199.音無川上り旅情(2)
夏らしい快晴の下。
バスに揺られることしばし。
ようやく到着したのは、以前に来たこともある音無川上流。
ここをスタート地点としてどんどん川上の方向へ上がっていくのが、今回の内容である。
狩場の始まる地点から河川敷へと下りてから、上流方面へと進んでいく。
【わかっておると思うが、尻子玉を集めるのであれば“威圧”は使用禁止じゃぞ?】
「うん、気を付けるよ」
“威圧”はその名の通り相手を威圧することでペナルティをかける技。その効果は相手の強さによって異なり、自らよりも格上になればなるほど効き辛い反面、自分より弱ければ弱いほど効果が高まる特性がある。
さらにある一定以上の力量差があると、金縛りのようの硬直して動けなくなるか恐慌して逃亡するため、倒して尻子玉を奪いたいオレとしては、レベルの上で大分格下の河童たちを逃がす要因は作りたくない。
そういえば、前にここで河童を倒しに来てたときは、ボクシングの対抗戦の前だったもんなぁ…。
思えば遠くへ来たもんだ。
【色々あったのは認めるがの。使い方が微妙に間違っておるぞ】
ぶーぶー。
ちょっとぐらい感傷に浸ってもいいじゃないか。
「しかし熱いな……汗が出てくる、よ、っと!!
ばしゃ!
茂みから飛んできた拳大の水球は、ちょっと体の向きを変えるだけであっさりと避けられ地面に落下して爆ぜた。そのまま茂みへと肉薄。一足刀の間合いに飛び込むと、手にしていた羅腕刀を振るう。
しゅぃんっ!
呆気ないほど抵抗のない感覚だけを残し、切り倒された邪な河童がどさりと倒れ、そして河童の軟膏をひとつ残して消えた。
「…………」
何気なしに行った一連の攻防。
確かめるように刀を握っていないほうの片手を握ったり開いたりして感触を確かめる。
【理屈ではわかっておっても、余りに呆気ない敵に実感が伴っておらんか?】
「ああ…ま、そんなとこ」
知ってはいた。
鬼たちとの戦いの中でも、以前からすれば攻撃したり避けたり出来なかったことが出来ているというのはわかっていた。
かつて苦労した相手を造作もなく、道往きながら草木を手折るような感覚で倒す。
そう、この感覚が―――
―――強くなる、ということ。
勿論ボクシング部で前は打てなかったパンチが打てるようになったり、出来なかった縄跳びが飛べるようになったり、小さな実感はあったし、それはこれまでの狩場でも同様だった。
鬼首大祭の戦闘が余りにそれまでよりもレベルが高かったため、ここに来てこれ以上ないほどそれを実感できたのかもしれない。
【誇るがよい、充よ。それがおぬしが選んできた道への対価。
リスクと引き換えに自らが勝ち取った強さなのじゃから、誰に遠慮することもない】
いやぁ、ワクワクしてきた!
もっともっともっと、もっと強くなりたい!
さぁ、どんどん狩っていくぜ!
進めば進むほど現れる邪な河童たち。前に来たときには出来るだけ単体の相手だけを狙って慎重に様子を窺って進んでいた。あのときの力量では何人もに囲まれれば危険だったからだ。
しかし今回は違う。
4匹で一斉に水球を吐いてくる河童たち。
だが、そもそも水球の速度が遅い。逃げることなく、逆に相手に向かって行きながら掠りそうなくらいぎりぎりで見切り、そこに最小限の動きで身を置くことでまるで擦り抜けるかのように水球群を突破する。
その様子を見て驚いたのか、妙な擬音染みた鳴き声をする河童たちの脇をすれ違い様に刃が煌めく。ただそれだけの動作で河童たちは倒されていった。
うん、悪くない。
別段相手が遅くなったのではなく、鬼首大祭での攻防速度が基準になったオレの感覚がそのように感じさせているだけ。だが相対的に敵が遅いということは、こちらが少しくらい失敗してもリカバリーするだけの余裕がある、ということだ。
それを自覚しているためか、変に気負ったり恐怖を感じることも無く、本当のギリギリで見切ることができた。丁寧に避けて見切りとそれに連動する体捌きを反復する、という意味では良いかもしれない。
おまけに今手にしているのが羅腕刀。
小太刀しかなかった頃とは切れ味も、射程も全然違う。
安心度が半端ない。
【いきなりこんなところでコケられても困るぞ。
何せ今日はどんどん川を上って行かねばならぬのじゃからの】
「あいよ」
先に進むと今度は豪傑河童が現れた。
相変わらずゴツい体格で以前はビビってたけど、今はそんなことはない。なにせバチバチ戦いあった漆黒鬼なんかと比べると劣っているのが明白なのだから。
喩えるなら……そうだなぁ、よくやってる公共放送の相撲番組で出てくる幕下力士と幕内力士くらいの差? いや、でもこれじゃわかりづらいか…??
とりあえず表現は置いとくとして、豪傑河童はオレに掴みかかろうと襲って来る。
せっかくなので色々と試してみようかな。
まずワルフ召喚!!
ぼふぅっ!
体から吹き出す霧のような煙が狼の形を象る。
オレの意志のままに豪傑河童に飛び掛かり、
ぞぶっっッ!!
一撃で喉を食い千切った。
「………相変わらず強ぇ」
当然ながら豪傑河童はその一撃で沈む。
残念ながら尻子玉は出ず、河童の軟膏だけだった。
さすが元々“神話遺産”に作られていただけのことはある。それだけの強さのあるワルフが単なる番犬、それも数あるうちの一匹程度でしかないんだから、あのモーガンさんはつくづく規格外である。
薄々そうじゃないかなと思っていたが、ワルフもかなり優位に戦えることが実証されたこともあり、どんどん先へと進んでいく。当然ながら警戒やそこからの気配の感知は続けるが相手の数とか種類については気にしない。
【強気なのはよい。実力がついたにも関わらずいつまでも弱気では、逆に相手を調子づかせることもあるでな。じゃが心しておかねば不覚を取ろう。無頼河童のこと、忘れておらぬじゃろ?】
OKOK。
大丈夫、抜かりはないよ。
とりあえず実体のないワルフを出してあるので、最悪対応というか足止めくらいは間違いなく出来るようにしている。無頼河童についても、レベル100は伝説クラスというし、強さもバラバラなんだから警戒以上のことは出来ないでしょ。
油断とは少し違う。
一番近い表現としては割り切りかな?
どのみち出来ることなんて、自らの手札限定でしかないんだから相手がそれ以上の手札を持っていればどうにもならないかもしれない。だから手札の範囲内で出来る限りのことをしたら、あとは頭を切り替えて進む方がいい。
邪な河童が1匹、豪傑河童が2匹、邪な河童が3匹、邪な河童が1匹、豪傑河童が1匹、邪な河童が4匹……どんどん続く。
ワルフには自由に動いてもらいつつ、その煙狼に討伐数で負けないように羅腕刀を振るう。しばらく戦い続けながら進んでいくと、河川敷が有刺鉄線で区切られており、入口らしき切れ目の横には立札があった。書いてあったのは、
『ここから先、音無川の最も上流』
と言う簡潔明瞭な一文のみ。
ようやく音無川最上流へ到達ということらしい。
ここまで実に2時間。ペースとしてはかなりサクサク進んだんではなかろうかと思う。
まぁ全力ではないとはいえ、本来であれば“簒奪帝”使用でレベル51相当の主人公クラスなのだ。
10レベルが適正の狩場なら無双くらい出来て当然だよな、うん。
さて、よく見るとその立札の先には大きめの広場のような場所があった。
大きさが様々な石や草だらけの河川敷であったが、そこだけは雑草もあまり生えておらず、さらに言えば石もある程度均一で足場として悪くない。どこかそのへんにいるのだろう、あたりに響く蝉の声がなんとも言えない狩場らしからぬ長閑さを醸し出していた。
なんとなく見覚えのある光景だ。
【おぬしの見立て通りじゃ。赤砂山の時同様、意図的に避霊の陣が組み込まれておるの】
安全ゾーン、つまりキャンプ地ってわけだな。
「よし、ちょっと早いけどお昼にでもするか」
じっとりと汗ばんだ肌をタオルで拭う。
肉体的な疲労はまったくないものの連戦の強行軍でここまで来たのだから、一時的であれ気を休められるのならそれに越したことはない。
そう想いながら広場に入っていく。
その瞬間、
ぞくっ。
広場の外周部分に触れ中へ通過する瞬間、ちょっとした気持ち悪さが襲った。別段それで即座に異常を来たすようなものではないけども。
でも予想外過ぎたのは間違いなく、咄嗟のことに意表を突かれてたじろぐ。
「な、なんだこりゃ……」
気持ち悪さの原因を探る。
通過してしまえば嘘のように気持ち悪さが消えたので、再度試してみるとやはり広場の外縁部分を通過して外から中に入ろうとするその一瞬に起こるようだ。
【推測じゃが……避霊の陣の影響であろう。基本的には霊的存在を弾くために設けられるものじゃからな。おぬしのように身の裡に膨大な霊力や鬼を住まわせておれば、多少なりとも反発するかと思うぞ】
恐る恐る内面を探ると正にビンゴ。
オレの裡の鬼、もっと言えば分霊六鬼と茨木童子が最も違和感を感じる。この違和感が気持ち悪さの原因なのだろうか。完全に霊力の塊まで分解してしまった雑魚鬼とかは全然平気なので、おそらく形を保っている妖怪成分?的なものがダメなのかもしれない。
ふと見れば一緒についてきているワルフも広場の外でちょこんとお座りしている。どうやらこの避霊の陣とやらが居心地の悪い場所だとわかっているらしい……ってか、賢過ぎない!?
検証が済んだところで昼食を取ることにする。
無人の広場の中心にどっかりと座りこみ鞄を漁る。
出てきた昼メニューはおにぎり10個にカラアゲ5個、凍らせておいた麦茶というシンプル仕様。
なお、おにぎりとカラアゲはコンビニさんありがとうと言わせて頂きたい。
「いただきます」
おにぎりの具はそれぞれ鮭、辛子明太子、ツナマヨ、高菜、ツナマヨ、梅、鶏五目、ツナマヨ、炙りタラコ、ツナマヨ、である。
……え? 一種類だけ多いって? いいじゃん、ツナマヨ好きなんだよぅ。
ボクシングの対抗戦のときは減量もあって制限されてたせいで、食べられなくてちょっと哀しかったなぁ……。
もしかしたらカラアゲ食べるかな、と思ってワルフのほうを見るが興味なさそうだったので気にしないで食事開始。
もぐもぐとおにぎりを頬張りつつここまでの戦果を確認することにした。
倒した敵の数:邪な河童が32匹、豪傑河童が7匹。
戦利品:河童の軟膏個33個 尻子玉2個 豪傑甲羅1個
運がいいような悪いような…でも順当かな。
尻子玉って単純な確率だけで言えば邪な河童100匹で1個、豪傑河童25匹で1個のドロップになるわけだから合計39匹で2個はそこそこ割がいいと言えなくもない。
おまけに豪傑甲羅に至っては豪傑河童100匹で1個……普通に希少である。
…………なんだけど、こんなところで1%を引き当てなくてもなぁ。素材になるし売れるから無駄じゃないけど、今のところ欲しい装備とかも思い浮かばないしお金には困っていないから、尻子玉のほうが有り難かった。
いや、贅沢な悩みだってことは重々承知してるんだけどもさ。
とはいえ、ここからが本番。
音無川上流に2時間で尻子玉を2個獲得出来ているんだ。より効率よく豪傑河童が出てくるであろう最上流ならもっと手に入るだろう。
それに尻子玉は河童たちの嗜好品だ。
持っているだけで河童との遭遇率もあがるのだから、朝よりも今のほうが敵そのものの出現率も高まっているに違いない。
これなら今日中に尻子玉を集め終わって、んでさらに出来れば依頼の洞窟のほうの位置まで調べておくというのもあながち夢物語ではない。
モリモリと食事を終えて、溶けた冷たい麦茶を飲む。
あまりにも熱いのでゴキュゴキュと喉の奥に流し込んでその冷たさを楽しみたいところではあるが、あまり急激にお腹を冷やすと消化に悪い。
腹を下して戦闘に支障が出たらそれこそ笑い話にもならないから、口に含んでゆっくりと飲んでいった。
「さて、行きますか」
立ち上がって体をほぐし、緩んだ空気から一転気合を入れ直す。
広場から外に出るときには同じように再度気持ち悪さが襲い掛かるものの、今度は予め覚悟していたおかげか、気分の悪さはそれほどでもなく十分耐えることが出来た。
ワルフのほうも「オン!」と一声短く吠えてついてくる。
尻子玉の影響だろう。
そこからいくらも歩かないうちに、周囲に気配が増えていくのがわかる。
増大していく豪傑河童の気配。
それに混じって別の気配がいくつかある。
気配が大きいところからして、これがおそらく豪傑河童よりも大きい英雄河童なのだろう。
抜刀。
羅腕の力を帯びし刃が陽光を鈍く反射して煌めく。
緊迫する対峙の糸。
それを切るのが誰かなんて当然決まっていた。
んじゃ……行きますか!!




