213.初日の終わり
「……何か取り込み中だったみたいだけど、大丈夫かい?」
思わずオレが声をかけてしまい、そのままなんか妙な空気になってしまったのを気にしてくれたのだろう。恐る恐る弥生さんが聞くと、
「いえ、そんなに難しい話をしていたわけではありませんから、大丈夫ですよ。
お気遣いありがとうございます」
月音先輩がいつも通り静かに微笑んでそう返した。
あれ? さっきちょっと表情が変わって見えたのは気のせいだったのかな?
「弥生さん、こんなところで何を……」
「いやいや、その前にすることがあるだろう? いきなりあたいと会話始めたら、他の子たちがおいてけぼりになっちまうじゃないか」
おぉぅ。
それもそうか。
「えーっと…こちら、剣崎弥生さん。よく買い物にいく店の人で、仲良くさせてもらってるんだ」
「充とは最近オヤジの店を切り盛りするようになってからの知り合いだから、それほど長い付き合いじゃないけどね。よろしく」
この場にはジョーと水鈴ちゃんという主人公と関係ない一般の人もいるので、なんとなく店の名前は言わないでおく。
剣崎、という名が出たときに聖奈さんだけはぴく、と反応していたので、もしかしたら聞き覚えが在るのかもしれない。彼女は親父さんこと“万化装匠”剣崎夜刀さんと同じ上位者だし、聞いたことがあってもおかしくはない。
名乗られたので、ジョーを始め他のみんなもそれぞれ弥生さんに自己紹介をしていく。
「ちょっと仕事でこっちのほうへ来ててね。そこで何か見知った顔がいるから、声かけるかどうか悩んでいるうちに充に見つかっちまったみたいだねェ」
ちょっとバツが悪そうにぽりぽりと頭を掻いている。
「ここ最近、半月ほど仕事でこっちに来ていたから充と顔を合わせるのは久しぶりだったから、つい近寄ってだけだから、あまり気にしないでおくれ」
月音先輩は大丈夫と返したが、やっぱり話をしていたのを途中で止めてしまったことを気にしているのだろう。片手を縦にしてゴメン、とジェスチャーをしている。
……ん? 仕事?
「あれ、オヤジさんは彼氏とお出かけとか言ってましたけど」
「あー…あンのオヤジ……。いやさ、こっちに腕のいい職人の爺さんが居てね。オヤジの兄弟子らしいんだけど、技術交流で勉強に行くつったら“そろそろ彼氏の一人でも作ったらどうだ?”とか言うもんだからさ、つい売り言葉に買い言葉で“あたいの彼氏は生涯この仕事一筋さ!”とか言ったんだよ。
それを根に持ってそんな言い回ししたのかもねェ……まったく」
確かに、武具製作の仕事そのものが彼氏だ!とか言われると弥生さんらしくて、妙に納得がいくな。わかりやすい説明に妙な納得をする。
「そういう充は友人と海水浴かい?」
「そんな感じです。海の家でバイトなんですけどね」
「あはは、青春してるねェ。来月にゃ、また店に出るようにするから顔を出しておくれよ。
是非あたしの作品について感想を聞かせて欲しいしね」
「了解です」
ジョーたちにも挨拶してから、弥生さんはその場を後にした。
弥生さんの不在の理由とかはわかったからそれは良かったものの、予想もしない好意を告げられたまま中断という、微妙な雰囲気だけが残っている。
わかりやすく言うと、オレがドギマギして月音先輩の顔を真っ直ぐ見れない。
「とりあえず荷物持ったまま話をするんもアレやから、ひとまず宿に行こうや」
そんな助け船を出してくれたので、そのまま宿の方に向かった。
ジョーの親戚が経営している旅館。
その名もシンプルに「丸塚屋」である。
新館と別館があり、そのうちの別館の隣にこういった繁忙期の従業員用宿舎があった。
従業員用、と言っても昔、拳さんとこの家族が住み込みの店員さんと住んでいたらしくちょっと広い民宿みたいなイメージだ。
部屋は余っているようなので六畳の部屋にオレとジョー、六畳二間の部屋に女性陣、という部屋割りになっている。それぞれ扉には鍵がかけられるし、貴重品用の金庫も部屋に設置されており、ホントどっかの宿に泊まりに来たみたいだ。
まぁそれぞれの部屋に洗面やトイレ、風呂はないので、洗面とトイレは共同の男女それぞれのトイレ、お風呂は別館にある温泉までそれぞれ入りにいくようだ。
あ、もちろん食事についても別館の食堂で他のお客さんと同じように摂れるとのこと。さすがにここまで来て自炊とか面倒だしね。
しかし………マジで千載一遇のチャンスを逃した喪失感でガックリだわ。
まさかああもストレートに好意をぶつけられるとか思ってもなかったもんなぁ…。
つくづく想定外に弱いよなぁ、オレ。
部屋に荷物を置いて大きなため息をついていると、頭に衝撃を受けた。
「ッ!?」
思わず振り向くと、ジョーが肩を竦めながら仁王立ちしている。
どうやら頭にチョップを受けたようだ。
「……? 何?」
「それはこっちのセリフやろ、充」
はぁ、と今度はジョーがため息をつく。
「せっかくの海なんやぞ? そんな辛気臭いツラしとったら、楽しいもんも楽しめへんようになること間違いなしや。そもそも落ち込むようなこと何にもあらへんかったやないか。
もうちょっと景気のいいツラ…とは言わへんけど、いつも通りの調子で居てくれへんと、こっちも調子狂ってまうで」
「そうは言ってもさぁ……」
「なんでそないに落ち込んどるのか当てたろか? どうせアレやろ、さっきの月音先輩に告白っぽいこと言われたから、その場で返事でけへんかった挙句、違う女に眼がいったんを月音先輩が気にしてるんちゃうかとかそないなことやろ?」
うぐ。
大方その通りです、はい。
それに対し友人の反応は、
「よし、とりあえず殴らせろ」
「いやいやいや、なんでそうなんのさ!?」
「そりゃあ殴るやろ!? なんや、もうミッキーらしないなぁ!!
月音先輩やぞ!? ぼーん、っきゅ、ぼーんで美人さんで気立てもええっちゅう、なんやもう普通やったら高嶺の花過ぎて声かけるのに気遅れしてまうような人に、あそこまで想てもらえて嬉しい!とか感激!とか、ジョーよナイスアシスト!向こう10年大判焼き奢ってやるぜ!とかなるなら、まだしも、なんで落ち込んでんねん!?」
「言いたいことはわかるけど、なんか最後のおかしくないか!?」
しかもなぜ大判焼き限定。
「せっかく“頑張ってるしそこそこイケてるはずなんやけど、さっぱりモテへん同盟”の唯一にして無二の同朋やと思っとったミッキーが、カップルになってしまうやなんて、それだけでもこの左手が殴りたなってしゃあないというのに!」
「八つ当たり過ぎる!?」
しかもその同盟、初耳だし!
確かに入っていたと言われれば、まぁそうかも、と思えるような同盟名だけどもさ。
「まぁ冗談は置いといて……別に月音先輩、あれで気ィ悪くしてたみたいには見えへんかったけどなぁ」
「いや、でも確かにオレが弥生さんのほう声かけたとき、表情が曇ってたような気がしてさ」
「あー……そやったな。ミッキー、そのへん鈍いもんなァ…。それはむしろ逆で…って、これ以上言うんは砂糖吐きそうやから、ちょっと勘弁やな」
よし!とジョーはオレの肩に手を置いた。
「こっそり綾ちゃんか水鈴にでも聞いたらどや?
女心わからんのはしゃあないとして、わからんのをわからんままにしとるのはホンマのアホやで!って水鈴なら言うやろし、理解する努力はしてみたらええねん」
「………あー、それがいいかもな。ありがとう」
ジョーはいい奴だなぁ。
しみじみと、素晴らしい友人を持ったことに感謝する。
冗談とか軽口とかが多くていつもは馬鹿な話ばっかりしているけど、こういうときこそそれを実感する。
「あ、でももしミッキーが月音先輩と付きあわへんのやったら、俺を推薦して? 心の広~いミッキーの素晴らしい自慢の友人で、めっちゃ彼氏として推薦でけます的な」
「……確かにいい奴だ、って思ったけども。なんでそこでオトすかなぁ」
顔を見合わせて笑う。
確かにまだ初日。
いきなり落ち込んでてもつまらないし、前向きに動いてみますか。
ひとまず夕食の時間になっているので、さっさと着替えて荷物を整理。
部屋を出て綾たちと待ち合わせしている玄関へと急ぐ。
【実際のところ、何も難しい話ではないであろう?
おぬしがあの月音という女子を好いておるかどうか、それだけをはっきりとさせておればやることなど限られておろうに】
うーん、そうなんだけどね?
好きかどうかと聞かれれば間違いなく好きだし、冷静に考えれば迷う意味すらない。
ただ、なんとなく落ち着かないというか。
【単に惚れられて告白されることなぞないと思うておった、いつでも自分が告白する側じゃと自覚のある男子が、予想外のことに戸惑って出すべき答えを出すのに臆病になって尻込みしておる、と】
……まったくもって反論できねぇし。
あー、そうだ。なんていうか…エッセは平気なのか?
【何がじゃ?】
いや、仮にオレが月音先輩と付き合ったりして。
【なぜわらわが出てくる。わらわに対しておぬしは全力で契約を果たすべく動いてくれておるではないか。その上、おぬしの交友関係まで縛るような真似はせぬぞ?
そもそも、その相手が何も知らぬ一般NPCというのであれば危惧もあろうが、あの月音という娘のような重要NPC、しかも事情を知っておる相手であれば、これからおぬしが巻き込まれていくであろう事柄に対して共に歩むこともできよう。
本人の話だけで、未確認ではあるが“逸脱した者”として選ばれておるとすれば尚のことじゃ】
ごめん、変なこと聞いた。
【これだけ時間を過ごしておるからの。共に過ごした仲として、面白くない部分もまったくもって一部すらもないかといえば嘘になるが……まぁその話はよかろう。
今大事なのは外部の状況ではなく、おぬしが自分の気持ちを見つめ直すことじゃからな】
あいよ。
裡に響くエッセの声に返答をしながら、オレはみんなと合流した。
□ ■ □
夜の帳がゆっくりと辺りを包む。
街中を歩く人影。
そのひとつが口を開き、
「アニキィ…」
「なんだ? ギャンギャン喚くんじゃねぇよ」
「いや、さっきの奴ですよ。加能屋だけじゃなく、ここでもあんなナメた態度取られてそのまんまってワケには……」
「わかってるつってんだろぉ!? いいか、あいつらの服装、ちゃんと覚えてンだよ。ここの海の家のTシャツだったろうが。だったらいくらでもやりようがあるってんだよ! それこそギンギンにな!」
にやり、と嗤う。
「ま、それでもダメだったら……いざとなりゃ、こっちには“魔王”の力があるんだ。
ちょっと強ぇだけの並みの主人公じゃ、選ばれたオレ様には絶対かなわねぇってトコ、見せてやりゃ済む話だ」
今はただの会話。
それでも、その結末の種は密かに芽吹く。




