151.羅腕刀
奥にあったのは工房だった。
そこで夜刀さんに身長、歩幅、手の長さ、腕力、踏込、体の柔軟性、重心、その他色々とチェックされた後、きっちり3時間。
かの名高い“万化装匠”が作った品をひとつ受け取って、オレは加能屋を後にした。
あ、もちろん制氣薬を買い込んでおくのも今回はしっかり忘れずにやったけども。
「いやぁ…びっくりしたぁ」
しかし、まさかこんなところでいきなり“万化装匠”に会えるとは思わなかったから、本当にドキっとしちゃったよ。でも確かに出雲とあの店に初めて行ったときにおやっさんのことについて聞いていたし、今なら納得だ。
待ってる間に、槍長さんに話を聞いたところ、今の出雲や彼が上位者になる直前くらい、その頃に夜刀さんと知り合い装備を作ってもらったらしい。当時はまだ夜刀さんは上位者にはなっていない、隠された知る人ぞ知る的な職人だったとのこと。
だが彼の作った武器を持っている上位者が増えすぎたことによって、名声が高まりついには本人そのものが上位者になってしまった。
自分の気に入った相手にしか武具を作りたくない彼にとって、それは迷惑以外の何物でもなかったようだ。店の場所を探ろうとする主人公たちに嫌気がさし、ほどなくしてぎっくり腰だのなんだとの理由をつけて、店を娘の弥生に任せることになる。
一見上手くいったように見えるが、その実、店を訪れていた常連があまり通わなくなったことにより、加能屋へ素材を持ち込む者は激減した。一部、出雲や槍長さんなどの例外もいたが、この二人が持ってくる素材は逆に今の弥生さんが扱うにはレベルが高すぎる。
結果、弥生さんは彼を超える素質を持ちながらも苦労して自分で素材を確保して腕を磨く羽目になったというわけだ。
そんな折やってきたのがオレ。
そこそこ上位者が大規模イベントで倒すボスのものほどではない、かといってそこらの雑魚な魔物のものではない、絶妙に難易度の高い素材で武器を頼んだ主人公がいる、ということで今回、夜刀さんの興味を引いたらしい。
武具の職人探すことひとつとっても、こんな色々なことがあるんだねぇ。
さて、ではもらった武具についてだけども。
まず武器は弥生さんが作った刀。
銘は“羅腕刀”。
割とそのまんまである………なんとなくネーミングセンスも鍛えて欲しいところだ。
刃紋は無く、細直刃で刀身自体は少し寂しいくらいシンプル。
だが普通の刀とは違う点が4点ある。
まず、持ち手の部分。鍔から頭と呼ばれる一番下の部分までが伸びる。どれくらい伸ばすかは霊力をどれほど使うのかに寄るけど、わかりやすく言うと柄の部分がぐいーんと伸びて槍みたいな形状にもなるのだ。刃が反ってるからどちらかといえば薙刀かな?
次に柄糸、つまり持ち手の部分に巻かれている束ねられた糸なんだけども、前述した通り柄が伸びるのでそのときには一緒に伸びていたんだけど、なんと柄糸単独でも伸びる。頭の部分を握って念じれば霊力を吸い取ってぐいーん、ってね。使い方としては刃を飛ばすとか、遠くの敵に振り回して当てるみたいな、鎖鎌チックな使い方を想定しているのかな?
さらに、刃の部分。ここの長さ自体はほとんど変わらないんだけど、薄く鋭く鍛えられた刃の先端部分、ここが部分が伸び縮みする。刃物っていうのは極限まで薄く鋭くすることで、その圧力で物体を切るんだけども、刃の表面積が伸びれば当然圧力は下がる。ミリ単位もびっくりの小さな単位のことなので外見上そんなに変化がないとしても、切れなくなる。
わかりやすく言うと切れ味を自分で調整できる、って話だな。
で、最後なんだけど抗魔の朱毛を柄糸に練りこんでいるため、持っているだけで少し敵の魔法的な攻撃の威力を軽減してくれるらしい。
とりあえずアレだ。
「使いこなすのが大変そうだなぁ……」
うっかり味方が前に飛び出してきた、とかいうときとか切れ味を調整できるのは便利だし、柄糸伸ばして振り回して飛ばして、どっかに食い込んだ瞬間切れないようにすると、それで引っかかるのでロープ代わりにもなりそうだけどね。
時と場合に応じて臨機応変に使い分けないと真価は発揮できそうにない。
夜刀さんからもらったのは肩当。
剛紗なる袖。
そう呼ばれる防具で微細な鎖を編んで作った、わかりやすく言うと鎖帷子の袖だけのやつだ。イメージとして鎖帷子って鎖がこすれるというのか、素肌で着ると皮膚が挟まって痛いんじゃないかと思ってたんけど、これはつるつるして凄く肌触りがいい。
どういう理屈で作ったのかはわからないけども、鎖自体がすごく小さいためだ。それこそ米粒に書かれた絵みたいなサイズで編んで作られている。
普通の衣服の下に着込んでも問題ないタイプのものだから、結構便利そうだ。
体をチェックした夜刀さん曰く。ダメージ受け過ぎ、とのことで回避能力や運動性を損なわないようなものをというコンセプトで作ってもらった。
さてさて、時刻はまだ12時くらい。
さすがにちょっとお腹が空いて来た。
そうだ、せっかく商店街まで来たんだから久しぶりに榊さんのところに寄っていこう。
さすがに喫茶店でカレーを注文ってのは悪いので、というかそんなことが出来るのはカレージャンキーの出雲くらいなもんだから、オレはサンドイッチみたいな軽食でも注文する感じで。
ということでどうかな、エッセ。
【………】
呼びかけてみるが返答はない。
まだ彼女の用事とやらは続いているらしい。
ふと喫茶「無常」の看板が見えてくるあたりで、
「……そういえば羅腕童子のときに助けてもらったままだったな」
菓子折りのひとつでも持っていくのが礼儀というものだろう。
あの後はオレに関する記憶が家族から消えていたりなんやかんやと色々あったせいで、お礼どころではなく結局そのまんまになってたし。
っと……思い出したらちょっと切なくなってきたので回想禁止!
ただひとつだけ問題があった。
榊さんって何が好みなんだろう?という問題だ。
以前だったら適当に煎餅みたいな渇きモノ中心で持っていけばいいや、と思ってただろうけども正体を知ってしまった今となっては、あまり変なものを渡すと何か不味い気がする。
「うーん………」
と言っても鬼の好物とか人の魂くらいしか知らんしなぁ。さすがにそんなものを調達できないし、するつもりもない。今から音無川いって尻子玉を取ってくるとかも無理だし。
仕方ない。
適当に酒のつまみにもなりそうなものを持っていくか。
カランカラン。
そのへんの店で手土産を購入しつつ、鈴の鳴る音と共に店内へ。
いやぁ、何度来てもクラシックで落ち着く店だ。アンティーク調の家具や内装で統一しているせいもあるだろうけど、それ以外の従業員を含めた店全体の雰囲気がそれに妙にマッチしているためだろうか。
これだけいい店なのに、お客はほとんどいない。
勿体ないよなぁ。隠れ家的なお店という意味では、混雑しない分オレは楽なんだけど。
きょろきょろと店主を探す。
「…? あれ、見当たらないな」
もしかしてお昼にいっているか、お休みなのだろうか。
見知らぬ店員さんにカウンター席まで案内してもらいつつ、やっぱり姿が見えないことを再確認。店員さんを見知らぬって言っても数えるほどしか来てないから当たり前だけどね!
「ブレンド珈琲と、こちらのハムサンドで。あとすみません。榊さん、いらっしゃいます?」
注文してから店員に問うと、
「申し訳ございません。本日まで店主はお休みを頂いております」
残念、お休みでした。
まぁそれならそれでいいや。
「ちょっと先日お世話になったものでその御礼に、と思ったんですが……お戻りになったら渡しておいてもらえますか」
「確かに承りました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「三木充です。また改めて挨拶に来るとお伝え下さい」
手土産を店員さんに渡し、言付けを頼んだ。
榊さんは鬼属としては最強に位置する酒呑童子。
あわよくば鬼首神社に封じられた鬼のこととか聞けたらな、と思ったんだけども、さすがにそう上手くはいかないか。
……んん?
なんか嫌な想像が頭をよぎったんだけども。
今、店員さんは何と言った?
“本日まで店主はお休みを―――”
つまり、今日まで数日は休んでいる計算になる。
ただのお休みだったならいい。
だけどもしそれが鬼首神社に関わるものだったら。
そんな妙な想像をしてしまった。
「お待たせ致しました」
珈琲とハムサンドを載せたトレイを手に、さっきの店員さんがやっていた。
せっかくなので聞いてみよう。
「あの……榊さん、いつからお休みになってるんです?」
「確か1日からです」
はい、ビンゴォォォ!!?
なんか想像が現実味を帯びてしまった。
いやいや、待て待て。
どっかにバカンスにいっているのかもしれないし。
「ちなみにどちらかお出かけに……」
「はい、鬼首神社で行われている大祭のほうに用があるようでした」
……あっはっはっは。
もんまんまやん。
って、あれ?
「…そこまで詳しく教えてもらっていいんでしょうか?」
「構いません。三木様のことは榊様からよく聞いておりますので。信用に値する御仁であることは承知しております。
まして羅腕童子を圧倒した方だとお伺いしております。その強さに敬意を払うことは鬼属にとって当然の礼儀かと」
思わぬ名前が出てきて慌てて店内を見回す。
幸いなことにオレが考え事をしている間に、お客さんはいなくなっていたらしく店内にいるのはオレと店員さんだけだった。
ほっと安堵してから、警戒しつつ店員さんに視線を戻した。
「……よくご存知で」
「そう警戒して頂かなくても結構です。私どもは三木様に関してどうこうする立場の者ではございません。私個人を取っても、しがないただの鬼。
無論昔少しばかり若気の至りはありましたが、鬼首神社の“彼女”のように往年の執念と鬼気をそのまま持ち続けている者とは趣を異にしておりますので」
迂闊だった……。
そうか、この人も鬼だったのか。
そりゃそうだよな。
店主が鬼だったら従業員の中に、鬼がいるかもしれないってことは想定してしかるべきだ。
「……鬼首神社の鬼のこと、ご存知なんですか?」
「はい、かつて轡を並べて…という表現は我々にとっては少しおかしいかもしれませんが、共に戦ったこともありますので」
つまりこの人……いや、人じゃないんだけど、ぶっちゃけ千年以上生きてるんじゃないかという話になる。
主人公、酒呑童子、人狼…などなど。一体この飛鳥市は知らないだけで、どれほど人外魔境が隠れているというのだろうか。
一般NPCだった頃には絶対知る機会なかっただろうなぁ。
「ただそれぞれの領分というものがありますので、いまだ戦い続けている者のことを私がどうこう物申すわけにはいきません。ご容赦下さい」
「はぁ……」
やんわりとそれ以上の情報収集を拒絶される。
ただまぁ何を目的としているのかは不明だけども、榊さんが出てくる可能性があるのはよくわかった。知っているのと知らないのでは大違いだし。
「ただ……今回、三木様が巻き込まれているのも事実です。ひとつだけ老婆心ながら助言をすることをお許し下さい」
いえいえ、大歓迎ですとも!
とは、さすがに口に出して言えない。
「鬼の本質、とは何か。それをお考えになっておくのがよろしいかと」
「………??」
「我ら鬼というものは生来の生物ではございません。無論、人から鬼となるように元々が自然の生物であったりはしますが、基本的には霊力を構成要素とし、それが情念やその他の要因により形を取った存在。
ただ生物の中においては人の情念が圧倒的に強いため、それを受けて誕生する鬼が多く、結果人間と似通った構造の鬼が多いだけです。
では鬼の本質とは何か、それをお考え下さい」
……随分と根本的な内容になってきたな。
鬼の本質……??
これまで戦った鬼たちを思い出す。
こいつらが鬼だ、という先入観で戦っていただけで本質が何かなんて考えてことはなかった。
正直その鬼のイメージも御伽噺とか昔話で語られるようなそんなイメージでしかない。
「すでにその身に羅腕を取り込んでおられる三木様にとっては余計な問いだったかもしれませんね。ご容赦を」
店員さんは一礼して下がっていった。
「……とりあえず後でゆっくり考えるか」
そう結論づけても不安は止まらない。
せっかくの珈琲とハムサンドも、あまり味がわからなくなってしまうくらいに。




