニタがテイマーを知らないのを悟った。


 テイマーとは、モンスターを使役する冒険者の役職だ。

 モンスターは人間に懐かないが、テイマーは彼らを手懐けることができる。モンスターに好まれる声だったり匂いだったり、または何かしらの契約でモンスターを使役するのがテイマーだ。

 一歩間違えれば使役したモンスターに屠られて終わる。

 常に綱渡りの関係をするのがテイマーだ。


 冒険が大好きでモンスターの怪魚を使役したアニタをテイマーかと思ったが、反応からして違いそうだ。自覚していないだけかもしれないが、職業として認識していなさそう。


「アニタはアニタよ?」

「名前じゃないわよ」

「アニタって名前じゃなかったの…!?」

「そっちじゃねーわよ!」

「よくわからないけど、とにかく追いついたから遅刻じゃないわよね? 壊した所も直したし、乗せてくれるでしょう?」


 何に遅刻すると思ったんだ。



ダツの怪魚は突進して獲物を突き刺す。

サメの怪魚は静かに近付き齧り付く。

どっちも肉食。

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