116.簒奪帝攻略戦(4) ~刃&隠~
城壁を打ち砕かれ門が開かれる。
それでもなお暴君の玉座までは遠い。
十重二十重に備えられしその護り。
踏破し王の間への道を切り開くはただ二人。
凛と断せし刃煌めく姫と異彩を放つ隠なる身なり。
□ ■ □
闇夜の中でぶつかるふたつの色。
白と黒。
蒼と赤。
目の前でその激突、そして両方の消滅を見ながらアタシたちは足を止めることなく進んでいく。こうなるとわかっていたわけではない。
だがきっと何とかしてくれるという確信じみた予感だけがあった。
数々の死線をくぐり抜けてきたその勘は今回も間違わず、後ろにいる月音ちゃんの能力で充くんから伸びてきた腕が瞬時に掻き消えた。
それで力を使い果たしたのか、背後で月音ちゃんが止まった気配がする。
だけども上出来。
残り時間は4分30秒。
相手までの距離は15メートル。
さっきの攻防で奪うという能力を止めることができていれば十分すぎてお釣りが来るのだから。
ばぎんっ。
だが能力を奪ったからといって安心はできない。
あのエッセとかいう女の言っていることが正しければ、ここからの戦いも油断するわけにはいかない。わかりやすくいえば多数の主人公たちと戦うようなものなのだから。
べきべきべきべき…ッ。
それでも敵は止まらない。
それどころか野生の獣が鎖に繋がれでもしているかの如くむしろより一層の獰猛さを感じさせた。
再び背中が爆ぜる。
甲冑を纏ったかのようなその体から伸びる腕は、同様に装甲に覆われていた。ガントレットのような指の先までまったく露出のない金属質の手。
今度は6本。
だがそれまでと違い赤く脈打っている動脈のようなものはなく、単純に漆黒の色だけしか浮かんでいない。腕は拳を握りしめて殴りかかるように躍動した。
さぁ、次はアタシの番だ。
先頭を征く。
ごぅんっ!!
伸びてくる腕。
だがおそるるに足らない。
これはもう1回見せてもらった。
体捌きだけで避けていく。
1本目。
右斜め前に進んで回避。
2本目。
そこから左斜め前、通過した一本目の下を潜るように回避。
3本目。
さらに一歩踏み込みながら左斜め前、回避しつつそのまま起き上がるように体勢を伸ばしながら長刀の石突の部分で、伸びきった1本目の昆虫の節の如く少し尖っている関節部分を一撃。
ばきぃっ!!
装甲が砕ける。
その砕けた部分から一瞬にして黒い気流のようなものが噴き出したかと思うと、1本目の腕がその重さを支えきれなくなったかのように地面に落ちた。
予想通り。
内心で小さくガッツポーズをしつつ回避を続ける。
4本目。
下から石突部分でカチあげるようにして上に逸らす。そのままくる、と廻して長刀の刃部分無防備になった関節部分を横薙ぎにする。
ざっ!!!
さすがに装甲があるだけあって防御能力は高い。
完全に両断するとまではいかなかったが砕くことは出来た。先ほどと同様にそこから気流が抜けていきこちらも動きを止めた。
5本目。
避けようとするも、そのタイミングで丁度右方向の真横に伸びている2本目の腕の関節部分がある。そのため5本目については少しだけ身を動かして敢えて左の肩口に触れさせる。
走る鈍痛。
その反動を使って2本目の関節を砕いた。
ごぎゃッ!!
6本目。
半分腕を潰されたことに同様したのかその動きは鈍い。
一気に体を沈めながら倒れ込みそうになる姿勢を利用し大地を蹴らずに加速。
ばぎっ!! ばぎゃんっ!!
頭上を掠る攻撃から意識を外し3本目と5本目の関節を一閃の横薙ぎで破壊。
「はぁぁぁッ!!!」
残る6本目の関節を石突で斜め上に切りあげるようにぶつけて砕いた。
ごとんっ!!
動かなくなった最後の腕が地面に落ちた。
ここまでは計算通り。
動かなくなった腕はぱきぱきとヒビが入っていき粉々に砕けていった。
さっきのやり取りから推測できたことがある。
今の充くんは外側を金属のような外骨格のような、そんな頑丈な装甲を纏っている。ではこれは一体何のためだろうか?
防御のため?
無論それもあるだろう。
だが先ほどのような腕の精製速度を考えたとき、もうひとつの理由が推測できた。
通常人間の腕が動くためには骨以外に腱や筋肉さらに神経など様々なもので出来ている必要がある。
だが彼の腕は一気に生え、そして伸びる。
腕を伸ばしたり出来るそういう生き物がいるかもしれないが、それにしても最初は8本、次は6本といった違う数を作り出してしまうのはおかしいのではないかと考えた。
例えばカメレオンが舌を伸ばすことが出来るが、それはあくまで撓ませていた舌を伸ばしているだけのことだ。今の充くんのように明らかに伸ばしながら作っているわけではない。
まぁ何が言いたいかというと、彼の腕、実は粗い作りなのではないか、ということ。
本当に自らの腕を生やしているわけではなく内部の構造をいい加減にしてあるのではないか、いい加減な作りの腕を保たせるため、まるで型を作っているかの如く外側に骨格を持っているのでは。
そう考えたのだ。
外骨格の装甲そのものを狙い、その中でも比較的破壊しやすい関節部分を狙う。
結果としてこれが大当りだったわけ。
「まぁ月音ちゃんが能力を相殺しておいてくれなきゃあ、一撃でも掠ったら終わりだったからこんなに上手くはいかなかっただろうけども、ね」
ぶぅんっ、と長刀を振って構える。
これで終わりなら楽だったんだけども、と苦笑しながら敵を見据える。
距離は10メートル。
もうすこしで到達出来る、というところでアタシを阻む者たちがいる。
そいつらは皆常人離れした体格とそれぞれ形は違うものの尖った角を持っていた。
そう、鬼と言われる存在。
より正確には式神と呼ばれるというのが正しいか。
腕を破壊している間、空いていた彼の手が符を取り出し投げたのだ。
そこから呼び出された式神が10体、まるで主を護るかのようにその堂々たる体躯を見せつけている。それだけの数の符を一体どこに隠していたのやら。避けながらで見づらかったとはいえ取り出した動作はまるで手品を見ているかのように何もないところから急に手の中に掴んでいた感じ。
もしかして何か隠蔽系技能を使って持ち物を隠しているのかもしれない。
「厄介な。主人公の集合体、とはよく言ったものね」
接近戦を得意とする者、術を得意とする者、それぞれ主人公には特徴がある。それらを持ち合わせた怪物が相手である、それを強く認識する。
たんっ!!
踏み込む。
アタシの後ろにいる綾さんがいるのだ。
ここで止まることは許されない。
その道の先に立ち塞がるものを排除して切り開くのが役割なのだから。
死線のその先。
鬼たちが動き出す。
先頭の鬼が金棒を振り上げる。
長刀を水平にし受ける。
とはいえさすがに鬼と力比べをするほど愚かではない。金棒が触れた瞬間、体を横にズラし長刀で衝撃を流すように動かす。金棒の方向をすこしだけ変えてやればなまじ力が強いだけあってそれだけで大振りになる。
ざぞんっ!!!
跳ね上がる石突で顎を砕き、さらにその反動で唐竹に頭を割る。
血をまき散らしながら鬼が倒れる。
やれる。
そう思った瞬間、
ぎゅらり。
嫌な感覚がした。
異様な魔力の高まり。
片方だけ露出した充くんの目。
隻眼になっているその瞳に起こっている異様な歪みを。
そこから出てくる不可視の矢。
見えるがもう遅い。
回避は不可能なタイミング。
爆発。
「…ッ!!」
□ ■ □
そノ直前。
静かにひっそりト。
隠身は短刀を背後からソっと突き刺シた。
体を覆うようにシている装甲に阻まれ深くは刺さらナかったけれど、いツもと変わらナい刃が刺さる感触が手に伝わっテくる。
「…っ!!?」
攻撃されタことに気づイた充が思わず呻いて振り向く。
だけド、隠身はモうそこには居ナい。
―――“虚幻身”。
隠密系技能を高メて会得できるその技。
常に発動シてイテ意識するのみで隠れタリする必要なく隠密効果を発揮サせることが出来ル。
賢い奴に言わセるト、世界に隠れテイるんダよと言われたけレド、隠身にはよクわからナイ。隠身から見レば何も自分は変ワってないノに。
充が振り向イた御陰で、クズノハに向ケていた視線がズレた。
さっきエッセとかイう女との戦いで使ってイた目から何か出してるヨウなものは、そノせいでクズノハじゃなく、彼女の隣3メートルくらいで爆発しタ。
ああ、ヨカッた。
これデいい。
ばしゅっ!!
探すように充の体カラ、霧の狼が出てキた。
でも狼はうろうろト隠身を探し廻るダケ。見つケることが出来なナい。
無様。
そしてちょっト哀しクナる。
充、お前、もっト凄い奴のはずダ。
隠身の弟子ハそんな程度じゃナいだロウ?
無様に自分の能力に振り回さレているその姿は見てイると苦シくなル。
だカら隠身は綾に協力しナイといけない。
ユっくりと進む。
短刀を構え鬼の背後ニ。
サっくり。
刃デその首筋を掻き切る。
そこでようやく気づク充。
ぐらぐらになっテ倒れる鬼を確認して再び姿を消ス。
クズノハがもうスでに2匹倒しテイるから、残っている鬼の数は7匹。
ざっくリ。
前の方で竜巻みタいに長刀を振り回しテいるクズノハに集中してイる間に、忍びよってさらに一匹を倒してしマウ。前後からの挟みウちにあっテイることに気づいた鬼たちは動きが中途半端。
ますます仕留めやスクなる。
む? 不味イ。
急いで充のとこロまデ行き、今度は右の頬を軽く切りつケル。
ざシュッ!!
さっきよりハマシだが驚いたことに変わりはなイ。
クズノハの手前2メートルほどのとこロで爆発。巻き込まれた鬼が破裂しタ。
どういう仕組みになってイルのかわからないガ、片目で少し溜めてカラ睨むとそこを爆発させることが出来るようダナ。鬼との戦いをしテいるクズノハの隙を狙って目で狙ってイル。それをさせナいのが隠身の役目ダ。
さっクり。
クズノハがさらに鬼を切り裂くのと同時に作業のように首に切れ目を入れてイく。
これデ残りの鬼の数は4匹。
大分減っタ。
すんすん…。
「…………?」
見るト、さっき出てキた煙霧の狼がこちらに近づいテクる。
思わずそれを見ルと目があっタ。
「……………」
「…ワゥッ!!!」
一声吠えル。
それに反応しテ、充が声をあげタ。
「―――“宵獄”」
ぐんにゃリ。
目の前の狼が夜の暗さニ染み込むように消えタカと思うと、遠近感がオカしくなったヨうに闇が立体的ナ固体になって覆い被さってきタ。
まるデ夜で出来た檻のように隠身を取り囲んダ。
さっきエッセガ使ってイタやつダ。
その檻に補足されてシマったせいなのカ、“虚幻身”が上手く働かナい。消えようと思ってイテも隠密状態にナらない。
刃を振るウ。
ふぉンっ!!
檻の格子に目掛けて振るっタ刃はすり抜けてしまっタ。
どうヤらこの檻は実体とイうよりは魔術的なものノように思えル。
つまり隠身にはドうしようモない、というコトか。
す、と充がこの檻を圧縮して潰してシマおうかとでも言うように手をあげタ。
だガそれを見てモ、隠身は怖くナい。
みしぃっ。
骨ガ軋む。
痛イ。
でモ焦らなイ。
なぜナら―――
ふぉぅんっ!!
―――共に戦っている上位者
クズノハが実体のナいものを断つことがデキるのを知っているカラだ。
鬼を1匹残して、こチらに飛び込み一閃。
檻をあっさりと切り裂いてしまっタ。
脱出シ、クズノハと入れ替わるようニ鬼の背後に移動。
最後の鬼の首を掻き切っタ。
ぶしゅ…ッ。
充が体から再び狼を出そうとすル。
が、出てこナい。
腕を作リ、鬼を呼ビ、何度モ目を使い、霧の狼を生み、術を使っタ。
ついに充の霊力も底が見えてキタようダ。
「後は―――任せタ」
障害物のナくなったその道のリ。
飛ビ出す2つの影。
充の幼馴染。
“刀閃卿”と綾。
二人から充までの距離は5メートル。
残り時間は3分。
さァ、充。
元に戻ったらまた隠身と遊ぼウ。




