11 制止フォンテ
「じっとしてろって、言っただろ…!」
「はれー?」
恥も外聞もなく年下の女の子のスカートを引っ掴んで、やっとアニタの動きを止めたフォンテ。
船の最深部から、なぜか見張り台に続く一番高い出入り口まで疾走してきた。階段を這うように上るアニタをやっと捕まえて、フォンテは深く息を吐いた。
扉一枚向こう側から、大砲の音だけでなく人の怒鳴り声や悲鳴が響いている。
硬い物がぶつかり合う音や、不自然な水の音。上から下に消えていく悲鳴は、海に落とされた人間の断末魔だ。
(見付かったらヤバイ)
フォンテは非戦闘員だ。アニタだって破天荒で怪力だが、ぱやぱやとした平和な顔をしていて戦えるようには見えない。
攪乱はできるかも知れないが、敵味方関係なく攪乱されそうだ。
「アニタ。とにかく戻れ。今はダメだ。船長は忙しいんだから」
「でもでもリリアンちゃんに早くお船直したって自慢しないと」
「自慢はダメだろ!」
本気で困った下がり眉でとんでもないことを言うアニタに、思わず怒鳴り声が出た。
「ん~? こんなところにガキがいるなぁ~」
見張り台に続く扉が開かれて、フォンテはぎくりと身体を強張らせた。アニタの目と鼻の先で、縦長の青空が覗く。
「何してんだガキ共。大砲になりに来たか?」
居たのは、筋肉質な大男。アニタを抱えて拘束していた、三つ子疑惑の男だった。
「え、あ、そのっ」
「アニタ大砲にはなれないわ! アニタだから!」
何故か誇らしげに胸を張るアニタ。恐らく状況がわかっていない。
男の後ろで起こっている大乱闘が見えていないのか、呑気に首を傾げて見せた。
「あなた大砲なの?」
「確かに俺には大砲がついているが…おっとチビに言ってもわからないな。巻き添えになりたくなかったらそこから動くなよ」
ガラゴロと重い物を動かす音がする。好奇心で生きているアニタは首を精一杯伸ばして音の発信源を見た。
大砲だ。大男と同じ背丈の大砲が見える。
「ほらドッカーン!」
男は愉快に笑いながら、導火線に火を着けて隣接する船に大砲をお見舞いした。大砲は真っ直ぐ飛んで、隣接した船に直撃する。
途端に響く相手の悲鳴。
「わあああああ!」
「ぎゃああああ!」
「きゃー!」
一人だけ悲鳴の種類が違う。
アニタは飛び跳ねて大砲の威力に大興奮だ。
「大砲さんすごい威力ね! すごいわ強いわ! ねえお姉ちゃんの旦那さんより強い? お父さん倒せる?」
「この子こんなときでもグイグイ来るな~」
周囲の様子を窺いながら、結局這い出てきたアニタの輝く瞳に感心した。フォンテは頑張っていたが、アニタの上半身が扉から出ているのでいっそ放り出した方が安全そうだった。
というかその流れ的に、姉の旦那は父親と勝負をして姉を嫁に貰ったのだろうか。
娘の嫁ぎ先は親が決める物だが、拘るのは裕福な家くらいだ。つまりアニタの家は、やはり裕福な家なのだろう。
「やめろアニタ戻れアニタ。大砲さんに迷惑だろ!」
「誰が大砲さんだ」
掴んだスカートから下半身を抱えるように押さえ付けているが、アニタは止まらない。フォンテを巻き込んで、とうとう全身が甲板に進出した。
うねうね移動する少年少女に、踏んじまいそうだなと見下ろしていた男はフォンテの言葉にふと気付いた。
「新入りお前、俺の名前と顔が一致してね~な」
アニタに縋り付いていたフォンテの肩が跳ねる。図星のようだ。
しかし男は気にしなかった。
何故ならよくあることなので。
「仕方がないからこの俺が愉快な船員達を紹介してやるよ。丁度ここから全員見えるからな。大人しく拝聴しろガキ共!」
「えっ」
「うえーい!」
戸惑いの声を上げるフォンテと覚えたての合いの手を入れるアニタ。
男は大砲を操縦しながら、大声で叫んだ。
「愉快な船員達を紹介するぜ!」
なんか始まった。
全身でアニタを止めていたフォンテは、思わず虚無の顔で男を見上げた。
ノリノリな大男とノリノリなアニタに付いていけない下っ端フォンテ。
なんか始まった。




