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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.03 悪鬼と羅刹
185/252

183.茨木童子に纏わるエトセトラ(2)

 無から有を生み出すのは難しくとも、有から有を生み出すのはそこまで難しくもない。

 その言葉通り、彼女は宴禍を生み出した後、分霊をどんどん形作り始めた。


 静穏、幽玄、悠揚、具眼……次々と生み出したその数は合計5人。


 そこまで生み出して満足したのだろう。

 全員を引き連れてゆっくりと歩き始めた。

 目的地があるわけでもない。

 生きていくだけであるのならこの霊脈の吹き出し場で、霊力を喰っているだけで存在していることは十分できた。それでもなお歩き出したのは純粋な興味だ。


 彼女は宴禍童子に名を与えた。

 その他の分霊についても同様だ。

 だから同じ要領で彼女は分霊たちに彼女自身の名前をつけてもらおうとしたのだが、敢え無く失敗してしまった。

 これは彼女が悪い。

 ただの鬼の分霊が彼女に名づけられたことにより、個性を獲得し宴禍童子としての能力を持ったように、より強大な力を持つ者に名を与えられれば絶大なメリットがある。

 だが逆の場合、名前をつけるという行動そのものが行えない。

 そもそも親が居なければ子は存在しない。

 だから存在を示す名を子が親につける、ということは、子が親より先に生まれているという逆説的な意味を生じる、つまり理を歪める行為として出来ないのではないか、というのがよく言われている推測だ。


 ちなみに妖にとって名とは人間以上に重要な意味を持つ。

 霊力を喰って生きている存在は人の影響を受けることが多い。これは取りも直さず人を喰うことによって持っている霊力を摂取することが多いからだが、もう一歩踏み込んで言うのなら、それ以外にも人間の想念に固着した霊力も摂取する場合があるためだ。

 畏れ、恐怖、といった負の感情を好む妖怪が多いのはこの性質に寄るところが大きい。

 自ら負の感情によって生まれた存在にとっては、同じベクトルの感情に固着した霊力は喰いやすい。だから食べるだけでなく、その前に人を恐怖させたり、驚かせたりといった行動に出るのだ。

 ゆえにその存在につけられた名前は重要となる。

 恐怖を味わいたい者は恐ろしい名前があれば、それだけ欲しいものを得ることが容易くなり、強大化しやすくなる。逆の場合は言うまでもない。

 だから本能的に妖怪たちは名が重要であることを知っている。


 食べれるだけ食べて満腹になってから彼女が移動を始めたのは、以前見た人間の男のように、別のところにいる者なら名前をつけられるのではないかと思ったためだ。以前美味しそうな匂いがした地点に向かって進んでいくと、なめらかに整えられた地面の場所に出た。

 道と呼ばれるそこをのんびりと連れ立って歩いていく。

 何日か歩くとまた凄く美味しそうな匂いがしてきたので足を速めると、荷物を背負った馬を引きながら歩いている男と出会う。どうやらこの美味しそう匂いは人間のもののようだった。

 思わず食べたくなるが別段そこまでお腹も空いていないし、食べてしまったら話もできないと思えば我慢することはさほど難しくない。


 だが、その目論みは外れてしまう。 

 男は彼女たちを見て、何かに気づくなり馬と荷物を投げ出して走って去ってしまったのだ。


「………何か用事でも思い出したのかな?」


 首を傾げるが答えは出ない。

 人間の逃げる速度など嵩が知れているから追いつけないこともないけれど、用事があるというのなら呼び止めてしまうのも可哀相である。

 きっとこれは贈り物です、と宴禍童子が言うので馬は分霊たちに食べさせてあげた。

 荷物は魚だったので、これも丸呑みする。

 また誰かと出会わないかなと思いながら歩く。数人の人間と出会うが皆最初の男と同じような反応をしてどこかに行ってしまう。

 残念に思いながら歩いていけば、何やら槍を手にした人間たちが大勢でやってきた。彼らは彼女たちを見ても逃げない。


「貴様がこのあたりを騒がしている鬼だな! 皆の者、かかれッ!!」


 喜んで話しかけようとすると、大声をあげて向かってくる。

 咄嗟に飛び出した分霊たちが全てを叩きのめす。やはり人間はとても脆いらしく、それだけであっさりと皆死んでしまった。

 あとはただの繰り返し。


 やっぱり貧弱な人間には名前をもらうことは出来ないのかもしれない。すぐに怖がって話もできないし。だけど、人間が駄目なら一体誰に名前をもらえばいいのだろうか。


 そんなことを考え始めるくらいに日々が過ぎた後、向かってきた男からひとつの話を聞くことに成功する。

 他に鬼のいる場所が在る、と。



 悠揚童子の不可視の力を噛み砕き飲み干す。

 残る分霊の力は少ない。

 それでも可能な限り力を尽くし全力で簒奪の力を行使していく。



 大江山。

 そこに酒呑童子という最強の鬼がいるらしい。

 最強と言われるくらい強い鬼ならば、きっと名前をつけることも出来るはず。

 そう考えて一目散に向かった。


 途中、暴れまわっている鬼が居た。

 戦いになり倒すことは出来たものの、その強さは中々のもので彼女の分霊たちに近いほど。彼なら名前をつけてくれるかと思ったけれど、まだ喋るということが出来ないようで断念した。

 ただなんとなく気に入ったので一緒に行こうと誘い、巷で呼ばれていた名前を与えたところ、分霊たちと同じように見えない繋がりが出来た。

 さらに旅は続く。


 さて、目的地は到着してみれば凄いところだった。

 とても強い霊力の溜まり場、それのみならず山のあちこちから鬼の発する気配、所謂鬼気が凄い強さで漂ってくる。


          ざわざわ。

    キキキ……。


  …ざざざざっ。

     グルルルルルッ。


 風に葉っぱ同士がこすれ合う音や草が揺れる音に混じって、鬼たちの息づく音が聞こえる。

 山の入り口に立って、誰かいないかキョロキョロしていると、様子見をしている鬼たちのうち、いつか見た鬼が出てきた。

 漆黒の体をした筋骨逞しい、すぐに寝ちゃっていた鬼。

 知性の欠片も感じさせないそれは、こちらが案内を頼む前に襲い掛かり、


「舐めた真似、してるんじゃないよ」


 ごきゅる、と宴禍童子に喰われた。

 傍から見ていた同じような強さの鬼は一気に静かになる。

 単純に強い、という事実。その一点のみで彼女らは山の鬼たちの大半を黙らせているのだ。

 その静寂はしばらく続き、


「よぅ、お嬢ちゃん。なかなかいいセンいってるじゃないか」


 それを面白いと思う鬼が居た。

 ゆっくりと山の木々の奥から歩み寄ってくる一匹の鬼。

 ぼさぼさのやや長い黒髪をした若い鬼。古い木のように捻じくれた角を持つその体格は他の鬼の曲と比べれたやや小さく、ただの長身な人間に見えなくもない。

 だが緋の衣をまとったその男の眼光はどこまでも鋭い。


「強ぇってことは、それだけで親父おやじの好きそうなタイプだからな。それに……」


 ぱん、と男は掌を打ち合わせた。

 意味が分からずびっくりする彼女たちに、


「美人なのがいい! やっぱ美人は最高だよなッ! 全員……っていうかアレか、従鬼を持ってる本体が美人だから全員美人になるよな、そりゃあ!

 よし、美人だから俺様が特別に親父のトコに案内してやるよ!! それがいい! 決まりィ!」


 ……意味が分からない。

 目の前で一人テンションをあげる男は意味が不明だ。

 勝手に盛り上がって勝手に奥へ戻っていく。

 案内してくれるというのを断る理由もないので、ひとまずついていくことにした。

 途中、何を勘違いしたのか強さも測れないような雑魚鬼が彼女らに襲ってくることもあったが、


「はいはい、美人だからって手ぇ出さない。気持ちはわかるけどなッ!!」


 男の手がかすかに煌めいたと思った次の瞬間、体中がバラバラになって消滅する。

 戯れの一撃で屠ったその手腕は男の力量を示していた。


 この強さなら、と彼女は思った。

 彼女に名前をつけてもらえるのではないか、そう思った。


 だがまだ親父、という存在に会っていない。

 目の前のこの男が父親と慕うのだ。もしかしたらさらなる強さの存在なのかもしれない。どうせなら、そっちに頼んでみるのがもっとも確実である。


 歩くことしばし。


 山の山頂付近に作られた洞窟。

 その奥へ足を踏み入れる。

 内部は少し進んだところで大きな空洞になっており、上が吹き抜けていて空が見えていた。そこに見たこともないような大きな建物。いくらでも大きな鬼が入りそうなサイズの建物には朱に塗られた巨大な柱がいくつも立てられており、その間から中に進んでいく。


「………ッ」


 具眼童子が緊張しているのがわかる。

 鬼気の強いこの山の中でも、今目にしている建物の中は別格だった。

 あたりに充満する鬼の気配はむせ返るほど濃い。自分たち以外の鬼を見たことがあまりない彼女らにとっては悪酔いしてしまいかねないほど。

 広間の奥―――玉座と言うには適当過ぎる茣蓙の上に“それ”は胡坐をかいて座っていた。

 鬼は基本的に筋骨隆々で豪腕を誇っていた。だが“それ”を目の前にしたら、今まで使っていたその認識など途端に陳腐なものに思える。


 本当の意味で豪腕。

 真実の意味で豪傑。


 巨躯である普通の鬼よりも、さらに一回り大きい体格だけではない。


 密度が違う。

 息吹が違う。

 存在感が違う。

 鬼気が違う。

 ありとあらゆる意味で違う。


 強者である案内役の男が“親父”と呼ぶその存在。

 誰に言われるまでもなく、それが話に謳われた鬼なのだと認識できる。


 酒呑童子。


 それは敗北を知らない彼女を以ってして、尚、化け物と言わしめる大鬼だった。


「なんだ、親父ィ。帰って早々また酒をかっ喰らってやがんのかァ?」


 苦笑しながら近づく男の言う通り、あたりには彼女の背丈ほどもありそうな酒の容器が、いくつもカラになって転がっていた。

 男は酒呑童子とかなり身近な存在なのだろう。大鬼の近くに控える他の力持つ鬼たちも、その行動に対して容認しているような雰囲気がある。


「おぉ、お前か。なぁに祝い酒よ。

 今回の遠出は中々骨のある随身とやりあえたからな。おまけにそやつ、酒の飲み比べも中々だったから満足させてもらったわ」


 嗤う。

 ただそれだけで並みの鬼は弾け飛んでしまいそうな圧倒的な力感。


「……言っておくが、親父の言う“中々”は基準がオカしいからな! っと、今日はそんな話をしようってんじゃねぇんだ。美人だよ! 美人が来たんだ! で、つれてきた!」


 なぜか自信満々に胸を張る男。


「お前の言う美人とは、その後ろの娘っ子のことか?」


 じろり、と見つめられた。彼女ら、ではなく、彼女を。

 見られている当人も身動きが取れない眼光で、


「……まだ子供ではないか」


 興味が無さそうに、再び酒を呷り始めた。


「え? そうなのか!!?」

「確かにそこらへんの連中よりは出来ておる。だがそれだけだ。

 ちィとばかり生まれたての割に力があるだけで、内面は赤ん坊のようなものだな」

「………うぅん……まぁ、いいや」


 たった一瞥。

 それだけで大鬼は彼女の本質を捉えてしまった。

 ならば、と彼女は思った。

 それだけわかったのならば、きっと理解してくれるはずだ。

 彼女が名を求めていることを。

 そしてこれだけ明確に実力差のある鬼であるのならば、間違いなく自分に名前をつけることが可能。つまり、ようやく存在を認められる、と。

 自らのその想いのままに、彼女は口を開こうとし


「で、よォ。親父」


 男に先を越された。

 少しムっとするが我慢する彼女。


「ちょっくら立ち会ってくれよ!」


 男はそう言うなり、彼女に向き直った。

 そして宣言する。


「俺様と勝負してくれ! お前さんが勝ったら何でも言うことを聞く!

 逆に俺様が勝ったら―――妻になれ!!」


 呆気に取られた他の鬼たちを気にした風もない。  

 唯一人、酒呑童子だけは楽しそうに事態を見守っていた。


「…………本当に?」

「本当本当! 俺様、美人に嘘つかないゼ!! 何が欲しいんだ!? 喰い応えのある人間100人でも、都の金銀を牛車10台分でも、ああ! 美人に似合う鮮やかな衣を山ほどでも!」


 そんなものは要らない。

 彼女が欲しいのは唯一つ。


 ―――名。


 自らの存在証明。

 求めているものは唯それだけ。

 男はそれを聞き、


「よし! 任せろ! もし俺様が負けたら、俺様の名をくれてやるゼ!

 見たところ俺様と同じくらいの強さだから、丁度しっくり来るんじゃねぇかな」


 そう笑った。

 鬼にとって名が重要ということは彼だって知っているだろう。

 だがそれを賭けることさえ、当たり前と心底受け止めている笑み。

 目の前の女を手に入れることが己の存在全てと天秤にかけて釣り合うことを疑わない心根が見えて、彼女は初めて他者に好感を抱いた。


「無理に受けて立つことはないのだぞ? 勝負を仕掛けられるのが不条理だと感じるのならば、逃げても構わん。それでもなお受けるというのだな?」


 そう念を押す酒呑童子に対し、彼女は頷く。

 途端、建物全体を震わせるような振動が響く。

 震源地は目の前、酒呑童子。

 その実に楽しそうな笑い声だ。


「いいだろう。では明日、勝負を行う。

 賭けるものはこの娘っ子自身、そして“茨木童子”の名だ」


 オオオオオォォォォォォ……ッ!!!


 鬼の盟主が宣言し、広間にいるすべての鬼が立ち上がり喝采を挙げた。

 沸き立つ建物の中で、静かに男―――茨木童子は彼女に礼を言う。


「受けてくれて、ありがとな!」


 一目惚れなんだ!と言って笑うその男の笑み。

 愛嬌のあるその表情につられるように、彼女も静かに笑みを浮かべた。

 

 互いに求めるものがある。

 ならば闘争にて全てを決すればよい。

 それが力の子ら―――鬼のあるべき姿なのだから。



 そんな記憶が、静穏童子を奪い終わったオレに届いた。

 衰えることなく猛る“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”。

 残る分霊は、あとひとつ。



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