146.首級への途
悩んだ。
一晩悩んだ。
さすがに依頼に差し支えるからそれで寝不足、ということになったりはしなかったが、必要最低限の睡眠以外の時間はずっと悩んでいた。
悩んで悩んで悩みぬいて―――、
―――とりあえず、咲弥にメールした。
まず必要なのは状況把握。
それには最も核心に近い位置にいる者の把握が必要だ、悩みぬいて湯気が出そうになっているオレに対してそうアドバイスをくれたのはエッセだった。
【現在は情報が不足しすぎておる。おぬしの中の羅腕童子が原因であるというのも可能性としてゼロではないが、それと同じ程度には他の可能性もあるというレベルじゃ。
じゃが情報を集めるにしても精度の問題もある。量は質を兼ねる、という諺もあるようじゃが、情報に関してはあまり当てはまらぬ。攪乱などの目的であればともかく、そうでなければ精度の高い情報こそ得ることが出来るようにすべきじゃろう。
結論としては、憶測が百あるよりも真実を類推できるひとつの事実、のほうが良いからの。
ならばまずやらねばならぬのは、おぬしがアプローチできる中で最も精度の高い情報を持っている者が誰か、という点に絞るべきじゃな】
そう思って考えてみたとき、当然の如く件の鬼首神社の関係者であり、巫女として儀式にも関わっている咲弥が最も中心にいたのだ。
メールでは取り急ぎ会って話をしたい旨を伝える。
普段なら学校で会えるんだけども、残念ながら今日は7月6日、土曜日なのだ。約束をしない場合でも、一応神社で警護するから夜に顔を合わせるくらいはあるかもしれないが、それだと話す時間までは取れないかもだし。
すぐに返信が来た。
『鬼首神社・お昼』
短っ!!?
……とりあえず咲弥はあまりメールが得意じゃないのかもしれない。
本当なら電話しても良かったんだけど……朝だとゆっくり話すのは難しそうだし、大祭の用事とかしてたら着信音が鳴ると迷惑になるかもしれないからなぁ。
電話にしようかメールにしようか10分くらい悩んだのは秘密。
【このような事態になっても、そんな小さいことで悩めるあたり大物じゃな。
まぁ充のそういうところは嫌いじゃないがの】
うーん、褒められてるのかどうか微妙な……、いや、褒めてもらってると思うことにしよう。
とりあえず連絡は取れたのでよし。
差し当たっては昼まで何をするか、だな。出雲は出雲で一緒に朝のロードワークをした後、剣道部の練習にいっているので今家にいるのはオレだけ。
体もキツいことだしゴロゴロしてるか……。
出来たらヤバい相手、話にあった肉食獣とかがこっち来ないで、“童子突き”さんあたりに倒されたりするといいんだが。生憎、自分の運の悪さは身に染みてるんで期待できなそうだけどもね。
さてさて……どうなることやら。
ベッドに横になってると、ふとスマートフォンが鳴った。
手に取り、そこに見知った名が表示されているのを確認して通話する。
「お、ミッキーやん。おはよう」
「おはよう、ジョー。今日も無駄に元気だよね」
電話の相手は丸塚丈一。
朝からテンションの高い声が聞こえてきた。
「うわ、無駄とか言われた! なんか今日のミッキーはえらい辛辣な仕様やな!?」
「はっはっは、ジョーにだけだから平気平気」
「もっとタチ悪くあらへんか!!? それ!」
「実は今ジョーの扱いを見直そう友の会の強化週間で……」
「知らん間になんや、妙な会が出来とるぅぅっ!!?」
まぁゴロゴロしつつのんびりと喋るのもいいもんだね。
「ああ、でもこの前はごめん」
「なんの話?」
「ほら、前に部活で一緒しようって言ってたのに、待たせちゃったじゃんか」
「あー、あれか、領主の話のときのか。あのときも言うたけど別に気にすることあらへんよ。大したことちゃうし。むしろそれよりも別のことで謝りたいんちゃうかと思たわ」
「……?」
電話の向こうでにやりと笑った気配がする。
「ほれ、水鈴と海行くんやろ? 妹さんを誑かしてすみません、的な?」
「……っ!?」
思わぬ方向からの攻撃にちょっとたじろいだ。
「いやいやいや、本人から聞いてるんだろ? 別にそういう話じゃないから。みんなで行こうって話なんだから別にたぶらかしたとかそういうのじゃないし!」
【……いや、おぬしデートの誘いとか勘違いしておらなんだか?】
うぐっ!!?
「いやぁ、それはちゃうで、ミッキー。集団での海いうんは間違ってへんけどな?
そもそもいくら集団や言うても女子は嫌いな男と海に行ったりなんかせえへんもんや。ましてや、自分の方からなんてな」
「………そんなもん?」
「そういうことにしとき。なんやウキウキして水着買いに行く計画練っとったしなぁ。いやぁ、モテる男はツラいなぁ、ミッキー」
ジョーは一気にまくしたてる。
「それでな、ひとつそんなグランド・ハイパー・スゴーイ・モテモテ・大帝なミッキーに頼みごとがあるんやけども」
その流れで頼みごととか絶対ロクなことじゃないだろ。
っていうか、その呼び名はなんだ。
「月音先輩、海に誘ってくれへん? ほら、どうせやったら綺麗どころは仰山おったほうが……」
はっはっは、なるほど。そういうことか。
「よし、とりあえず一発殴らせろ」
「なんでやねんっ!!?」
「いや、なんとなく」
「いつの間にか、うちのミッキーが家庭内暴力大好き子になっとる!?」
「お前んちでもないし、家庭内暴力でもないよ!?」
そこからはいつも通りの他愛のないやり取り。
5分ほど話をしたところで電話を切った。
「……そうだな、頑張らないとな」
夏はまだ始まったばかり。
やりたいこと、やらないといけないこともたくさんある。
それを考えたらこんなところで躓いているわけにはいかない。
「んじゃ、とりあえず飯でも食いますかねぇ」
食事を取ってストレッチをしたり体を休めてから、のんびりと鬼首神社に向かった。
外は快晴。
天気予報によると明日も同じように晴れるらしい。
絶好の七夕日和になりそうだ。
街並みを楽しみながら徒歩と電車を使って鬼首神社へ。
さすがに6日目になるとすっかり道も覚えたし馴染みを覚える。
さらに咲弥から届いたメールに従い参道の入り口で待った。
「さすがにちょっと早かったかな…?」
腕時計を見ると11時半。
結構早めだが、かといってどこかで時間を潰すには短い微妙な時間だ。
手持無沙汰に周囲に視線を向ける。
まだ午前中、ということもあって露天の出店などは暖簾を下ろしている状態だ。例えばたこ焼き屋は鉄板のガスの調整やタコなどの材料のチェックしてる。
普段、祭りのときの出店を目にすることが多いから、逆にこういった準備は新鮮に映るなぁ。
つんつん。
そんな光景にのほほんとしていると、背中を誰かにつつかれた。
「……おぉ」
そこには千早と緋袴、所謂巫女服を身に纏った咲弥がいた。
オレと視線が合うと何かを言おうと口を開こうとするが、ふと何かを思いついたようで少し考えてからわざとらしく言い直した。
「“ごめーん、待った?”」
「……“ううん、全然”」
単にそれだけのやり取り。
「………」
「…」
「…ぷっ」
「くく……ははは」
「ごめん、一度やってみたかっただけ」
だろうねぇ。
半分棒読みだったし。
【なんじゃ? 今のやり取りには何か特別な意味でもあったのか?】
んー、あるといえばあるんだけど、ないといえばないというのか……。
所謂、お約束ってやつだよ、うん。
「来てもらって、ごめんね」
「こっちこそ忙しいときなのに、時間作ってくれてサンキュな」
咲弥が本社のほうへ向かって歩き出したので、同じように続いていく。
「メールの件、本気?」
背中を向けたままだが、それを問う彼女の声は真剣だった。
メールに書いた内容に対して、だろう。
「ああ……鬼首神社のご神体の状況、あと昨日壊滅した第3班について、そしてそれ以外今回起こっている例年と違う異変についての情報が欲しいんだ」
「………」
じっと巫女の瞳がオレの目を覗き込むように見つめた。
まるで真意を確かめようとするかの如く。
「……ん、ミッキーちゃんがそう言うなら、わかった。ついてきて」
ゆっくりとした、でも確かな承諾。
「どれがミッキーちゃんにとって役に立つ情報かわからないから、全部見せる。
だから、その中で自分で判断して」
静かな昼間の参道。
狛犬の間を通り抜けて初日に逸れていった控室に続く脇道への分岐を、今回はそのまま進んでいく。
どれくらい歩いただろうか。
ようやく建物に到着した。
よく見る柱など木の部分が朱塗りの建物で、手前の階段のところに賽銭箱の上に注連縄が張られているやつだ。屋根は切妻―――所謂住宅にもよくある屋根の一番高い棟から下に向かって対照的に斜めになった二つの面が、本を伏せたような山形の形状をした形―――になっている。
【……よく切妻なんて言葉を知っておったの?】
ふふっふ、博識な充くんを舐めたらダメですよ?
……いや、この前図書館で調べたときに載ってただけですけども。
「本社ってやつ?」
「違う」
あれ?
違うの?
思わぬ即答にたじろいだ。
「本社じゃなくて拝殿。祭祀とか儀式やるところ。そもそも本社はこの神社そのものを指す言葉。
本社の中に、本殿、拝殿とか建物がある感じ」
あー、なるほど。
縁さんは本社に封じられた鬼の本体が、とか言ってて、そのへん詳しく教えてくれてなかったけど、さすがに施設の呼び名とか神社は神社の人間ほど詳しいはずがないもんなぁ。
【……さっき、博識な充君とのたもうておったのは誰じゃったかの?】
うん、調子に乗ってごめんって。
謝るからもうちょっとツッコミに優しさが欲しいな!!
鬼のことをメインにやってたせいで時間が無かったから、神社についてはホント触りくらいしか調べられなかったんだよねぇ……。
「じゃあ、オレたちが警護してるときはいつもここで儀式してるのか?」
「それも違う。ここは外拝殿だから、あくまで一般の人向け用。
もっと奥に内拝殿があって、そこには幣殿もあるから、大祭の儀式をする場所になってる」
うーん?
幣殿って何だろう。
顔に出ていたのか咲弥が補足してくれた。
「幣殿は幣帛……神様に奉献されたものが置いてあるところ。お神酒とか祓具とか」
説明されれば納得だ。
儀式をやるんだから、それに使う特殊なアイテムの倉庫も近くに欲しいよな。
それにしても神社って、なんかこう関連用語が一々カッコいいよなぁ。幣帛とか祓具とか、普段は使わない言葉だし。非日常って感じがひしひしとする。
「……?」
咲弥は周囲を伺い気配を感じながら、外拝殿の横を抜けて進んでいく。
わかりやすく言うとコソコソしている。
「本当は部外者禁止。だからスパイ大作戦」
「……あー、マジでごめん」
そりゃそうだよなぁ。
いくら依頼を受けている主人公と言っても、部外者であることは違いがないわけだし。見つかったら大事になるリスクを取って案内してくれる彼女には感謝の言葉もない。
どんどん進んでいき、おそらくさっき咲弥が言っていた内拝殿だと思われる建物までやってきた。
鬼首大祭で地脈の力を飲んだ大鬼から力をそぎ落とすための儀式を行うための建物。
が、そこさえも咲弥はスルーしてさらに進んでいく。
「あれ、ここじゃないのか?」
「内拝殿は人が多いの。それに見せたいものは、ここじゃないから」
「……?」
さらに進んでいく。
途中、幾重にも鳥居が設けられており、それぞれに警護のときの拠点のように何かを封じる札が張られている。
明らかに人を歓迎しない雰囲気。
たったそれだけのことだけど、オレにはこの道が何であるか、段々わかってきた。
「咲弥…もしかして………」
「ん」
そして道の最終地点に到着した。
ビリビリとした圧迫感。
山全体からここに向けて感じる圧力。
“簒奪帝”を起動していない今、奥底で眠り活性化していないわずかな羅腕童子の力ですら圧力を感じる厳重な結界。
ここがおそらく―――、
「本殿……?」
「そうだよ」
咲弥に肯定され、改めてその建物に目をやった。
拝殿より一回り小さな、こう言ってしまうと何だがコンパクトな感じだ。
一応数人人が入れる程度の大きさはあるのだけど、何十人でも楽々入れる大きさに見えた拝殿と比べると見劣りするのは仕方のないところだ。
そこでようやく咲弥は足を止めた。
「ここに在るの」
オレにここで待つように言って、ゆっくりと本殿に近づいていく。
小さく軋みを開けて扉を開いていく。
そう、在るのだ。
この大祭の元凶―――鬼の首が。




